染め卒

結騎 了

#365日ショートショート 320

 桜が舞う卒業式。生活指導担当教員の松田は感慨にふけっていた。

「先生、ありがとね、3年間」

 近づいてきたのは、ひとりの女子生徒。

 彼女の名は、絹川琴。生活指導室の常連だった。制服を校則通りに着たことはなく、毎日のように松田から注意を受けていた。

「あの時、一番怒ってたよね。ほら、2年の夏休み明け」

「お前が金髪に染めた時だな。ははっ、懐かしい」

 廊下を歩く金髪の女子高生。松田は彼女と対話を繰り返し、保護者とも席を設け、粘り強い対応を続けたのだった。

「あの時は骨が折れたよ。お前も金髪が気に入っていたよな。なかなか黒に戻すと言ってくれなくて」

「ごめんね、先生。説得されるほど、意固地になってたかも」

「そういうものかもなぁ」

 ひんやりとした風は冷たく、しかし、どこか暖かさも感じさせた。卒業式のムードがそうさせるのだろうか。

「なあ、絹川。お前のクラスの女子生徒たちは、早速、今日の午後に美容室を予約していたぞ。髪を染めて巻くそうだ」

「へぇ、そうなんだ」。絹川は他人事のように答える。「私は行かないよ。黒のままでいい」

「気に入ってたんじゃなかったのか、金髪」

 うーん、と。少し言い淀んでから、「金髪にしたかったというか、金髪が校則でダメだったから染めてたのかも。だから、もう卒業したから、いい」

 舞った桜が風に巻き上げられ、彼方へ飛んでいく。

「そうか。なるほどな」

「ありがとう、先生」

 松田は絹川の方を見なかった。いや、見れなかったのだ。バレたくはなかったから。

「卒業おめでとう。頑張れよ」

 わずかに震えた声を、絹川は笑顔で受け取った。

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染め卒 結騎 了 @slinky_dog_s11

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