忍者マッコリ、異世界へゐく

広瀬小鉄

第1話 異世界へゐく


 忍者の修業に飽きたオレは2トントラックを盗んで夜の街へと繰り出していた。十五歳だったらバイクを盗んでいたのだろうが、生憎オレは十六歳だ。去年より背伸びしたい年頃だった。


 夜道を超スピードで走るのは最高に楽しい。警察に見つかれば色々とアウトだが。ライトが照らす世界が眩しい。まるでオレの未来を示しているようだった。


「ふんふんふ〜ん」


 免許は持っていないが忍者なので問題はない。そうして夜の街を流していると前方に何やら大きな光を見つけた。そこには五人の学生たちがいた。


「こ、この光は……⁉︎ まさか異世界召喚! とうとう俺も主人公に……ふひひ!」


 そのうちの一人がガッツポーズをしながら叫んでいる。黒髪を肩まで伸ばした痩せ型の少年だ。銀色のメガネが実に地味である。そしてオレは空いた窓から聞こえた「異世界召喚」というワードに驚く。


「まさか……あんな罪のない学生たちを異世界へ連れ去るつもりか……!」


 オレは異世界人の無責任さに怒りを覚える。そのままトラックのスピードを上げる。何としても彼らを異世界召喚の魔の手から救い出さねばならない。


「これでチートな能力さ———ぐはぁっ⁉︎」


「吉田くん⁉︎」


 彼らを助けるためそのまま2トントラックで衝突する。叫んでいた少年たちを吹き飛ばす。しかし二人程、吹き飛ばせなかった。そのタイミングで魔法陣が強く光った。


「彼らまでは無理か……!」


 オレとその場にいた学生二人は魔法陣に飲み込まれ地球から姿を消したのだった。それでも三人の学生を助ける事ができた。ある意味で別世界に旅立って行ってしまったかもしれないが。アーメン。









『おきて……』


 何だか遠くから声が聞こえたような気がした。


『おきて……!』


 最初は気のせいかと思ったが、そうでは無かった。何かがオレを呼んでいる。その声に導かれるように微睡の中から目覚めるとそこには何やら大きな影があった。


『ようやく目覚めたか、忍者マッコリよ』


「貴方は……?」


『我は貴様が運転していたトラックだ。名をニントカイザーという』


 トラックは丁寧にも名乗りを上げる。そして急激にウィンウィンと音を出して変形をする。あっという間にロボットへと姿が変わった。人気アニメに出てきそうな程かっこよかった。


『貴様はこれから数々の危機に直面するだろう。しかしこれだけは覚えておけ。貴様には我という友がいたという事を』


「ふとんらいざー……」


『ニントカイザーだ』


 オレはあまりにも熱いトラックからの言葉に泣きそうになった。そして口から涎も出そうになった。ついさっきまで寝ていたからかもしれない。


『それではさらばだ。我が友、忍者マッコリよ』


 そう言うとトラックは遥か彼方へと飛んで消え去ってしまった。オレはそれを見届けてから再び眠りへと落ちた。









 目を開けるとそこは見慣れぬ場所だった。オレは警戒して懐に入れているボールペンの芯を出しておく。こうする事でいつでもメモが取れる態勢となるのだ。


「やったわ、ついに勇者様の呼び出しに成功しましたわ!」


 声の主の方へと視線を向けるとそこにはドレスを着た女性が立っていた。横にいる騎士に嬉しそうに話しかけている。暗記ペンと同じくらい濃い赤い髪の女性だ。


「しかし姫様……人数が……」


 隣にいる騎士はこちらを見て不安そうな表情をしている。その指摘に姫と呼ばれた人物もようやく異変に気付く。


「あ、あら……? 確か伝承では五人の勇者様が召喚されるとなっていたはずなのに三人しかおりませんわ?」


 周りを見渡すと先ほどトラックで吹き飛ばし損ねた二人がそこにはいた。一人は女子で長い黒髪をしている。もう一人は茶髪の男子だ。そしてオレは忍者なので良い感じのバランスと言えるだろう。昨日食べた豚カツとキャベツのバランスに匹敵するかもしれない。しかし一昨日食べたカレーと福神漬けには敵わないだろう。


「ここは……?」


「貴女たちは一体……?」


 女子の方はいきなりの状況に戸惑っている様に見える。そして男子の方はそんな彼女を庇うように前へと立つ。


「落ち着いて下さい、勇者様。ここは皆様の住んでいた世界とは別の世界です」


 姫が事情の説明をする。しかしオレはまだメモを取らない。真のメモニストは最低限の言葉だけで世界を制するのだ。次のオリンピックではメモが新種目として採用されるとも噂されている。


