第4話 新しい物語ともう一人の主人公

 思いを巡らせている様子の恵美ちゃん。

「調べてみたんだけど、自分達が書くのに合いそうな賞、割とあるのよね。ただ、F&Mとの兼ね合いもあるから、実際に目標にできそうなのは、二月末が締め切りのクリスタルファンタジー賞ぐらいね」

「あ、それって、確か、『クリスタル◇ドール』っていう雑誌が関係してるんだよね」

 さすが高校生、ティーンエイジャー雑誌の類はよく読んでいる。

「そう、文像社という出版社がやっているの。入賞したら、クリスタル文庫シリーズから出版される。枚数は一八〇~三五〇枚だったかな、確か」

「よく知ってるなあ」

 静かだった優が、急に口を開いた。

「これぐらいは当然」

「いや、だけどさ、大学の文芸部の人達、そういう話、ちっともしていないみたいじゃん。それが不思議だなって」

「それは……」

 言い淀んでしまう。この場には、文芸部の人はいないんだから、気にすることないか。

「……部の人達って、賞を取ろうという考えのない人が、ほとんどみたいなのよ。部長の柴原先輩は、何でも許容してくれる感じだから、別に話題にしても大丈夫とは思うんだけど。他の先輩に純文学してる人がいて、その人達、ジュニア小説はおろか、エンターテイメントをほとんど評価しないのよね。それで、何だか言い出しにくくて」

「なるほどねえ。人間関係の煩わしさってとこか。部活を円滑に進めるには、黙って書いているのが得策」

「はん、やな感じ」

 恵美ちゃんが、鼻を鳴らす。

「楽しくないなあ。私が悦子おねえちゃんの大学に入ったときは、悦子おねえちゃんが文芸部を仕切っていてね」

「はは、そのときは四年生よ。一応、影響力はあるかもしれないけど」

 私がたじたじとなりながら答えていると、また優が口を挟む。

「それよりも、留年しないように努力するのが、大事だぜ」

「その言葉、そっくり、お返ししますわ」

「……」

 黙った優。一年生の前期が終わった段階で、比較できるものでないけれど、私がパーフェクトに単位を取ったのに対し、彼は一つ、落としている。

 第三者が大人しくなったところで、本題に戻ろう。

「じゃ、まずはクリスタルを目指して」

「F&Mを落ちたのを手直しして、使うというのは?」

「考えないでもないけど、どうせなら、新しいのを書いてみたいし」

「だったらね、私が一番、気に入ってるのは」

 と、開いたページの一部を指さす恵美ちゃん。

 さあ、玉石混交の山の中から、光輝く宝石を見つけ出そう。



             *           *



「あーあ、やだやだ。どこの世界でも後輩って大変なんだ。ぺこぺこぺこぺこと、米つきバッタってのは、あのことだって分かったわ」

 縁川恵美は嘆きながら、喫茶店の一角に腰を下ろした。喫茶店と言っても、大学の教室を利用した模擬店だ。

「お兄さんのこと、そんなに非難しなくても……」

 恵美の右隣に座った野上幸枝のがみゆきえは、見る見るうちに気の毒がる表情になっていく。

「そんなんじゃないけど」

「こき使われてる兄上の姿を見て、がっくり来ちゃったって訳ね」

 左隣に座った片山桃代かたやまももよは、愉快そうに微笑を浮かべていた。

 ウェイター役の学生に注文を告げ、話を続ける。

「がっくりって言うか……高三のときのイメージじゃ、我が身内ながら、それなりに格好いいと思ってたのが、突然、ひっくり返されちゃったみたいで。あんなぺこぺこしなくても」

「厳しい上下関係とかあるんじゃないかしら? 来年から再来年には、お兄さんも威厳を持つわよ」

 恵美の兄について、好意的な意見を述べる幸枝。

「そんなものかしら」

「そんなもんだって」

 片方の肘をつく桃代。いい加減、この話題に飽きたらしい。高校では美術部に入っているだけに、その視線は、教室の壁に掛かる絵に向いているようだ。

「ここ、美術部がやってるのかな?」

「ほんと。きれいな絵」

 幸枝が同調する。

「美術部じゃないよ」

 断定口調の恵美も、周囲に視線を走らせた。

 客は多からず、少なからず。埋まっている席は、五割強と言ったところか。

 壁際にある長机の上に、目的としていた小冊子を見つけた。恵美は立ち上がると、それを手に、すぐに戻る。

「これ、見て。文芸部」

 小冊子は、確かに文芸部の部誌であった。

 桃代は、ぱらぱらと本をめくりながら、疑問を呈する。

「ふうん。でも、どうして、絵――イラストが飾ってあるのかなあ」

「書いてる、ここに」

 恵美が指で押さえた箇所には、「文芸部では、小説や詩といった文学の他に、漫画やイラスト等にも手を出しています」云々とあった。

「そう言えば、漫画研究会の類がなかったわ。人手不足で、合併したんじゃない、もしかして?」

 今まで回った展示の部屋を思い出す風にして、幸枝が言った。

「ここって、総合大学でしょ。人、多いはずなのに」

「そうよね。文学衰退の兆候は、ここにも現れてる訳だ」

 桃代の口調がおかしかった恵美は、つい吹き出してしまった。

「ぷっ、あははは――。そ、そんなことないと思うけど。要は、展示する物がないってことじゃない? 部誌だけだと、スペースいらないから寂しくて」

「ミドリ、最初から文芸部と分かってたみたいだけど、ここに来たのは、本好きのせい?」

「それもあるけど、知ってる人が、ここに入ってるから」

「え? ミドリのお兄さん、掛け持ち?」

 驚いたような視線をよこす幸枝。

「違うって。井藤悦子っていう人」

「どんな人? どこ?」

 桃代と幸枝は、二人してきょろきょろする。

「それが……さっきから探しているんだけど、いないみたい」

 恵美もきょろきょろ。そうしている内に、知っている顔を見つけた。しかし、それは彼女が探していた井藤悦子ではなかった。そもそも、大学生でさえない。

「あれ? 片山桃代に、縁川さん、野上さん」



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