最終話 アルビニズムの君は可愛くて

「お疲れ様でした〜」


 あれから4年後――――俺は無事に高校を卒業して、就職した。

最初は色々大変だったけど、今はすっかり慣れて、平然と仕事をこなせるようになった。

途中で何度も挫けそうになったし、失敗もして叱られた事もあった。

でも、職場の人はみんな良い人で、一緒に飲みに誘われて楽しい話をしたり、お土産など色んなものを頂いたり……。

何だかんだ楽しく仕事をさせてもらっている。


「はあ、今日はいつもより疲れたな……」


 今日は営業で、点々としていた。

他の企業の人と交渉したり、打ち合わせをしたり……一体いくつ回っただろうか。

お陰で、体はバキバキだ。


「おっ、お疲れ中山」


「あっ、お疲れ様です部長」


 俺に声をかけてきたのは、自分の係の部長だ。

34歳にして、すでに部長になっている超優秀な人だ。

人柄も良く、新人だった俺を手厚くサポートしてくれた人でもある。

 今は異動になって違う部署の部長を務めているけど、そこでも相変わらず才能を発揮している様子だ。


「これから帰るのか?」


「ええ、今日の分は終わらせたので」


「ほほー! お前もうそんなこと出来るようになっているのか! さすがは俺の弟子だ!」


「いえいえ、これも部長のお陰です!」


「やっぱり俺のお陰ってか? いやいや、お前の努力もある。それをしっかりと継続してくれ」


「はい!」


 俺の左肩をバンバンと叩いて、自慢げな顔をする部長。

こんな軽いノリな感じでも、根はしっかりしていて親しまれているのだから、やっぱりこの人はすごいと思う。


「それじゃ、俺はもうちょっと仕事残ってるから戻る。気を付けて帰るんだぞ」


「はい、お疲れ様でした!」


 俺は深々とお辞儀をした。

そして、部長は振り返って向こうへ行った。

 さて、挨拶も済ませたし、さっさと帰るかと思った瞬間だった。


「おい、中山」


「うわっ!? ぶ、部長どうしたんですか?」


 さっきの部長が、いつの間にか俺の背後まで戻ってきていた。

え、まさか何かミスしたりしたか……?

俺の肩に手を回すと、何やら小声で話し始めた。


「お前さぁ、その歳して嫁いるんだよな?」


「えっ、はい、いますけど……」


「――――良いよなぁ、俺ももうこんな歳だから、恋愛して良い嫁さん欲しいなぁ……」


 部長は頭も良くて才能もあって、さらにめっちゃ鍛えてるから筋肉質でスタイルも結構良いし、かなりのイケメン。

だけど、全然女性に見向きもしてくれないらしい。

 俺的にも、部長に彼女がいてもおかしくない。

それなのに、悲しいことに恋愛経験は一度しかないらしい。


「なあ、俺に恋愛の必勝法を教えてくれよ! お前を見てると羨ましくてしょうがない!」


「そ、そんなこと言われても……。俺の場合はちょっと特殊すぎて参考になりませんよ」


「そんなことはどうでも良いから、さっさと教えてくれ!」


 部長は俺にしがみつくように言った。

あー、これはかなり女性に飢えているのかもしれない。

今にも泣きそうな顔をしている。

 まあ、34歳になれば焦る気持ちも分からなくもない。

もしかしたら、両親にも結婚は考えているのかと、念を押されているのかもしれない。


「よし、来週の金曜日は暇だから、俺の奢りでお前と飲みだ! みっちり相談に乗ってもらうからな! 拒否権はなし!」


「えっ? ちょっ、部長!?」


 急に決まってしまった飲み会。

部長はあっという間にいなくなってしまった。

どうやら、俺には拒否権はないらしい。

まあ、部長との飲みは好きだから良いけど。


(さてっと……帰るか〜。あいつも待ってるし)


 俺は反対側を振り返り、エレベーターへと向かった。








◇◇◇








 歩いて駅へ向かい、満員電車にぎゅうぎゅうに押し込まれながら15分。

やっと電車から脱出し、駅のホームへとたどり着いた。

駅のホームは広いから、多少人がいてもあまり苦ではない。

あんな密集した電車に比べたら、駅のホームは快適すぎるくらいだ。


(さて、家へと向かうか!)


 ここまで来れば、俺は毎回のようにテンションが上がる。

部長と話していた通り、俺には超可愛い嫁さんが待ってるんだからな!

 肌は真っ白で綺麗だし、何でも出来ちゃう万能さんだし、なんてったって俺に甘えまくる超可愛い女性……。

良いとこ挙げたらキリがない。

 それに、今日は嫁さんの誕生日だ。

プレゼントも忘れずに買ってきたし、サプライズの準備も完璧。

ちゃんと喜んでくれるだろうか。


「ふぅ、着いた〜」


 などと色んなことを考えていたら、いつの間にか自宅に到着していた。

さて、じゃあ玄関の鍵を開けるか!


ザクっ、ガチャ!


「ただいま〜」


「――――っ! おかえりなさい!」


 扉を開けた瞬間、やっぱりすぐに来てくれた。

俺の大切な、大好きな嫁さんだ!


