第8話 機械の方は音痴です
「そうなのかあ……しかし、まあ……分かることは分かる。堂本クンはもう、形ができちゃってるもんね。おカタいイメージが。それで、頼られちゃって」
「そういうこと」
分かっただろうとでも言いたげに、別の問題集に手をかけた堂本。それをユキが遮った。
「待った。終わってないって。そんなイメージを作った堂本クンにも、ちょっとは責任ある」
「そう言われても、知らない間に、秀才扱いされてたんだから」
「何のこっちゃ?」
「……知らないんだっけ、木川田は」
「知らん。何を知らないのか、知らないけど」
瞬間、沈黙してから、堂本は苦笑まじりに始めた。
「僕、中学は私立だった。中高一貫教育のね」
ユキには、初耳だった。姿勢を正して、聞く気になった。
「そこで落ちこぼれて、上の高校には進めなくなったんだ。それで、公立の高校を探して、ここを選んだ。だから、最初の頃、劣等感の塊だったよ、僕は」
「……でも、冷静になって、周りを見渡すと、お馬鹿が多かったって?」
にこにこと笑みを浮かべるユキ。不気味だったか、堂本は変な顔つきになる。
「何で笑うんだ。怒るなら、まだしも」
「怒るようなことじゃあ、ないじゃない。何でもさ、向き不向きってあるし。この学校には、だいたい、この学校に向いているのが来ている。堂本クンは、私立の中学・高校のやり方には向いてなくて、今の学校が向いていた。ただ、それだけなんじゃない?」
途端、気が楽になった風な堂本。ユキは、くぎを刺すように言い添えた。
「でも、分相応とだけは思わないようにしてるの、私。いつでも殻を破る気だけは持っている」
「……ときどき、賢いな」
「もう!」
叩いてやると、しかし堂本は、真面目な表情のまま続けた。
「いや、本当に。木川田だって、自分で作ったイメージと、内とのギャップ、相当にあると思う」
「また、私の方へ、質問返しする気だな。ずるいなあ」
「……こんなこと、ときどき、考えるんだけど」
堂本の口調が、少し変わった。ややリラックスした調子。
「高校三年の三学期、最後の授業直前までは、優等生を演じ続ける。そして、最後の授業だけ、がらっと態度を変える。授業中、イラスト描いたり、喋りまくったり……」
「もったいない!」
ユキの反応が予想外だったのだろう。堂本は、目を白黒させている。
「もったいない?」
堂本の返しに、ユキはいたずらっぽい表情を作ってみせた。
「そうそう。そんな面白いこと、どうせやるんだったら、最後まで取っておかないと。ここ一番てときに、使うためにね。その一瞬のためだけに、ずーっと、素直でいい子いい子しなくちゃ」
「……」
「と思ってる内に、結局、殻を破らないまま、一生、終わっちゃうんだよねー」
ユキの言い方に、堂本はきょとんとしていた。そして、やがてぽつりと。
「当たってるかもな」
「さあ、それより、宿題、宿題。残りも教えてもらわなくちゃ」
あきてきたのと、照れ隠しのつもりとで、ユキは別のノートを取り出した。
「逃げたな。自分から言い出しておいて……まあいいや。早く片付けないと、こっちも困るから」
堂本は計算用紙を丸めると、屑篭めがけて、ぽーんと投げた。見事、入った。
「考えたら、いい子は割が合わない」
「考えるまでもないでしょ」
解きかけの問題を放って、達観したように、ユキ。
「いい子はずっと、いい子じゃなきゃいけないのよね。ちょっとでも悪いことすると、『まあ、あの子、賢いふりして、影ではあんなことしていたなんて』と、近所のおばさん達に言われる」
「そうそう。だからこそ、この前のあの本だって、あんな風に、こそこそ、隠れるようにして買わなきゃならなかったんだ」
同意する堂本。だいぶ、内にたまっている感じ。
「普段、悪ぶってたら、平気で買えるもんねえ。それよりさあ、悪ぶって得なのは、ちょっといいことをしただけで、『まあ、あの子、不良かと思っていたけれど、いいところあるんだわ』と、近所のおばさん達から見直される点よね」
「その、『近所のおばさん』を使うの、やめられないのか」
堂本はおかしそうに笑っていた。
「多分、これが本当なんだもんね。んで、いい子をやってて、いいことは?」
「さあ……。どんな場合でも、話を聞いてもらえる、かな? テレビドラマで見る限りじゃ、悪ぶってると、何か事件が起きて疑われると、問答無用で悪者扱いの場合が多いだろ。いい子だと、ちゃんと言い分を聞いてもらえる」
「何か、あんまり嬉しくないなあ。それに現実は、それほど差はないと思うし」
「あ、また脱線している。さっさと問題を解かないと」
はたと気付いたように、堂本は丸めた問題集で、ユキの頭をはたいてきた。
「あてっ! ひどいなー。堂本クンから脱線したんだよ、今のは」
「ん? そうだっけか。ごめんごめん」
と、今度は手の平で、さっき叩いたユキの頭をなでてきた。何だか、様子がおかしい堂本。
「おおおい。何だ、長いゾ。堂本クン、私ゃ、ペットの猫じゃないんだから」
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