第7話 かけ合いに磨きが掛かる

「何を?」

 不思議そうな堂本。ユキは含み笑いをしながら、答えた。

「自分が、ナウシカみたいだったらいいのになって」

「……似合わない。それに、無理だ」

 断言。

「うるさいっ。大きなお世話! 顔とか胸とかの話じゃないのよ。そりゃ、顔や胸もうらやましいけどさ……。一番、うらやましいのは心。自分自身がとっても嫌に思えることってあるでしょ? そんなとき、ナウシカみたいな心の持ち主だったらなあって」

「ははあ、分からなくもないね。自分がそうありたいキャラクターか……それなら、ルパンが理想だな」

「アルセーヌ・ルパン?」

 ボケるユキ。

「あのな! ルパン三世だよ」

「怒らないでよ、わざとなんだから。ふーん、ルパンか。女に対して、大胆に振る舞えるのがうらやましいんだ?」

「あのなあ……。いや、それが全然ないとは言わないけど。でも、僕が言ってるのは、『カリオストロの城』のルパン」

「うおっと。また出た、宮崎駿。お目当ては、クラリスだあ」

「あのな、木川田。三連続ボケはやめてくれ。疲れる」

「さっきから聞いていると、色気とは無縁の、『清純派かつ芯の強い少女』ってのばっかじゃない。どうして、あんなエッチ本、買う必要があったのよ」

「陳腐な言い方をしたら、あれは悪女を描きたかったの。主人公の男を誘惑する悪女。悪女だからって、自分が好きになれない女だと、無意味だろ。自分が好きになれてこそ、悪女となる。でもって、どこかに許せない要素とか、危ない要素とかを持っている」

 これには、ユキも素直に感心できてしまった。

「高校生がそこまで考えなくちゃいけないとは、作家を目指すのもたいっへん」

「木川田は何を目指しているんだ?」

「唐突だなあ」

「そっちには、負けるよ」

「……改めて聞かれても、ない。芸能界が楽そうだなあって、漠然と思っているけどね」

「恐ろしい奴……」

 呆れ顔の堂本。でも、その反面、よく分かったような顔もしている。

「大学、行くつもりでしょ、堂本クンは」

「ああ。親がうるさいし、そこそこの成績だし」

「小説も続ける?」

「当然。文芸部とか漫画研究会みたいなところに入るかどうかは、分からないけど。そっちはどうなんだ、大学?」

「一応、親は行っておけって。私としては、遊びに行くつもりでいいのなら、大学、行ってもいいと思ってる」

「それって、すっごく、親不孝だな」

「だって、真面目に勉強させたくて大学大学って言うんなら、お断りしたいな。ほんとに勉強したいことがあれば、専門学校でもどこでも、自分で見つけて行くから。今んとこ、ないだけ」

「……ひょっとして、木川田。学校の勉強、よくできるとか?」

 冗談めかして、堂本が言った。それに乗るユキ。

「へっへー。そうなのだ。今は実力を隠しているだけ」

「秘密のまま終わる秘密兵器だな、きっと」

「ふふん。作家になると言っといて、サラリーマンになるのと大差ないよーだ」

「きついぜ、それは」

 苦笑いする堂本。

「さて、そろそろ帰ろっかなっと。書きかけのやつ、完成したら、教えてちょうだい。投稿する前に、読んであげる」

「はいはい。そのときは頼むよ」

 年寄りめいた言い種だなと思いながら、ユキは堂本家を後にした。

「少しはお笑い、入れなよ」

 そう言い添えて。


 しかしながら、堂本の小説が完成しようがしまいが、彼の家にユキは足を運ぶ。行く度に、彼女の知らなかった堂本が見られて、面白いから。それに理由はもう一つ、副次的に派生した。

「どうしてさあ」

 ユキは、堂本から宿題を教えてもらっている最中にも関わらず、唐突に言葉を間延びさせた。

「だめ。先に計算、最後まで」

 堂本は、新たな計算用紙を追加してよこす。何のことはない、裏の白い折り込み広告だ。

「何も言ってないのに」

 ぶつぶつ言いながらも、ユキはやりかけの問題だけは解いた。

「さて、これで文句あるまい」

「何か言いたそうだな」

 答合わせに熱心で、気乗りしない様子の堂本。が、ユキは気にせず口を開く。

「どうしてさ、学校では隠す訳?」

「隠すって、何を」

「とぼけるな。小説を書くこととか、イラストを描けることとかさあ。結構、アニメを見てること、レイ・チャールズが好きなこと……えっと、それから、コーヒーより紅茶が好きなこととか。とにかく、隠していることが多い。何で、学校では言わないの?」

 部屋の隅では、CDがBGMにレイ・チャールズを流していた。今かかっているのは、ビートルズのイエスタデイをアレンジした物。

「別に、隠しているんじゃないよ。それに、木川田は確か、友達でも知らない面があった方がいいとか言ってなかったか?」

 問題集を閉じる堂本。

「うう……堂本クンのは、隠しすぎだと思うなあ」

 口ごもりかけたが、ユキは言葉を継いだ。

「必要がない。自分から話すような場面にならない。そんなとこかな」

「嘘。趣味の話とか、するでしょうが」

「ところが、悲しいことに、交わされる会話のほとんどは、『宿題を教えてくれ』『しょうがないなあ』なんだ」

 少しおどけた身ぶりの堂本。これも、ユキが学校で見たことはない。

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