第9話 らしくもなく

「……さすが、髪の手入れはきちんとしているな」

 指で何本かの髪の毛を持ち上げ、さらさらと落としながら、堂本は言った。

「女なんだから、当然」

 ユキは両手で頭を押さえた。自分の髪を取り戻すようなつもりで。

「うちの母親の髪、ほとんど、ぼさぼさのままだ」

「――訂正。若い女なんだから、当然」

「近所のおばさんが聞いたら、苦情が来そうな言い様だな」

 何度も顔を出す「近所のおばさん」に、二人は笑った。

 そんなこんなで、一時間経過。

「終わり!」

 ユキは一声、叫ぶと、いそいそと道具を片づけにかかる。

「どもども、今日もお世話になりました」

 立ち上がり、恒例となった挨拶。

「……送らなくても、大丈夫か」

 堂本の目線は、窓の外を向いている。夕焼けが元気をなくしつつあった。

「あ、平気平気。考えてもみなさいな。コンビニの外で会ったときなんか、完全に夜だったでしょうが」

「それはまあ」

 カーテンを引いた堂本は、さっさと机に着く。そしてワープロを起動させる。

「でも、送ってくれると言うのなら」

 ユキは堂本の腕を引っ張った。

「そんな、今さら。あ」

「どしたの?」

「『かのじょ』が『かんじょ』になってしまった……」

 ディスプレイを見れば、「寛恕が剣を」となっている。

「私のせい? 直せるんでしょ? ね」

「……ぷっ」

 いきなり吹き出す堂本。

「何がおかしいのよ」

「いや、あんまり、不安そうに聞いてくるから」

「私が機械に弱いと思って、笑ったんでしょ」

「違う違う。心配の仕方が大げさだから、つい」

 なだめにかかる堂本。ユキが疑う視線を送っていると、

「お詫びに送る」

 堂本は腰を上げた。

 結局、こうなるんじゃないか。ユキは口には出さずに思った。


「ワープロソフト、使ったことないの?」

 道すがら、堂本が聞いてきたので、ユキはむっとした。暗がりの中なので相手には見えないが、相当の膨れっ面である。

「やっぱり、機械音痴だと思って」

「参るな、もう」

 ほとほと困り果てた様子で、こぼす堂本。

「その分だと電子手帳なんかも使ったことないんだろうな。創作に便利なんだが。そういや、携帯端末の類は? スマホとか」

「持ってないよ、あんな面倒な物」

「ふーん。クラスでも、女子のほとんどは持っているようだが」

「ああいう機械、勝手だよ。どこにいようと呼び出してきて。首に鎖をつながれてるみたいで、嫌い」

「木川田らしい理由というか……」

「そもそも入力するのが面倒。音声認識だと周りに丸聞こえで、やだし。あと、ごちゃごちゃボタンあって、覚えられるかってんだ。もう一つ、気に入らないのは、あれさあ、カンニングに使おうと思ったら使えるよね。見つかっても電池を抜けば、証拠は残らない」

「あー、電池というかバッテリーを抜いても、しばらくはデータ、記憶されてるもんだよ。ああいう機械類は」

「え、そうなの? 電池、抜いたら、ぷっつんじゃないの?」

 ユキはぽかんと口を開け、目も見開いた。

 堂本も口を大きく開ける。無論、別の意味で。

「はははっ。機械音痴でよかったな」

「別に、カンニングしたいんじゃないったら」

「分かってるって。君が基本的にできるのは、宿題を教えていて、分かるもの」

「そ、そうかな?」

 少し照れるユキ。

「ヒントを出したら、ほとんど解いていたからな。それより、ワープロぐらいは使えるようにしといた方が、便利だよ」

「家にない」

「そういうことじゃなくて……。大学に行ってる兄貴がいるんだけど、レポートは全部、ワープロでやっている。コピーを取っておく必要はないし、間違えても、簡単に修正できていいってさ」

「大学に行くことになったら、考える。んなことより、お兄さんがいたの、聞いてなかったな」

 先を行っていたユキは立ち止まると、堂本へ向き直った。

「見たことないし……」

「当たり前だよ。家を出て、下宿暮らししてるから」

 堂本も足を止め、さも当然という風に答える。

「なーる。ワープロ、そっちにもあるんだ」

「正確にはパソコンだけど」

「どう違うの?」

「そこからか。根本的に違うんだけど……。一言では説明できないな。またいつかね」

「簡単でいいから、この際、教えてよ」

「うーん……。これが全てじゃないけど、大さっぱに言えば、ワープロは文章を作って印刷するだけ。パソコンは文章の他にも、ゲームとか、表計算とかもできる」

「ゲーム機の仲間? なんちゃらコンて昔々にあったような」

「もしかしてファミコンか? 古いなぁ。ま、コンピュータという意味では仲間」

「ワープロとなんちゃらコンと電卓を足したら、パソコンなの?」

「……はははっ! いい、それ! うん、間違いじゃあない。規模が違うけど、基本は一緒だよ」

 ここでも笑われたので、ユキは、まだ機械音痴のことを言われてるような気がしてきた。でも、もう、どうでもよかった。不思議と、腹立たしくもならなかった。

 やっと、ユキの家が見える位置に来た。

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