第10話 暗転
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どうして死んじゃったの?
プロになるんだって、あれだけ言っていたのに。
それをかなえる前に、いなくなっちゃうなんて。子供の帽子一つのために、命を落とすなんて。
目の前で見ていて、事故を防ぐことができなかった私……。
悔しい。もっともっと、言っておけばよかった。前の道、狭いから、車にはよく注意してねって。
ずうっと、小説の話ができると思っていたのに。一度も口に出して言わなかったけれど、おねえちゃんがプロになったら、私、それを追いかけるつもりだったんだよ。自分で考えて、自分で書くつもりだった。
それなのに……。何だか、いっぺんになくしちゃった。目標も先生も友達も一度になくしてしまった。そんな気分。
――どうすればいいんだろう?
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・
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井藤悦子は、新しい年に入ってすぐ、亡くなってしまった。交通事故だった。
水曜日、風の強い夕方だった。現場は、縁川家の前の路上。
いつものように、縁川優の家を訪ねる途中だった悦子。先を行く優を追って、少し気が急いていたのかもしれない。
家まであと少しというところで、下校途中なのだろう、小学生の集団が走ってきた。道を横断しなければならない二人は、立ち止まり、子供達が過ぎるのを待つ。
すぐに、道は開けた。優が先に、進み始める。それに続いて、悦子が――。
そのとき、青っぽい色の布の固まりが、悦子の眼前を横切った。見れば、小さなサイズの帽子。先ほどの小学生の一人が、慌てて追いかけてくるのも、認められた。
――取ってあげよう。悦子は、何の気なしに思ったのだろう。
風に翻弄され、転がる帽子。悦子は手を伸ばすが、わずかに届かなかった。追いかける。
気がそれた。悦子は恐らく、左手方向に車が姿を現したことを、全く知らなかったのだろう。
そして。
一瞬の静寂。それから……叫び声、怒声、泣き声。
すぐに病院に運ばれたが、悦子は助からなかった。
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