第3話 カウントダウン

 時刻は夜。携帯から今は8時25分だとわかる。

ここでいったい何をすればいいのか。


 ピロロン。


 携帯の通知に体が少し震える。メールが届いていた。件名はなし。命令文がずらりと並ぶ。


 「神地かみじの羽化までの観察および保護を担当せよ。

  羽化までの本人との接触は禁ずる。

  任務終了次第すみやかに調査報告せよ。」


 そのメール文と2枚の写真が添付された。1枚は住所を示した地図だった。もう1枚は顔写真。これが神地か。彼女のより少し大人びて見えるこいつの目には絶望が見えた。


 とにかく、この住所に行かないと始まらない、と足早に向かった。


 何度か迷いついた場所はいたって普通の一軒家だった。なんの変哲もない。


 背中を誰か通る。俺の前を素通りすると、彼は目的の家の中へ入っていた。ちらっと顔が見えたがそれが神地だとすぐに分かった。


 メール文には観察とだけ書かれていたので俺はそのまま家の前で待つことにした。途中すれ違う人に怪しく思われ、必死に誤魔化す。


 そうして30分、1時間が経つ。何も起こらない。あと1時間何も起こらなかったら帰ろう、そう思ったとき、俺の体が震えているのが分かる。地震か?いや違う。声だ。神地家から周りを震わすうめき声が流れた。


 本当に人から出てる声なのか。だとしたら緊急事態だ。平常時にこんな声が出るはずがない。


 家に突っ走ろうとすると、携帯の通知が鳴る。今はそれどころではないと無視して中へ入る。


 家には親は居なかった。事前で兄弟がいないことは分かってるのでそのまま声のする方へ走った。


 彼の部屋に入ると、彼の姿はない。ただ部屋の中央に人1人分入れるようなまゆのようなものがあった。それは引き裂こうとしてもびくともしない。どうしようか考えあぐねていると繭が光る。眩しすぎる光に思わず目を逸らしてしまう。


 5秒間ほど光ると、中から人が出てきた。神地だった。神地は意識を失っているようでそのまま部屋に倒れ込んだ。


 あ、これダメなやつだ。


 一瞬で理解する。体が冷たい。脈がない。死んでる。一歩遅かった。もう少し早く来ていれば間に合ったのに。


 すると、死んだはずの人間が動く。脈は止まったままで、体は冷たいままで。


 「あの、あなた誰ですか?」


 彼が問う。誰という言葉に動揺する。自分をどう証明したらいいのかが分からない。こういう時なんといえば…。名前、そうだ名前だ。名前を言えば…。

あれ?俺の名前何だっけ。そのとき、俺の頭から自分の名前に関する概念が消えていることに気付く。まるで誰かにその考えをするなと言われんばかりに。


 「俺は・・・」


 次の言葉に戸惑う。


 「俺はまあ君の先輩ってとこかな。」


 「なんの。」


 まあそうなるよね。ピロロンといいタイミングで通知が来る。


  「任務終了のお知らせ。

  お疲れさまでした。を連れて今すぐ帰還して下さい。」


 妙に改まった文にさっきの文と比べてしまう。最初からこの口調でいいのに。

と、さっきの彼の発言を思い出す。


 「まあそれは置いといてさ。一旦ここから離れようか。」


 今彼の親に会ったりするのだけは避けたいと思い、慌てていると、任務完了の文字が頭上に浮かぶ。それと同時にあの空間にいた。呼びづらいので俺はここをと呼ぶことにした。異世界ぽくてカッコいいからだ。


 戻ると、彼女がいた。その空間には他に誰もいない。俺はわざとらしい足音を立てて彼女のもとに近づき、なんの躊躇いもなく聞いた。


 「俺の名前、何ですか。」


 「あー気づいちゃった?君センスいいねー。」


 彼女の顔が怖く見える。さっきまでの俺の心にあった不思議という気持ちはとうに消え、

不安だけが俺の心を占領する。


 「どういうことですか、教えて下さい。」


 ここで逃げても、何も起こらない。俺が変わらなければ何も変わらない。


 「んまー単刀直入に言うとー、

  君の記憶は消されている。

  なんちゃって。」


 「は?」


 単刀直入に言いすぎやろ。



 


 


 


 


 


 


 

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異世界転生みたいな感じで現実無双します にぎりこぶし2号 @nigilikobusi1gou

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