第3話 秀才の裏の顔を知る

 朝、教室に入るなり、ユキはクラス委員長の姿を求めた。まだクラスの三分の一ほどしか来ていないせいもあろうが、すぐに堂本は見つけられた。

 彼の背中目指し、抜き足差し足で忍び寄ると、いきなり肩にタッチ。同時に、「役に立ったかね?」

 と、小さく聞いてやった。

「おわっ! ……何だ、木川田か」

 彼が手にしていた教科書が、ぱたりと音を立てて閉じられた。

「予習かあ、さすが」

 周囲の目に、珍しい光景を見るかのような様子があるのに感づきながらも、かまわずユキは話しかける。

「で、例の雑誌は、お役に立ちましたか」

「ここでその話は……」

「小さな声ならいいでしょ」

「みんなが見てる」

「見てるだけなら、平気」

「変に思われるぞ」

 真面目な声のまま、堂本。

「変って……いわゆる男女の関係ということ?」

 ケロッとして返すユキ。

 堂本は一瞬、絶句した。

「……それもないとは言わないけど、とにかく、いきなり親しくするのは、端から見ると変だろう」

「それもそっか。いつならいいの?」

「飽くまで、聞きたいのか」

 ため息まじりの堂本に、ユキは追い打ち。

「そうなのだ、私は悪魔なの」

「……」

「笑わないか、これぐらいじゃ? それじゃあ」

「もういいって。うん、今日の帰り、教室に残ってくれたら、話す」

「それならいいよ」

 放課後に二人で待ち合わせるってのも、変ではないかいな。そんな風に思いながらも、ユキは承諾した。

「だけど、聞いてもしょうがないぞ。実際に見なけりゃ」

「だったら、見せてよ。描きかけでもいいから。昨日の本を参考にしたイラストをさ」

「それは」

 堂本が話し終わらない内に、予鈴がなってしまった。一時限目は生物。あの教師は、早く来ることで有名だから、席に着かなくちゃならない。


 何で、こんなところにおるのだろう……。

 ユキは戸惑っていた。初めて訪ねたクラスメイトの男子の家。いきなり、クラスメイト――堂本の部屋まで入り込むとは、予想外の展開だった。

 向こうの親がいなかった訳ではない。母親がいたのだが、ユキの姿を見るなり、大声で歓迎してくれたのだ。

「まあまあまあ、珍しい。浩一こういちが女の子を連れてくるなんて」

 満面の笑顔に、ユキを値踏みするような思惑は感じられない。全然、危ない方には想像が行かないらしい。

 ま、いいか。と、ユキは背伸びした。意外ときれいに片付いた部屋を見回すと、ほとんどの壁は、本の詰まった書棚で見えなかった。あまり長くいると、頭が痛くなりそう。ユキは本当に頭を抱えてみせた。

 彼女の目を引いた物もあった。

 一つは、机の上、やや左端にまとめられているA4用紙の束。細かい字が印刷されている。かなりの枚数だ。本当に書いているんだ、小説。ユキは一人、うなずいていた。

 もう一つは、一枚のイラスト。手書きのそれは、水色系統が目立つ。妖精か何からしく、羽を持ったきれいな顔の、白い肌の少女――いや、少年かもしれない――が中央、やや右斜めを向いて立っている。その足下、見るからに悪者と分かる鬼っ子の倒れている様子が、小さく描かれている。

(何じゃ、こりゃ)

 きれいな絵だと感じつつも、ユキはおかしくなった。堂本の外見とイラストとのギャップが、激しいからである。こらえきれなくなって、笑ってしまった。

「何を笑ってるんだ」

 笑い転げていると、いつの間にやら、戸口のところに堂本が立っていた。両手はお盆でふさがっている。

 今さら取り繕っても無駄なので、ユキは身体だけ起こした。

「いやあ、あの絵が。おかしくて。ねえ。堂本クンがあんなの飾ってるなんて。見ていたら、つい、笑いがこみ上げてきてさ。誰の絵?」

「……僕のだよ」

 少し怒ったように、音を派手に立ててお盆を置く堂本。載っているカップ二つからは、白い湯気が上がっていた。

「えー? 嘘でしょ」

 堂本が描いたのではという考えも、かすかに脳裏をかすめていた。が、ユキの理性は、それを即刻、拒否したのである。

「嘘ついてどうするっての」

 彼は自分のカップにだけ角砂糖を落として、混ぜ始めていた。

「うー、本当なのか……。信じらんない。堂本クンがあんな少女趣味の絵を描くんだとは」

「悪かったな」

 学校では滅多に聞けない荒っぽい言葉遣いだ。堂本は黙り込んで、紅茶をすすり始めた。

「怒ったの?」

「……別に。けど、ついでに言わせてもらうなら」

 顔を上げると、堂本は空いている方の手で、短い間だけ、ユキを指差した。

「君達女子は……いや、男子のほとんどもそうかもしれないけど、僕のこと、家でずっと勉強しているような、詰まらない、無趣味な人間だと思い描いているんだろう」

「そりゃ、まあね」

 ユキは答えてから、ようやく角砂糖を入れることを思い出した。少し迷って、結局、二つ、落とすことにする。

「それが間違い」

 いきなり、堂本の言葉。一瞬、ユキは、角砂糖の数が間違っているのかと思ってしまった。

「固定観念ってやつだね。幸か不幸か、僕は物を覚えるのだけは得意なんだ。だから、ある一定の時間があれば、だいたいのことは覚えられる」

「うらやましい……」

 犬だったらよだれを垂らさんばかりに、ユキは堂本を見た。

「僕が本当にやりたいのは、漫画。でも、絵で物語を組み立てるのって、できないんだよ。性格かもしれない。絵にすると、何だかイメージが限定されてしまうような気もするし。とにかく、何か物語を作っていきたい。それには記憶力よりも、創造力が物を言う」

「分かるけど……贅沢なんだから」

 盛られたお菓子を、がばっと鷲掴みにして、ばりばりと食べながら、ユキ。その口調は、不満たらたらである。

「……木川田は、豪快な食べ方をするんだな」

 呆れた様子の堂本。彼は、遠慮がちに菓子を手に取った。

「あんたの前で今さら澄まし顔をしても、しゃあないでしょーが。んで、よーするに、誰も自分のこと、分かってないのが、嫌なんでしょ?」

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