第4話 秀才に意見する

 口の中を片付けてから、ユキは言った。ゆっくりうなずく堂本。

「まあ、そうだな」

「さっき、堂本クン、何て言った?」

「何だ?」

「『木川田は、豪快な食べ方をするんだな』って言ったでしょ。それって、私が女の子らしくないという意味?」

「……女っぽくないのは、学校で見ていても分かっていたが」

 堂本の言葉に、ユキはこけそうになった。

「何なの、それは」

「いや。それでも、食べるときは、比較的、大人しく食べていたように思うんだけど……そういう意味で意外だった」

「まあ、そういうことよ」

「どういうことだ?」

「私の食べ方、見た目じゃ分からないでしょ? 堂本クンだって、みんなのことを全部、分かっているんじゃないんだから、それはお互い様」

「……うまくごまかされたような気がしないでもないが……。そういうことにしておくか」

「そんな納得した言い方、嫌い」

 ユキはきっぱり、言い切った。

「へえ? どうして?」

 堂本は、面白そうな顔になった。

「私だったら、どんなに親しい友達だって、知らない面がある方がいい。全部を知ってしまったら、きっと詰まんなくなる。知らなかった面を知ったとき、すごく楽しくなるし」

 見れば、目を丸くしている堂本。続いて言葉が流れる。

「まともなことを言うなんて、びっくりした」

「あのねえ……。まあいいや。で、続き。例えばさ、昨日から私、ずっとびっくりしっ放し。最初は例のエッチ本。それから、堂本クンが小説を書いたり、イラストを描いたりするっていうこと。今日で言えば、言葉遣いね。堂本クンの喋り、授業中と全然、違う。次は、この家に来てから。お母さんは堂本クンとはだいぶタイプが違うし、部屋にはあんなかわいらしいイラストが飾ってあるし。想像が当たってたの、この部屋に参考書なんかがいっぱいあったってことだけ。すっごく、面白い」

「それで楽しめたら、金がかからなくて、いいな」

 本気か冗談なのか、堂本はそんなことを言った。

「文学するもんが、金の話をしてはいかんよ。夢を売る商売だもんね。そうだ、あのイラストの少年だか少女だか、名前は何さ?」

「な、名前?」

 戸惑ったような堂本。対して、イラストを指差したまま、じっと待つユキ。

 堂本は、小さな声で答えた。渋々という感じで、どこか気恥ずかしそうだ。

「一応……ツリーバー」

「何だ? ツリーバー?」

 ぎゃははと、笑ってしまったユキ。

「おかしいか?」

「い、いや……。あのさ、あのタッチだと。そうね、アンジェとかミナルカとか、そういう。その、いかにも夢のある、それっぽい名前かと……。なのに、ツリーバーだと、釣り場みたいになっちゃうじゃない。ほら、魚釣りの」

「釣り場……」

 複雑な顔をする堂本。自分でも自分のネーミングがおかしくなったらしく、笑いをこらえている感じ。何とか息を整えたようで、再び口を開いた。

「言っておくと、あれに性別はないから」

「ふむ。ニューハーフ?」

「違う! 雌雄同体って言えばいいのかな。夢の世界の住人には、男と女なんてない。そういう設定なの」

「どうやって増えるん?」

「あ?」

「女に言わせる気かね。あの妖精さんが子供を作る方法を聞いてるの」

 きっぱりしたユキの物言いに、堂本は一瞬、絶句した。

「おーい、どした?」

 ユキが彼の顔の前で手を振ると、堂本は疲れたような笑みを浮かべた。

「やっぱり、木川田の考え方って面白いわ。うん、知らない一面を知るってのも、楽しすぎる」

「分かってくれて、ありがとー。で、子供の話」

「ある季節が来れば、勝手に増えるんってことでいいんじゃないか」

「それじゃあ、アメーバじゃない。妖精さんはアメーバか」

「アメーバで悪いか? 違うだろ」

 なるほど。ユキは妙に納得してしまった。

「でも、イメージが」

「らしくない。そっちがさっき言ったことを、否定しているぞ。外見からの判断とずれがあった方がいいんだろう?」

「ああ、そうだっけ。やっぱ、切り返しは堂本クンがうまい」

 どうでもいいようなことでおだててから、ユキは本論に移った。

「そろそろ、例のイラストを見せてもらいたいな」

「覚えていたか。しょうがないな」

 堂本は立ち上がると、机の引き出しの内、一番下の、一番深いのを開けた。

 忘れるかいなと思いつつ、ユキは膝で立った。引き出しの中を覗こうという訳である。堂本の背中越しに、何やら、たくさんの大型の封筒が並んでいるのが見えた。多分、その一つ一つに小説あるいはイラストの原稿が、詰まっているのだろう。その内の、かなり手前にあった封筒を、堂本は取り出してきた。

「これだよ、参考資料を使ったのは」

「どれどれ」

 にやにや笑いを作るユキ。封筒を手にすると、中身を引っぱり出す。イラスト何枚かが一枚ずつ、透明なセルロイドで区切られていた。とりあえず、問題のイラストを探す。白と黒だけの原稿を、いくらか緊張しながらめくっていく。何枚目かで、ユキの手が止まった。

「あ、これ?」

 肩越しに覗き込んでいる堂本を見上げる。

「そう。見りゃ分かるだろうけど」

 その言葉は事実であった。ユキが示した原稿には、真ん中に大きく、じゃーん、なのであるからして、嫌でも目に飛び込んでくる。

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