第27話 過去の断片

「おい! テミス裏切るのか! ふざけんなよ!」


「我々の存在は人間に必要とされていない」


 荒げた声に対して、テミスと呼ばれた褐色の女は冷徹に抑揚のない声で答えた。


「だからこそ復讐するんだろうが!」


 クロノスの叫びにテミスは答えることはなかった。そのまま、彼女は自身の開いた分厚い本に何かを書き始める。


 クロノスは大鎌を掲げ、彼女のいる方向へ向けて振り下ろした。


 そこで、デロは息を激しくつきながら目を覚ます。そこは工事途中のスタジアムのせり出た天井であった。


「随分うなされていましたね」


 そう優しい口調で言ったのはリラである。人間の着る黒いスーツを着ていた。


「……ちくしょう。俺は絶対に許さねぇ。テミスもピクミーも人間も」


「オケアノスは該当しないんですね。孤児院も襲撃せず、放っておいたままですが」


 その言葉に対して、視線を落とした。そして、一言。


「子どもたちに罪はない」


「前に、あんな啖呵を切っておいて……と言いたいところですが、この死体の過去に影響されたんですね。あなたも」


 それに彼は答えなかった。ただ、空に浮かぶ月を見つめる。

 その後、ぽつりぽつりと話し始めた。


「この体が、こんな過去を持っているとは知らなかったよ。強烈に残っているんだ。人間への憎しみも。何もかも。この肉体は死んでも、思いが残されてやがる……」


 彼が瞳を閉じると、景色が浮かんでくる。

 その先にあったのは、扉であった。その扉の向こう側では若い女の悲鳴が聞こえる。


「やめて!助けて!お父さん!お母さん!お兄ちゃん!」


 慌てて飛び込もうとして、ドアノブに手を伸ばし、動かすことができなかった。

 そこから肉と肉のぶつかり合う音が響く。

 悲鳴はさらに増し。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」


 彼は手を伸ばし、ドアノブをゆっくりと回し、ドアを開く。できたわずかな隙間からそこを覗いた。


 その部屋で。


 頭部の一部が岩で覆われた十歳にも満たぬ少女が、下卑た笑みを浮かべる人間の男に強姦されていた。


 彼はドアから慌てて離れてしまう。


 そして、そのまま震えながら、四つん這いのまま逃げ出していった。

 悲鳴はだんだんと薄れ、無音になった。


 次の日。

 藁小屋の中で寝かされていた彼の横に少女は立っていた。


 血まみれの彼女は死んだ目のままである。口は閉じたまま。

 彼は何ごともなかったかのように話しかけた。


「おはよう」


 彼女からその返事は二度と聞こえることはなかった。

 その日から彼女は話せなくなった。


 震えながらクロノスは閉じていた片目を開く。


「恐ろしいものですね。私はこの人間の記憶を覗き込みたくもありません。レアもこんな人を押し付けるとは」


「レアの気持ちも分かるがな。こうすることで、人間への憎しみが増すってやつなんだろう」


「策略に乗るんですか?」


「俺たちは俺たちにできることをするだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 そう言うと、デロ……クロノスは高らかに声をあげて笑い始めた。


「決めた。今から決行だ。人間を滅ぼすぞ」




「言い過ぎたかな……」


 ベッドで寝ているフレイはテミスに話しかけていた。


「え。な、気にしているの? アスラさんに言ったこと」


「いや、ほら。言われて嫌なことかもって」


「なんで、気にするの。別にいいでしょ。フレイさんだってエデンさんに、言われたんだから。それでやる気出たんだし」


「うん。そ、そうだよね……」


 そう言って、布団を被ろうとしたときである。

 地響きと共に、遠くから悲鳴が響き渡った。この悲鳴の方向は人間街の方である。


「よ、夜中の十二時だよね!?」


「そ、そだよ。こ、こんなことが」


 戸惑うテミスであったが、フレイはそのまま家を飛び出す。

 どたばたとするフレイに対し、セリナは寝間着姿で現れた。


「夜の出現って。そんなことって」


「よくよく考えてみれば、ダンジョンが破壊されてしまった以上しょうがない」


「……気を付けてね」


「あぁ」


 フレイはセリナに微笑むと駆け出していった。

 今日の変身であの能力を使ってみせる。オケアノスがいない以上、戦えるのはフレイ自身のみ。


「僕がただ一人の英雄なんだ」



 

 人間街の道路では既に人であふれている。

 エデンとレイアは人間街にて暮らしているので、すぐに駆け付けることができた。ギルドマスターであるヒノにギルドハウスを緊急で開けてもらい、入ることになるが、武器はその場にあったものとなった。彼女たちの装備は夜の間に調整してもらっていた。


「あんまりいい装備ではないけど、まだマシかな」


「キメラの矢じゃなくて、旧式のオルトロスの矢か」


 二人の会話を聞きながらヒノは呟いた。


「早いよな。時代って。すぐに何もかも過ぎ去っていくんだから。前まで使っていたものもどんどん使えなくなっていく。ただ、変に驕ったりするなよ。それもしっかりとした装備だ。兵器に劣るとはいえ、誰でも殺すことができる。強くなることは危ないことなんだ」


 いつもはふざけた口調のヒノが神妙な顔つきであった。

 そんな彼を見て、エデンとレイアは装備を見つめ、頷くと、すぐに身に着けた。


 そのまま彼女たちはギルドハウスに一言、「行ってきます」と呟き、外へと飛び出していく。


「行ってらっしゃい」


 ギルドマスターはにこやかに呟いた。

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僕は女神に溶けていく。~ダンジョンの最奥で追放された予言士、身長100メートルの巨大女神に変身する~ やまだしんじ @yamada-re

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