第8話 恋バナと噂話と
「あれぐらいで、普通よ。ユキが喋らなすぎる」
力説する恵美。とにかくここは、桃代からの追撃をかわしたい一心だ。
「うん、言えてる」
その桃代も、恵美に同調した。
「もっと、話せるようにしなきゃ」
「そ、そうかしら」
「そうよ。ま、いきなり、あたし達みたいには無理だろうけど。手始めに、津村を呼んで、練習しようっ」
そう来たか! 追撃をかわしたつもりになって、安心していた恵美は、多少、どもりながら、桃代の提案を却下しようと試みた。
「ちょ、ちょっと。その話は、なし。もう終わりだって。今は、ユキの男性恐怖症を」
「ひどーい。恐怖症なんかじゃないわ」
さすがの幸枝も、ふくれっ面になって反駁してきた。
「いいえ、ほとんど恐怖症よ、あれは。今みたいに、女同士だと普通に話せるのに、男の子相手だと、口数が極端に少なくなるじゃないの」
「……」
恵美の指摘に、幸枝は黙り込んでしまった。代わって、桃代。
「ユキは自意識過剰ってやつよ。男子と親しく話をすれば、みんな、自分を好きになってしまうんじゃないかと、思っちゃってる」
「そ、そんなことないって!」
「意識してなくても心の奥では、っていうあれよ。深層心理とかいう、あれ」
「……」
「確かに、ユキは、髪の長い美人て感じだからね」
恵美は、感想を率直に述べた。
「どういう意味? 二人共、からかって……」
「そうじゃなくて……。男は単純なところあるから、髪が長いと、それだけで点数が甘くなる。ユキの場合、そこに加えて、本当にかわいいもんだから、相手は話をしようと、なれなれしい態度を取る」
「そうそう。ミドリ、男の心理がよく分かってるじゃない」
桃代が、からかうように言葉を挟んできた。
「馬鹿、何を言ってんのよ。――それで、ユキは、相手の態度に警戒心を抱いてしまって、なおのこと、殻に閉じこもってしまう。こういう仕組みじゃないかしら。意識していなくても、身体が勝手に反応しているのよ、きっと」
「勝手に……」
胸に手を当てる幸枝。
「直しといた方がいいよ」
「そ、そうかしら……」
「今のままだと、いつまで経ってもボーイフレンドの一人もできない。それどころか、逆に、男にころっとだまされるかもしれないわよ」
「い……」
幸枝は、絶句してしまった。
その様子を見て、恵美は、桃代に視線を送る。ちょっと脅かしすぎたかな、という意味を込めて。
桃代は一つうなずくと、口を開いた。
「そんな、深刻にならなくていいって。できるだけ話せるように、少しずつ努力していくことよ。これしかないっ」
「できるかな……」
「ほら、そういう風に意識しちゃだめ。女も男も関係ない、みんな一緒っていう気持ちで、いつも通りにやればいいんだから」
「自分達ができるからって、簡単に言ってくれて」
ぶつぶつと文句を言う幸枝。それでも指摘が効いたのか、真面目に考える表情になっている。
「さあさ、そのことは次に男子と話す機会があったときでいいから」
恵美は、まだ思い悩んでいるらしい幸枝に言葉をかけると、予定が狂ってたっぷり余っている時間をどう埋めるか、頭を捻るのだった。
今日から二日は、日本の多くの人が宗旨換えをする期間。簡単に言えば、クリスマスだ。
「高校に入っても、変わんないものねえ」
市街地への入り口となる駅に向かう電車の中で、ぽつり、桃代がこぼした。
「そうよね」
恵美は同調してみせた。「何が」変わらないのかは、敢えて口上に乗せない。
周囲の座席をちらと見れば、うまくやっているらしきカップルが、何組か散見される。その年齢層は、クリスマスイブに電車で出かけるぐらいだから、ほとんどが高校生か中学生ぐらいだ。知っている顔はない。
「この間、仕入れたばかりの噂だけど」
声を低める桃代。恵美はもちろん、幸枝も聞き耳を立てる格好になる。
「
「ほう」
声にならないような息をついて、恵美は考えた。今頃、二人で出かけているのだろうか。兄貴と悦子おねえちゃんみたいに。
「告白されたの、いつなんだろ?」
「文化祭のときに、告白されたって話。二ヶ月足らずってとこね」
「何かつながり、あったの? 同じ部とか?」
「んにゃ、部は違う。中学も違う。告白の状況は、何通りかの説が入ってきて、ごちゃごちゃしてる。文化祭のダンス、あるでしょ。あれでペアになったときに決めゼリフを言ったとかいう話があるかと思えば、夕方、出川って子が友達何人かと一緒に帰っていて、誰か好きな女子がいるかって話題になって、熊野さんがすぐ近くにいることを知らずに、『四組の熊野が好きだ』って答えたのがきっかけだとか。よく分からん」
「ずいぶん差があるのね。ダンスのときの方が、よほど格好いい。ね、ユキ?」
「う、うん。……それに比べると、近くにいるのを知らずに言うのって、少女漫画のエピソードみたいで、笑えるわ」
幸枝は、こういう話題にあまり慣れていないせいか、おずおずとしている。
そうこうする内に、電車は、目的の駅に到着した。乗客のほとんどが降りる。プラットフォームに降り立ってからも、クリスマスイブの上に、誰もが厚着しているためか、混雑の度合いがいつになく激しい気がする。
そんな人の波をかき分けかき分け、ようやく目抜き通りに立つ。
「意外と、クリスマスっぽくなーい。いつものセールと一緒じゃないかな」
不平を漏らしたのは、桃代。確かに、その通り。
通りの一番向こうに、大きなクリスマスツリーが飾ってあるものの、両脇に並ぶ店は、どこも売り上げを伸ばすことで精一杯らしく、クリスマスらしさには乏しいようだ。不景気のせいかもしれない。
「そうねえ……。とにかく、お目当てを買いに行こっ」
促す恵美。同意してもいいけど、沈んでばかりいられない。お小遣いを特別にもらったのだから、こういう機会に使わないと、何だか損。
「最初は……音楽!」
三人は、揃って小走りに駆け出した。
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