第5話 ちょっとした嵐を呼ぶ男
相手も気付いたらしく、不意に声を出して、こちらに呼びかけてきた。
つい、恵美は身体をびくりとさせた。幸枝も相当、驚いている様子。
桃代はと見れば、すでに声の主に察しがついたらしく、どこか複雑な表情をしている。驚いたのと呆気に取られたのとがごちゃ混ぜになったような。
「フルネームで呼ぶな、
大声で返す桃代。室内の客やら店員やらが、何事かとばかり振り返った。
「おいおい、恥ずかしい奴。他人の目を考えろって」
津村は足早に近寄ってくると、さも当然のような振る舞いで、恵美達のテーブルについた。四角形の四辺の内の三つを女子三人で占めていたのだが、残る一辺を、津村が押さえた形になる。
「何、座ってんのよ」
「同じクラスじゃないか、気にするな。いいよね、縁川さん達も。あ、おねえさーん、カフェオレを一つ」
手を挙げ、注文を出す津村。桃代の抗議を、少しも意に介さぬ態度である。
「あ、ここ、代金先払いね。はいはい」
恵美達三人の注文を届けに来たウェイトレスは、ついでに津村から代金を受け取ると、笑いをこらえたような顔で戻っていく。
「あーっ」
「何よ」
小さく叫んだ津村に対して、初めて恵美が口を開いた。
「飲み物はともかく、焼きプリンにチーズケーキ、生クリームたっぷりのクレープ。どれも太りそうだなと思って」
「「放っといてよ」」
二重音声になって、反駁してやる恵美と桃代。幸枝だけは、恥ずかしそうに頬を染めた。
「意見を述べるのは自由だろ」
「それより津村、どうしてここにいるのよ」
「呼び捨てはないだろ、片山桃代」
「あんたねっ。そっちがその呼び方をやめないくせに、よく言えるわ!」
と、プラスチック製の透明なフォークを握りしめる桃代。そのまま、テーブルをどんと叩きかねない勢いだ。
「大声はよせって。……分かった。――片山さん。これでいいんでしょ?」
「……」
黙ったまま、呆れている様子の桃代を見て取り、恵美が言葉をつないだ。
「……それで、どうしてこんなところに?」
「それは――あ、どうも」
カフェオレが到着。話を中断された恵美は、少し、焦れったくなる。
「うん。ちょっとぬるいけど、うまい」
一口、味わうようにカフェオレを口に含んだ津村は、わざとらしく、気取ったポーズをしている。
「ポットのお湯なだから、ぬるくて当然よ。それより、話が途中なんだけど」
「ここに来た理由? 簡単、お姉がここに通っているから」
「お姉さんが? お姉さん、いたの?」
「知らなかった? ――ま、そりゃそうか。大方、そっちも誰か、身内がいるんだろ? そうでなきゃ、こんな遠くまで足を伸ばしっこない」
津村は、三人を順に見返してきた。
「……当たってるよ。ミドリ――縁川さんのお兄さんが、ここの大学なのよね。
他に、ミドリの知り合いもいるみたいだけど」
恵美が答えるべきところを、桃代が答える。
「やっぱりね」
満足そうに笑うと津村は、間を空けずに続けた。
「へえ、お兄がいたの。知らなかったな。同じクラスなのに、こんなことも知らないんだよなあ。それが同じ大学てのも、凄い偶然。何か、面白い」
恵美には、そう話している津村の横顔が、とても楽しそうなものに見えた。
「一人で来たの、津村君は?」
「そう……いや、二人連れ。女と」
「え、まじ?」
桃代と一緒になって、問い詰める恵美。幸枝一人、遠慮がちに黙っている。
そういう性格なのだ。
津村の方は、また笑ったかと思うと、軽く舌を出した。
「へへ、何を想像しているんだい? 女って言ったのは、お姉のことだよ。一緒に来たんだ」
「なーんだ」
「馬鹿」
乗り出していた身体を椅子の背に戻しながら、二人は落胆。見れば、幸枝もどこか、がっかりしたような、ほっとしたような顔つきをしている。
「馬鹿とは何だよ。あ、でも、それだけ気にしてもらえるのは、気分がいいや」
「阿呆か。女と男の話ってもんは、赤の他人のことでも面白いのよ」
「馬鹿の次は、阿呆……。学校にいるときより、さらに口が悪いなあ」
「何をぅ」
「だってさ、授業中とかは、かわいいというか何ていうか、甘えた声じゃない。部活のときとかは、ちょっと口が悪くなって。それが今ときたら」
「もう、やめようよ」
恵美は、周りの視線が気になって仕方なくなっていた。何だかんだ言って、二人共、声が大きいのだ。
それに、遠慮がちにジュースをすすっている幸枝の様子も、気になって仕方がない。ロングの髪のかかる彼女の肩は、心なしかいつもより小さく見えた。
「ね、ねえ。じゃあさ、どうしてこの部屋に来たの?」
話題の転換に努める恵美。
「お姉さん、文芸部の人?」
「いや、違う」
「じゃあ、どうして?」
「来ちゃいけない、とでも?」
「そんなこと……。津村君、片山さんと同じ美術部よね。文芸部には縁がなさそうだから、単に休憩したかったとか?」
「外れ。興味あるんだ、小説に限らず、物語の創作ってことに」
「創作……? 物語の?」
分からない。首を傾げる恵美。桃代の方は、また肘をついて、もう片方の空いた手の人差し指を、何度か振っている。
「あー、思い出した。部活だったっけ、他の男子とよく話しているのを聞いたな。『面白い物語があれば、それを映画にしてみたい』とか何とか」
「ふうん?」
恵美は、兄のことを思い浮かべながら、改めて津村を見やった。彼は黙ったままである。
「美術部ってもね、津村――津村君は、漫研とか映研がなかったから、仕方なしに入った口よ。ねぇ? 勉強さぼって、絵を描いてるとこを親に見られても、部活だって言い訳できるし」
歯を見せて笑みを浮かべながら、ここぞとばかり、攻撃するのは桃代。
津村は、あまり答えたくなさそうだ。
またもや、恵美は雰囲気を取り繕う役だ。今や、うつむいてしまった幸枝のことも、気になる。
「で、でも、漫研とか映研、それに文芸部はなくても、図書部ならあるわ、学校には。私も入ってるから言えるんだけど、創作をやってる人もいるのよ」
現状は、部長の三年生一人しか創作していなかったが、恵美は適当に省略して話す。
「どうして図書部じゃだめなの?」
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