ぼーい にーず がーる

第1話 秀才、H本を立ち読みする

 信じられない光景を目にして、ユキは一瞬、目が点になった気分だった。

(あの秀才クンが)

 コンビニの店内、彼女の数メートル横には、本や雑誌の並んだコーナー。そのすぐ前に、クラス委員長の堂本どうもと

(……エッチな本を見てる……)

 ユキは目をぱちくりさせ、確認する。目の前の光景が現実だと分かると、彼女の口元には勝手に笑みが浮かんだ。

(むふふっ。面白そう)

 ユキがにやついている間に、堂本はその雑誌を手にしたまま、レジへと向かった。やや辺りを気にするように視線をきょろきょろさせ、列の最後尾に並ぶ。その彼の手は、持っている雑誌を覆い隠したがっている。

(お、お。本当に買うんだ。そうこなくちゃ)

 訳の分からない歓声を心中で飛ばしながら、様子を見守るユキ。

 その内、堂本の順番が回ってきた。急いでお金のやり取りが行われる。と言っても、急いでいるのは客だけだったが。

 紙袋に雑誌を入れてもらうと、堂本は足早に店の外へ出て行く。

 ユキは足音を忍ばせ、その背中を追っかけた。

 コンビニの店の明かりもほとんど届かなくなった頃――。

「おーい」

 まずは一声。でも、堂本はそのまま行ってしまう気配だ。しょうがないなあと思いつつ、ユキは笑いをこらえるのに苦労した。音量を大きくしてやろう。

「おーい! 君だよ、君。そこの学生服の」

 堂本が停止した。その有り様は、びくっとしたのが傍目からでもはっきり分かるほど。彼はそのままの姿勢で固まっている。

「やっと止まってくれた」

 言いながら、接近するユキ。

「だ、誰だ」

 堂本はわずかに声を震わせて、ユキのいる方向へゆっくり振り返った。

「あたしなのだ。木川田雪奈きがわだゆきな

「木川田って……君、まさか、同じクラス?」

 大げさに驚く堂本。

「ちゃんと覚えといてよ、クラスメイトの顔と名前ぐらい。ところで」

 と、ユキは心持ち、顔を覗かせるようにした。その視線の先で、相手の持つ紙袋を捉える。

「その中身……」

「見ていたのか?」

 察しよく、堂本は言った。ただ、ちっとも落ち着きが感じられない。

「見てた。意外だったよー、堂本がそんな物、買うなんて」

「そうか、見られたか……」

 あきらめもいいのか、堂本は肩を落とした。それからふと目を上げると、ユキの姿をまじまじと見た。

「制服、着てないんだ?」

「あ、これ? 校則なんか守ってるの、堂本ぐらいじゃないかしら。たかが外にちょっと出かけるだけで、いちいち着替えなんかしてらんないもん」

「……校則を破っているのは事実だよね。なあ、先生には言わないでおくから、このことも言わないでくれないか」

 少しむっとしたユキ。からかってやりたくなる。

「何で? 校則にはないよ、『エッチな本を買うべからず』なんてね。気にせず、どんどん買いなよ。こっちは別に先生に言われても、平気だから」

「そうじゃなくて……友達に言い触らさないでほしい……」

 声の小さくなる堂本。分からない問題を当てられたときの自分みたいだ。見ていて、ユキは微笑ましくさえなった。

「面白いけどなあ。堂本がこんな物を買っていたとなると、みんなも今以上に、君に親しみを持ってくれるかも」

「あのなあ……。そういうんじゃないんだ、これは」

「そういうのって、どういう意味?」

 ユキの問いかけに、堂本は答えられない。

(かわいいんだから。明かりがあったら、顔、赤らめてるのが分かるかもね)

 意地悪く思いながら、ユキは続けて喋った。

「ま、いいよ。じゃあさ、こういう本を買った、何か別の理由があるんだ?」

 黙ってうなずく堂本。

「それ、教えてよ。教えてくれたら、こんな本を買ったのも、その理由も、誰にも言わないであげる」

「本当だな?」

「信用しなさいって」

 ユキは彼の肩を叩いてやった。

「調子が狂うな……。絶対に口外しないでくれよ」

「うんうん」

 わくわくしながら、ユキは言葉を待った。

「実は僕、小説を書いているんだ」

「ほえ?」

 予想外の答に、ユキはつい、妙な声を漏らしてしまった。クラス一、いやもしかしたら学校一の秀才クンが、エッチな本を買うだけでも驚かされたけど、その理由が小説を書いていたからとは……。その関連性のなさと合わせて、驚きが何乗にもなる。

「えーっとね、堂本クン」

 初めて、相手をクン付けして呼んだユキ。彼女が意識してやったかどうかは、彼女自身、定かでない。

「頭が悪いのかなあ、私。エッチ本と小説を書くのがどう結ばれるのか、分かんないんだよねえ」

「参考資料だよ」

「参考資料と言いますと」

「その……小説書いてる関係で、同人誌もやっているんだ。それで、イラストの方まで、頼まれてて」

「絵も描くの!」

 声を高くしてしまうユキ。

「そう。イラストを描いてると、女の人の裸を描く必要に迫られる場合もある訳。でも、僕は実際に見ないと絵に描けない質だから、こうして……」

 皆まで説明せず、堂本は手にした紙袋に目をやった。

「……ふむ。分かった」

 ユキが何度か頭を振ると、堂本の方は安心した様子になった。

「だけど、参考資料なら何でもいいんじゃないの? あんな立ち読みして選ばなくてもさあ、どれでもいいから一冊、適当に取って、買えばいいじゃん」

「それは……」

 言い淀む堂本。授業中に当てられて、彼が答に窮するなんて、まずない。

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