第3話「女神のほほ笑み」



彼女は女神だろうか? それとも妖精?


黒く輝く髪はとても神秘的だ。


「あたしの名前は黒崎リコ、みんなはリコって呼んでる。

 よろしくね」


「俺の名前はコルト」


「コルトいい名前だね。

 それに呼びやすい」


彼女に名前を呼ばれただけなのに気恥ずかしくなった。


「この世界の人の名前って長いし、『ッ』とか『ィ』とか多くて呼びにくくて……」


ん? この世界? 外国から来たのかな?


だから見たことのない漆黒の髪をしているのか?


「コルトの職業は?」


「えっ、あっ……木こりだけど」


「そっか〜〜、木こりさんか。

 あたしの職業はね凄いよ。

 聞いて驚いて!

 あたしは異世界から呼ばれた聖女様だったんだから。

 まあ、今となっては『元』聖女だけどね」


「聖女……?」


聞いたことのない職業だな?


都会にしかない職業だろうか?


「あたしは元々日本に住んでたんだけど、道を歩いてたら急にアスファルトが光って、ドロドロになって、その中に飲み込まれたの」


アスファルトとは??


「それで気がついたらこの世界にいて、あたしを呼び出したっていう王子に、

 『君は聖女だ! 今この世界は瘴気に飲み込まれる危機に瀕している。

 君の力でこの世界を浄化してくれ!』

 って言われたんだよね」


彼女は王子に呼ばれ遠い国からやってきた……ということだろうか?


浄化→清める→掃除……聖女というのは王宮専属のメイドか何かかな?


「本当は訳の分からない世界に連れて来られて、すっごい不安だったんだよ。

『家に帰りたい!』って言って子供みたいに泣きわめきたかった。

 だけど、王子を初め、その場にいた偉そうな人たちに、

『聖女様どうかこの国をお救いください!』 って言われて、頭下げられちゃったら涙が引っ込んじゃってさ。

 私も鬼じゃないし〜〜。

 王子様イケメンだったし、王子様って言ったら女の子の憧れだし、仕事が終わったら王子様と結婚出来るっ言うし、王子様と結婚して三食昼寝付きのぐうたら生活を送るのを悪くないかなあ……なんて思って、流されちゃったのよね。

 だけど思ってたより聖女の仕事ってハードでさ……。

 朝は日が昇る前から起きて教会でお祈りしなくちゃいけないし、

 真冬でも冷たい井戸の水で禊をしなくちゃいけないし、

 瘴気の濃い場所はなぜか山奥とか、荒野とか、砂漠とか……そんなハードな環境のところばっかだし。

 移動は馬車で道も舗装されてないから、揺れが酷くて気分悪くなるし。

 シャンプーもトリートメントもないから髪はパサパサ、化粧水も乳液も保湿クリームもないからお肌もカサカサ。

 せめて食事くらい豪華に……と思ったら、教会の食事はパンと果物とじゃがいものスープだけ。

『聖女様の聖なる力が弱まらないように』って言ってお肉もお魚も食べさせてくれないんだよ! 信じられない!

 この世界には、おにぎりもおでんもたこ焼きもお好み焼きもお寿司も肉じゃがもうな重も天ぷらも豚汁もすき焼きもとんかつも鶏の唐揚げもカレーライスもないし!

 それでもあたしが瘴気を浄化することでみんなが幸せになれるならと思って……。

 十六歳から十九歳まで朝から晩まで身を粉にして無償で働いたのよ!

 それなのにあの顔だけ王子……!

『瘴気が浄化されたからそなたはもう用済みだ』って言って私との婚約破棄したのよ!

『この国では十九歳を過ぎた女は行き遅れだ!』って言って、十四歳の貴族の娘と婚約したのよ!

 二十一歳の男が十四歳の少女に手を出すなんて、私の故郷だったら犯罪だっての!

 あのロリコン王子!

 私の青春返せ!!

 そしてあろうことか私のことを、禿げてデブの五十すぎの辺境伯の元に嫁がせようとしたのよ!

 本当に最低!

 だからあたし逃げ出してきたの!」


彼女の話していることのほとんどは俺には理解できなかった。


要約すると、彼女はこの国の王子に遠方の国から無理やり連れてこられて、王子との結婚を餌に休みなく働かされた。


しかし王子は彼女との結婚の約束を反故し、幼い少女と婚約した。


そして彼女を歳の離れた相手に嫁がせようとした。


彼女はそれが嫌で逃げてきた……ということか?







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