「ただいま、愛莉朱」


「おかえりお兄ちゃん! もうご飯できてるよ!」


「おう、分かった。あ、それとこれ。誕生日おめでとう!」


 そう言って、俺はプレゼントを渡した。


「えぇー! ありがとう! 中身何かな……」


「今開けても大丈夫だぞ?」


「じゃあ開けちゃお! 何かな〜? これはぁ――――あっ、私が、食べて見たいって言ってたお菓子!」


「そうだ! やっぱり人気だから相当並んだけど、見せたら絶対愛莉朱が喜んでくれると思ってな。耐えに耐えまくったぜ」


「そうなんだ! わたしのためにありがとう! じゃあお礼の……ちゅっ」


「――――っ!?」


「えへへ〜。お兄ちゃん、早くご飯食べよう? 早くこのお菓子食べてみたい!」


「そうだな!」


 どうやら、かなり喜んでくれたようだ。

良かった、すごい長い行列に挑んだ甲斐があった。

 そう、俺のことをいまだに『お兄ちゃん』と呼ぶこの女性こそが、俺の嫁さんであり義理の妹でもある、中山 愛莉朱なのだ。

 俺と愛莉朱は、幼い頃からずっと約束し続けていたことを、本当に実現させたんだ。

 生活は、意外と実家にいた時と変わってない。

まあ、愛莉朱とは幼い時から一緒にいるし、恋人としても長い間いたからなぁ。

『結婚』というものが新たに加わった瞬間、何か変わったらどうしようって心配にもなったけど、それは杞憂だった。


「お兄ちゃん、もしかして……わたしと一緒にお風呂入りたいの?」


「はっ!? い、いや流石にそれはヤバいからご遠慮しときます!」


「むぅ〜! お兄ちゃんの意気地なし」


「えっと……。入る?」


「入りたい!」


「そ、そっか。なら一緒に入るか」


「うん! お邪魔しまーす!」


 ほら、何も変わってないだろ?

こんな歳になっても、いまだに俺と一緒にお風呂に入りたがるんだから。

もう20歳も超えて、男女との間も色々とあってもおかしくないはずなんだけどなぁ。

それに、普通なら男から誘われるような場面でもおかしくないんだけど……。

 しかし、愛莉朱にそんなものは一切通用しない。

俺が拒否したら拗ねるし、逆に一緒に入ると聞いたら、めっちゃ喜んで入ってくる。

 確かに俺は男だから、単純に愛莉朱と入りたい! っていう変態的な思考もある。

ただ、それよりも大きく思うことが『愛莉朱から一瞬たりとも離れたくない』っていう思いの方が強い。

これも、長い間共に過ごしてきたからだろう。


「ふぅ……気持ち良い〜」


「熱くない?」


「ああ、ちょうど良いよ愛莉朱」


「良かった! じゃあ、わたしも失礼」


「はいよ」


 なかなか異様な光景だろうな。

しかも、これも俺達にとっては日常風景。

夫婦で一人ずつ、別々に入ることも全く珍しくないのに、俺達の場合は別々に入るという考え方がない。


「――――お兄ちゃん」


「ん?」


「今日はありがとう。誕生日プレゼント、とっても嬉しかった!」


「おお! 喜んでくれて良かったよ」


「後で一緒に食べようね!」


「おう!」


 嬉しそうにする愛莉朱。

その表情は、やっぱり何度見ても可愛いし、癒やされる。

仕事の疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれる。

愛莉朱、マジ天使!


