待宵・四


 その後、帝都の上流階級の人々の間では一つの醜聞が面白おかしく語られた。

 傾きかけていた子爵家から売りに出された宝飾品が、皇族とも縁のある公爵家から盗まれた先祖伝来の品々であったという話題は帝都に瞬く間に広がった。

 捕らえられた子爵家当主は「鬼が置いていったのだ」と主張したものの、当然のことながら苦し紛れの戯言として聞き入れられる事はなかった。

 無実を訴えながら縄を打たれた当主は獄中で首を吊ったという。

 しかしそれで面子を傷つけられた公爵家の怒りが収まる事はなく、あらゆる手で制裁は行われる。

 そもそも事業で傾きかけていた背景もあり、呆気ないほど簡単に家は取り潰された。

 子爵の妻と娘は行方知れず、一説によると苦界に身を沈めたらしいともいうが真偽は定かではない。

 使用人達は次の勤め先を見つける暇もなく追い出されたとのこと。


 権門の怒りを買った家は、坂道を転げ落ちるように落ちぶれていった。最早影も形もなく消え去ってしまったのだ。

 土地屋敷は早々に売りに出され新しい主のものとなり、その家が存在したという形跡は何処にもなくなっている。



 銀嶺は、帝都に用意した隠れ家の一つにて目を伏せて思索に耽っていた。

 今は上流階級の人間が声を潜める振りをして声高に語るに留まっているが、あの屋敷の近辺に新聞記者の姿を見かけた以上、近い内に帝都中に広まる事だろう。

 『使え』とは言われたが、そんな名門の倉から失敬したものだったのかと表情は苦いものとなる。

 『あの女性』絡みで『あの御方』の怒りを買ってしまった段階で、あの家の命運は決していたのだろう。

 恐らく最も効果的に罰を与えられる時を待っていたに違いない、そこに自分の件が舞い込んで……。

 あの家の人間が、身内に少しでも優しければ運命は変わったのかもしれないが、最早言っても詮のない事である。

 まあいい、忠告はしたのだから、と心に結んでそれ以後考えるのを止めた。

 長椅子に腰を下ろしていた銀嶺の横に、六花が跳ねるようにして座る。

 救い出して暫くはずっと抱き締めて居てやらねばならないほど酷く怯えていたものだが、すっかり落ち着いた様子。

 六花は彼を覗きこむと、綺羅と輝く瞳で楽しげに願いを伝える。

 これからどうしたいと言われて、暫く考え込んでいた様子だったが答えが出たようだ。


「あのね、学校とか行ってみたい」

「わかった、手配してやろう」


 あの館に居た頃も、書物の中にある学校の存在に興味を見せていたかと思い出す。

 快諾の答えを嬉しそうに聞いた六花は、更に続ける。


「あと、海とか見てみたい」

「そうだな、気分を変えるのに出かけてみるか」


 海について話を聞かせてやった時も、あれこれ想像して気にしていた。

 海だけではなく色々と連れていってやろうと、頭の中で計画を立てては銀嶺もまた楽しげな笑みを口元に浮かべる。


「それとね」

「……何だ?」


 他にどんな願いがあるのかと気になって六花の瞳を覗き込む銀嶺。

 そんな彼の銀の眼差しと、菫の眼差しが優しく交差する。

 六花は、少しだけ恥じらうようにして、それでも一番の己の願いを口にした。


「銀嶺と、ずっとずっと、一緒にいたい」

「……それは、願いを叶える前提条件だ」


 もう離れない、離さない。逃げたいと思ったとしても、逃がせない。

 『業』を背負わせることになったとしても、その全てすら受け止めてみせよう。



 銀月輝く夜に、忘れられた待宵の館から自分が見つけた、不思議な子供。

 迷いない眼差しで鬼を求めるのは、真っ新な雪の少女。

 その世話を焼くのも、甘やかすのも、願いを叶えるのも、自分の特権。

 六花を愛していいのは自分だけだ、銀の鬼は心の中でそう呟きながら愛しい娘を抱き寄せた。



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