第10話 作中作その1


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   白の六騎士

              堂本 浩一

 男は走っていた。

 何かを追い求めるかのように、黒い瞳をいっぱいに見開き、まっすぐ前を見

つめている。その瞳とは対照的な白の服が、太陽の下、まぶしい。

 男の表情に、笑みが宿った。その視線の先には、一人、女性が立っている。

その表情は見えない。

 男は歩速をやや緩め、息を整えてから叫んだ。

「キルティ!」

 呼ばれた女性は、長い髪を揺らして、振り返った。

「いつのまに? 全然、気付かなかった」

「音を立てずに走る癖がついてるからね。いや、今日はそんなことを話しに来

たんじゃない。君に会いに来たんだから、キルティック」

 男は相手を抱きしめ、軽く唇を重ねた。

「これ、おみやげ」

 懐からきれいな貝の首飾りを出すと、キルティックという名の女性は嬉しそ

うに微笑んだ。

「ありがとう! 貝のなんて、珍しいわ」

 そうして首にかけてもらう。

「また背が高くなってる。つりあいが取れなくなるわ、このままじゃ」

「育ち盛りだからね」

 冗談めかして、男は答えた。それに笑って応じる女性。その笑いが、ふっと

止まった。

「……いつまでいられるの、ポルト?」

「二日後には戻らないと。それまでは軍のことを忘れるからさ」

 男は、すまなさげに答える。再び笑う女性。少し、寂しそうであった。

 二人は歩き出した。

 ここは二人――キルティックとポルティス――の約束の地。オストとノルト

の境にある泉の側。


 世はアストブ王国、コウティ・ワルドー国王の天下が五十年以上続いていた。

アストブが他部族との戦いを勝ち抜き、大陸を統一してからは、安寧を極めて

いた。

 王族ワルドーは、国王と女王カルマの間にツァークとケントの二王子、それ

にレイカ王女をもうけ、その世をさらに永遠のものとすべく、盤石の体制を固

めつつある。正当な王族以外は皇族ゴルドーの名で統一されているのだ。もは

や皇族達は、いかにうまく王族に取り入るかを、一番に考えるようになってい

る。

 アストブは大きく四つの区に分けられる。

 日の昇る方角をオステルンとし、これを中心とした区をオストと呼ぶ。オス

トは王族が支配しており、最も栄えている。都は広大で肥沃な台地にあり、戦

争に際しても守りやすい。

 日の沈む方角をヴェステルンとし、これを中心として区をヴェストと呼ぶ。

鉱物を多く産出し、武器に加工してオストに運ばれる。

 ヴェステルンからオステルンを臨み、その右の方角をシューデルン、左の方

角をノルデルンと呼ぶ。各々の区は、シュート及びノルトと称す。

 シュートは海に面した地が多く、その種の産物に富む。未開の平原があり、

王族はここの開発に力を入れつつある。

 ノルトは山地がほとんどで、気候厳しく、森林が多い。アストブに追われた

小部族のほとんどはこの森林に逃げ込み、生き延びている。

 これら各区は、オストを除き、皇族の有力者が支配している。また、その守

りは四方武団と呼ばれる軍によってなされる。

 特にオストの守りは、アストブ白の六騎士という名で尊せられる、特別に鍛

えられた兵士らによってもなされる。白の鎧を着た六人の戦士からなるため、

こう呼ばれる。白い鎧は、希少価値の高い鉱石を高度な技術で加工した物で、

六騎士の他に着ることができる者は少ない。

 ポルティス・アスト・ネーヴァは、その名に「アスト」の尊称をいただいて

いるように、アストブ白の六騎士の一人。六騎士は戦闘を離れても、白を身に

つけねばならない。無論、鎧ではなく絹の服だが、それによって普段も気を引

き締めよという意味が含まれている。

 めったにない休みを利して、こうして恋人に会う。これは六騎士に限らず、

兵役についている者全員の楽しみだ。


「さっき、仕事の話はしないと言ったが……」

 ポルティスは、キルティックの家までの道のり、周囲を見回しながら口を開

いた。

「この村を見ると、思わずにはいられないな」

「やめて。あなたがヒネガのことを思ってくれているのは分かるけど……」

「……うん、分かったよ」

 ヒネガは昔からアストブに協力してきた部族だった。貢献度から言えば、ゴ

ルドーの中でも最高の位置を占めてもよいはずだった。しかし、いざ大陸が統

一されてみると、その力に恐れをなしたのか、アストブの国王はヒネガ族を皇

族扱いせず、北の蛮地に押し込めてしまったのである。

 キルティックはヒネガ一族の正統な血を受け継ぐ一人。彼女の父は、今のヒ

ネガの長だ。それは彼女の名前、キルティック・ジー・チヤからも窺い知れる。

「ジー」とは、ヒネガの尊称なのだ。

 この名のために、ポルティスはキルティックとのつき合いを仲間からとがめ

られ、また、キルティックも、アストブの兵士とつき合うことを、両親からよ

くは思われていない。

「親父さん達は?」

「だいぶ話して聞かせたから、分かってもらえたと思うの。でも、他のヒネガ

の人がどう思うか、それが心配みたいね」

「そうだろうな。まあ、あまり目立つようなことはしたくないし」

 その頃になって、キルティックの家が見えた。古くて由緒ありそうなたたず

まいだが、かなり荒れてきている。

「帰ったね、キルティ」

 少しなまりのある口調が飛んできた。

「お母さん、ただいま」

「お邪魔します……」

 キルティックに続いて、ポルティスも挨拶をする。

「ようこそ、来られましたね。疲れたでしょう?」

「いえ、それほどでも。それより、シックルさんは?」

「みんなと一緒に、耕しに出ていますが、もう少ししたら、帰って来ます。行

き違いになっても面倒ですから、待っていてね」

 母親のタニアの言葉に、若い二人はくすっと笑った。前に来たとき、行き違

いになったのだ。

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