「――――」


 すると、愛莉朱は俺の手を取り、そして指を絡ませてきた。

あれ、もしかして……。


「愛莉朱?」


「うん……。だって、明日休みなんでしょ?」


「ああ、明日は休みだし、朝遅くなっても問題ないぞ」


「うん……」








◇◇◇








 風呂に上がった後は夕ご飯を食べ、そしてリビングで寛ぐ。

相変わらず、愛莉朱の料理はどれも絶品だった。

俺の母さんから料理を教わっていることもあって、味も献立もほぼ実家と変わらない。

完全に俺好みだ。


「お兄ちゃん!」


「おわっ!? 急に飛び込んでくるなって」


「え〜? 本当は嬉しかったくせにぃ」


「という愛莉朱も、今頭を撫でられて嬉しいんだろ?」


「――――その通りです……」


 いきなり飛び込んで来たから、びっくりしたじゃねぇか……。

ちょっと小悪魔な感じで笑いながら、俺に聞いてはいるけど、結局は俺に甘やかされて満更でもない。

その証拠に、俺に頭を撫でられて照れている愛莉朱が、俺の隣にいる

まじで変わってないなぁ俺達。


「いやぁ〜、はは……」


「どうしたの?」


「俺達って、昔から変わってねぇなって思っただけだよ」


「今更どうしたのお兄ちゃん。わたしたち、何年間一緒に過ごしてきたと思ってるの?」


「確かにな。変わっている方がおかしいか」


「そうそう、そのとーり!」


 何故か誇ったような顔をする愛莉朱。

でも、その通りだった。

愛莉朱が俺の家族の一員になってから、もう20年になろうとしている。

こんなに長い間一緒に過ごしてきて、いきなり変わるのは逆におかしな話だ。


「――――」


「ん、どうした?」


「今日も甘えても良い?」


 俺の肩に頭を置いて、体を預ける愛莉朱。

ふわっと良い匂いが、俺の鼻に入ってきた。

そして、じんわりと愛莉朱の体温が伝わってくる。


「愛莉朱……」


「お兄ちゃん……」


 そうお互いのことを呼びあった。

そして、ゆっくりと顔を近づけてキスをする。


「んっ……」


 愛莉朱から甘い声が漏れた。

しばらくこのままでいて、そして、ゆっくりと顔を話した後にまた見つめ合った。


「えへへ、お兄ちゃんの顔すごい近いね」


「ああ。でも、近すぎて逆に良いな」


「うん、わたしも同じ。何だか変な感想だけどね」


「それは俺も自覚してる……。自分で言ってて恥ずかしくなってきた……」


「あはは! でも、わたしも同じこと言っちゃうかな」


「それなら良かった。今度からこの言葉使お」


「良いね、わたしも使っても良い?」


「おう、じゃんじゃん使ってくれ」


 『近すぎて逆に良い』とか、本当に意味の分からない感想だな。

でも、その表現が一番分かりやすい気がした。

自分で言ってて本当に恥ずかしい気持ちになったけど、愛莉朱が気に入ってるのなら良いか。

その代わり、俺の何かを失ったような気がするけどな……。

その『何か』とは『兄』として、だ。


「――――」


「――――」


 しばらくの間、俺と愛莉朱は何も話さず、ただ隣から伝わる思いを感じ取った。

肩から腕――――そして繋がれた手から、愛莉朱を直接感じる。

手も肩も頭も小さい、でも温かい。

 やっぱり、俺は愛莉朱のことが好きなんだなぁ〜。

こうやってくっつくだけでも、俺の想いが溢れ出てしまう。


「――――俺、愛莉朱にはめっちゃ感謝してる」


「えっ……。ど、どうしたの急に!? お兄ちゃん熱でもあるの!?」


「いやいや、熱はないよ。ただ正直な気持ちを伝えただけだ」


「――――!」


 急に変なことを言い始めたせいか、愛莉朱はびっくりしながら、慌てて俺のおでこに手を当てた。

別に熱はないからな?

大真面目で正直な気持ちで言った。


「愛莉朱が俺の家族の一員になってから、俺の人生ってマジで変わったと思う。多分いなかったら、つまらない生活を毎日送ってた。でも、愛莉朱が……愛莉朱がいてくれたから毎日が楽しくて、そして、俺にとって大切な人も出来た。だから……愛莉鈴、いつも俺のそばにいてくれてありがとうな!」


「お、お兄ちゃん……。うん! わたしも、お兄ちゃんの家に拾われなかったら、どんなことになってたのか、想像するだけでもゾッとする時がある。でも、わたしにはお兄ちゃんがいつもそばにいてくれる。いつも助けてくれる! 玄ちゃんやお母さんにも感謝してるけど、お兄ちゃんはわたしにとって、すごく特別な人なの。兄妹なのに、お兄ちゃんのことが男の人として好きでどうしようもなくて、思い切って告白した時も受け入れてくれた! だからね、わたしはお兄ちゃん無しじゃもうダメなの」


「愛莉朱……」


 愛莉朱は頬をほんのりと赤くしながら、でも真剣な眼差しでそう言った。

そして、俺の顔に手を添えた。

相変わらず、ちっちゃな手だった。


「お兄ちゃん、ありがとう。今のわたしがあるのは、全部お兄ちゃんのお陰だよ! わたし、お兄ちゃんのこと大好き! 愛してる!」


「愛莉朱!」


 俺は抑え切れなくなって、思わず強く愛莉朱を抱きしめた。

細くて小さい体をしている愛莉朱。

本当にガラスのようにすぐ割れてしまいそうなくらいだった。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 愛莉朱も、俺のことを優しく抱きしめる。

女性特有の柔らかさが伝わってくる。

そして、ちらっと見える愛莉朱の表情が本当に可愛らしい。

 愛莉朱と出会って10数年、こんなに素晴らしい人生を送ることができるなんて、幼い自分には全く想像できなかった。

お互いに好きになって、家族以外に知られないようにこっそり付き合って……。

そして、愛莉朱が16歳になった1ヶ月後に、俺達は結婚した。

フィクションのようで、ノンフィクションな出来事が本当にあるとはな……。

でも、俺は今幸せすぎる生活を送っている!


「――――お兄ちゃん? どうしたの?」


「ははっ、いや。俺は愛莉朱に愛されまくって幸せすぎるなって思った。だから、いつもありがとな愛莉朱!」


「――――! うん! わたしもお兄ちゃんに愛されてばかりで、すごく幸せだよ! お兄ちゃん大好き!」


 俺達はまたキスをした。

お互いの想いを共有し合うように。

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アルビニズムの君が可愛くて うまチャン @issu18

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