「別世界だって……⁉︎」


 異世界と言われて戸惑っている男子にオレは優しく教えてあげる。


「ここは異世界クッキングママンだ」


「全然違いますよ⁉︎ ここは異世界ラークランドです!」


 残念ながら違っていたようで姫に訂正される。そして姫はそのまま会話を続ける。


「皆さんをこの世界に呼び出したのは魔王を討伐して欲しいからです」


「魔王だって⁉︎」


「ま、魔王……⁉︎」


「あまおう。それはイチゴの王様……」


 魔王という言葉を聞いて三者三様のリアクションとなる。男子は驚いた表情をしており、女子の方は恐怖に引き攣った顔をしている。


「はい。ですがここに召喚されるまでに女神様に会って特別な力を手に入れてるはずです! その力さえあれば魔王なんて恐るるに足りません!」


 姫は力強くそう宣言する。


「やっぱりアレは夢じゃなかったのか……」


「確かに女神って名乗った人から力を貰ったけど……」


 どうやらボーイ&ガールは女神とやらに既に会っていて特別な力を貰っている様だ。だがオレもふとんらいざーと出会っている。ジャンルで言えば女神もトラックも同じくくりに入るはずなので問題ない。


「そうです! それこそがチート能力です。さぁステータスオープンと唱えてみて下さい!」


「「「ステータスオープン!」」」



名前:庭帝院光ていていいんひかる

年齢:16歳

称号:勇者

能力:光ノ太刀、極限進化



名前:雪尾キラリ

年齢:16歳

称号:勇者

能力:魔導ノ環、極限進化



名前:マッコリ

年齢:16歳

称号:忍者、ニトンカイザーの友

能力:忍術、恋占い


 姫が二人のステータスを見て驚きの声を上げる。


「ヒカル様もキラリ様も素晴らしいですわ! これなら魔王にも対抗できますわ」


 そして最後にオレのステータスを見て固まる。その顔は引き攣っている。


「……あの、マッコリ様も……その……」


「ふふ、やっぱり姫様も女の子ですね。オレが恋占い出来るの気になってるんでしょ?」


 オレは女心が分かる忍者だ。女心が分からない忍者は飛べない豚のようなものだ。そして忍者は飛べるので、女心が分からないのは豚だ。


「全然違いますわ⁉︎」


「マッコリ様はどうやら我々の召喚術に巻き込まれてしまった様です。誠に申し訳ございません……」


 隣にいた騎士が深くお辞儀をしてくる。オレとしては忍者の修行なんて何処でも出来るので正直、異世界に間違って召喚されても大して困りはしない。


「騎士さん、ズボンを上げて下さい」


「いやズボンは最初っから上がっていますよ!」


 オレの優しさに騎士の表情も明るくなる。隣にいる姫もクスクスと笑っている。


「異世界に間違えて召喚されたというのにマッコリ様はとても優しい方ですのね! 素晴らしいですわ」


 姫はそう言ってオレを褒めてくる。これはオレにメモを取らせようというフェイントだろう。しかしその程度の罠には引っかからない。何故ならボールペンは持ってきたけどメモ帳は忘れたからだ。


「それよりも魔王を倒すってどうすれば良いんですか?」


 茶髪イケメンのヒカルが逸れていた話を戻す。それにより全員の意識が再び姫に集中する。


「そうですわね。まずは皆様にこの世界について学んで貰いつつ、稽古をして各々の能力を把握していきましょう」


 姫の示した指針にヒカルが頷く。しかし少女、キラリの方はまだ不安そうな表情をしている。無理もないだろう。突然、異世界に召喚されたのだ。突然、だんじり祭りに放り込まれたのと同じくらい困るだろう。


「わ、私……無理です! そんな魔王を倒すなんて出来ません!」


 キラリは少し後退しながらそう言う。彼女はこの状況について行けてないらしく半ばパニック状態だ。ヒカル、姫、騎士は彼女を説得しようとする。


 オレはその間、ヒマなので俳句を詠む。一流の忍者は芸事にも長けているのだ。そのためオレも練習は欠かさない。


「I am born of my Makgeolli」


 残念ながら字余りになってしまった。まだまだ一流の忍者には遠い様だ。そうしている内にキラリの説得が完了したようだ。


「一旦、本日はここまでとしましょう。もう時間も遅いので。詳しいお話は明日にしましょう」


 オレ達は異世界について右も左も分からないので姫の言う事に従う。ただギリギリで上と下は分かったので安心する。そして何も分からぬまま異世界での一日目が過ぎるのであった。


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忍者マッコリ、異世界へゐく 広瀬小鉄 @kotema0901

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