第4話「飛行機」



「だけどあたしこの世界の地理に疎くて……。

 適当な馬車の荷台に隠れて王都を脱出できたのは良かったんだけど、馬車から降りて歩いてたら森に迷い込んちゃって。

 森から抜け出せなくてフラフラしてたら崖から落ちちゃったんだよね。

 崖から落ちたとき足をくじいたから歩けないし、助けを呼んでも誰も通りかからなくて、そのまま気を失っちゃったんだよね。

 いや〜〜ほんと、コルトが通りかかってくれて助かったよ〜〜!

 コルトはあたしの命の恩人だね!」


リコはそう言って花が綻ぶように笑った。


俺の胸がキュンと音を立てる。


なんだろうこの不思議な感覚は……?


今まで味わったことのない感覚だ。


でもとても心地よい。 





俺は彼女に足の怪我が治るまで家に住めばいいよと伝えた。


ここはめったに村の人が来ない。彼女が隠れ住むにはうってつけだ。


本当は彼女にずっとここにいてほしかった。だけどそれは言えなかった。






彼女は足の怪我に響かない範囲で家の手伝いをしてくれた。


この世界ここって洗濯機も掃除機もないのね。

 食器洗い乾燥機やオーブンレンジもミキサーもない。

 今までは洗濯や食事の支度はメイドさんがしてくれたから気づかなかったわ」


彼女の言ってる道具がどんなものなのか全く想像できない。


ここは王都から遠く離れた田舎だからな。


もしかして王都ではどこの家庭にも、そんな便利な道具があるのだろうか?


田舎の生活に嫌気が指して彼女が出ていってしまったらどうしよう……?


「でもここではお肉もチーズも食べられる。

 幸せ〜〜!」


チーズを乗せたパンとお肉入りのスープを、交互に口に運びながら彼女が幸せそうに笑う。


いっぱい稼いで、チーズとお肉をたくさん買えるようになろう。


彼女の笑顔が見たいから。






一カ月後、彼女の足の怪我が完治した。


「あのさ、リコ。話があるんだ」


「なに改まって?」


「俺はリコにここにいてほしいと思ってる!」


「いつまで?」


「ずっと!

 ずっとずっとずーーーーっと!」


「なんだかプロポーズみたいね」


「うん、そのつもりなんだけど」


「えっ??」


俺の言った言葉の意味に気づいて、リコの顔が赤くなる。


つられて俺の顔にも熱が集まった。


「あ、あたし追われてる身だよ!」


「うん、何があっても絶対にリコのことをかくまうよ!」


「それに時々もとの世界の話をして、コルトを困らせるし……」


「『男と女は別々の種族だと思え。男の思考はドワーフやホビットよりだが、女の思考はフェアリーやエルフよりだ』ってケンちゃんが言ってた」


「どういう意味?」


「生まれたところも育った環境も違う。

 お互いに知らないことがあるのは当然だって意味だよ」


「ケンちゃんって?」


「俺の幼馴染、ケンちゃんの言ってることはだいたい正しい」


「だから、少しづつ相手のことを知っていけばいいんだよ!」


「そっか……」


「うん」


「…………」


リコの長い沈黙。


「チーズとお肉を毎日とは言わないけど、週に一回食べさせてくれならいいよ」


「うん。約束する!

 チーズとお肉を週に一回食べさせられるように努力するよ!」


そうして俺はリコと結婚した。


リコは逃亡中だから結婚式は出来なかったけど。


一年後には長男のアビーも生まれて幸せな生活が続いたんだ。


「とりっ……! とりぃ……!」


リコに背負われたアビーが、木の上にいる鳥に手を伸ばしてる。


「アビーは鳥が好きだな」


「旦那様知ってる?

 私の世界では羽がなくても乗り物に乗れば空を自由に飛べたのよ」


リコが生まれたのはここからとっても遠い異国の地。


リコのいた国は、この国よりずっと科学が進んでいたようだ。


「その乗り物の名前はね、飛行機……!

 何百人もの人を乗せて、山を越え海を越え人や荷物を運ぶ魔法の乗り物なの!」


リコは目をキラキラさせて語った。


「俺もいつか見てみたいな、そんな空飛ぶ乗り物を」

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