Ⅵ. ゆめうつつ
「だけど、彼は……奪われるばかりだった」
(そう、彼は奪われるだけの生だった)
(兄に尊厳と自由を)
(父に生命と死に様を)
(度々死にたいと繰り返すわたしに、時間と精神の健全さを)
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい……わたしはいつも、あなたから与えられてばかり」
(わたしはいつもあなたから奪ってばかり)
(だというのに、あなたはいつもわたしに無償で何かを与え続けてくれた)
(意地悪な皮肉)
(死にたいと繰り返す、意味もない声への応え)
(死に損なったわたしの自傷の手当て)
(美味しい冷えたお水、温かいお粥)
(きっと世界で一番眩しかった、笑い顔)
「父母もおらず、兄姉に捨てられ、わたしの家族に虐げられるばかりだった彼……なのに、わたし、わたしは! ……ああ、ごめんなさい」
(何も与えられなかった。奪われ続けた生の中で、どうしてあなたはわたしに無償で何かを与えられたの?)
(どうして、そんなにやさしくいられる。たとえ噓と偽りのものだったとしても、どうして——あんなにも尊いことが、わたしなんかにできる)
(わたしの名前を書けるようになったのだと。そう笑みを溢すあなたの声も笑い顔も、手の感触も温もりも、全て忘れつつあるけれど。わたしはその言葉を思い出すだけで、あなたに全てを捧げたくなる)
(今更そんなことを焦がれるほど思っても、何もかも遅いというのに)
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