第9話 二度目の偶然
予定した買い物が全て終わって、電車が来るまでの時間を潰そうと、駅ビル内にある書店に入ろうとしたとき。
「あれ?」
「あれ?」
向こうも恵美も、同じ反応をする。
「こんなところで会うかぁ。偶然だなあ」
相手――津村が言った。恵美達と同様、制服の上にコートを羽織っているが、かなり寒そうにしている。見ると、素手のまま。
「買い物に来たんだけど……津村君も?」
恵美は、津村が肩から提げている大きめの直方体の鞄が気になった。
「いや。クリスマスの風景、撮ってみようと思って、出て来たんだ」
「撮ってみるって?」
「ちょうどいい。いつか言ってた8ミリ、今、見せる」
鞄を下ろすと、中から何やら機械を取り出した津村。
機械は全体的に黒っぽく、モデルガンの握りの部分に、単眼鏡を縦に取り付けたような形をしている。
「それが8ミリ? 8ミリビデオより、重たそうね」
桃代が、興味深げに言った。
「まあな。親父譲りの旧式のだし」
「今日、これを持って、撮って回ってたの?」
「そういうこと」
「見せて」
何の気なしに恵美が言うと、津村の顔に怪訝そうな色が浮かんだ。
「見せてって……あのなあ」
「どうしたの? 見せられない理由でもあるとか」
桃代が詰め寄るように言う。こういうとき、押しが強い。
「馬鹿……とは言えないよな。知らなくても、当たり前か」
「何、ぶつぶつ言ってんのよ」
「あのな、8ミリってのはビデオと違うんだ。写真と一緒で、現像に出さなきゃ、見られないんだよ」
「ええ? その場で見られないの? 何で?」
教えられても、まだ信じられない感じがする。
津村は困ったように答えた。
「何でと言われても……そういう物なんだよ」
「だって、8ミリビデオとかビデオカメラだったら、その場で見られる。便利じゃない」
「そういう意味じゃ、不便です。こいつは」
少しすねたように言いながら、津村は8ミリをなでた。
「ついでにもう一つ、驚かせてやろうか。ま、現像に出すぐらいだから当然だけど、8ミリは撮り直しがきかないんだぜ」
「ええーっ? ビデオテープなら、何回も重ねて録画できるのに」
「そうだからこそ、いいこともあるんだ。いい絵を撮ろうと、気合いが入る。何てったって、映画の撮影に近いしな」
「ごたくはいいから」
桃代は、もう飽きた様子。
「撮ってみせてよ」
「今からか? フィルム、あんまり残ってないんだけどな……」
「残り、どれぐらい?」
と、恵美。津村の返答は、また彼女を驚かせる。
「二十秒、あるかないか」
「二十秒? 分の間違いじゃないの?」
「あのなあ、8ミリのフィルムってのは、通常、一本で三分程度なの。付け加えとくと、三倍の撮影なんかも無理」
「じゃあ、買ってくれば」
桃代が気楽な調子で言う。対する津村は、ますます呆れ顔になった。
「……言ってもしょうがないだろうけど、高いんだよ、フィルム。ビデオテープみたいに、三本パックでン百円なんてことはないんだ」
「撮り直しできない上に、値段も高いって? ふざけてるぅ。ちっとも経済的じゃない」
理解しかねるとばかり、首を傾げる桃代。
「何でもいい。とにかく、わずかの時間でもいいなら、写すけど」
「写して写して!」
恵美と桃代が声を揃える。傍観者を決め込んでいた風の幸枝をも、半ば強引に引き込んだ。
さすがに駅ビル内では恥ずかしいので、再び町中に出て、適当な場所を探す。が、どこも人が溢れていた。結局、公園に落ち着いた。
「何をしたらいいかしら?」
「何でも。二十秒だからな」
「自己紹介とか、歌を唱うとか」
こう言うと、撮影するために女子三人から距離を取りつつあった津村が、声を大きくした。
「あ、そうか、これも言わなきゃいけないのか。あのな! この8ミリ、録音できない」
「え? マジ?」
「普通はそうなの! 音は、テープレコーダーなんかで別に録るんだよ」
「ますます不便だわ、こりゃ」
大げさに肩をすくめる桃代。
「それじゃあ、どうしたらいいの? 喋ってもしょうがないんじゃあ」
恵美は言って、手袋の上から息を吹きかける。
「そんな感じでいい。普通にしてくれてたらいいから」
津村はそれから、いきなり8ミリをかまえた。
「えっ、もう撮っているとか……」
「そう。ほら、動いた動いた」
そう言われると、急に動きがぎこちなくなる。とりあえず、笑ってみせるものの、それさえ強張ったものとなってしまった。
「普通でいいんだって。――あ! あれ!」
いきなり、津村が叫んだ。同時に、彼の指は、天を示している。
「な、何?」
恵美ら三人は、びくっとしながら、津村の指さす方向へ振り返った。
が、そちらには、冬の空がただ広がるだけで、特段、変わった物はない。
「何があったのよ!」
大声で尋ねる桃代。だが、彼女はすぐに口を手で覆った。撮影されていることに、気が付いたらしい。
「――と、終わったか」
レンズから目を離し、津村が満足そうに言った。何だか、にやにやしている。
「終わったかって……。ねえ、何があったの?」
気になって仕方がない恵美は、白い息を弾ませ、津村へと駆け寄った。
「あ? ああ、さっきの。別に何も」
「な……」
ぽかんとする恵美達を前に、8ミリを仕舞いながら、津村はさらに続ける。
「だって、ああでも言わないとさ、みんな、表情が固まってて、どうしようもなかったじゃん。まるで写真だよ」
「じゃ、じゃあ、やっぱり……さっきの……」
桃代が、おずおずと聞く。
「ん? あ、大きな口を開けたところ、ばっちり撮ったから、ご安心を」
「あ、あのねえ」
「野上さんがびくんとして驚いた表情も、縁川さんが必死になってきょろきょろしているところも、ちゃんと写っているはずだから」
その言葉に、幸枝は両頬を手で押さえた。顔が赤くなっている。
「……やってくれる」
やっと、それだけ言えた恵美。最初、うまく乗せられたことが何となく悔しかったけれど、それも収まってきた。そして逆に、楽しくさえなってくる。
「映画の監督の才能、本当にあるんじゃないの?」
「さて、これぐらいのことで判断できるかどうか。でも、嬉しいな、そんなこと言ってもらえると」
「まだよ」
桃代は不機嫌そうだ。いや、こちらは、まだ悔しがっているに違いない。
「撮った分、見せなさいよね。見てから、たっぷりと文句を言ってやるから」
「なるほどね。試写会、なるべく早く、やらないと」
鞄を肩から提げた津村は、おかしくてたまらないという態度。
「冬休み中には、現像できるはず。来年のことになるだろうけど、なるべく早くに連絡するから、楽しみにしてて。楽しみじゃなくて苦痛かな? ははは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます