第6話 夢を語り、物語を求める
「文章で書くよりも、絵で表現してみたいんだ、俺」
津村は、桃代の方をちらっと見やったようだ。よけいなことを言い出しやがって、とでも抗議したげに。
「がきの頃――」
「今でも、がきのくせに」
「うるせーっ」
桃代の茶々を一喝し、津村は続ける。
「小学生の頃から映画を撮ってみたいと思っていた。だけど、子供だから機械も何も手に入られない。それで、とりあえず、漫画を描いてみようと思ったんだ。絵はある程度、描ける。でも、いくら筋を考えようとしても、どこかで見た、どこかで聞いたような話になってしまう気がした。それに、自分が分かっていることを絵にしていっても、多分、面白くないだろうなって思うようになって。わくわくしたいんだ。だから」
カフェオレを飲む津村。そして再び、口を開く。
「だから、自分の知らない、面白い物語を聞かせてくれる人がいたら、俺、それを絵にしたい。映像にしたいと思う」
真剣なんだ。恵美は、津村の左横顔をじっと見つめた。津村の目が輝いているように感じられた。
「……要するに」
桃代が、けだるい調子で始めた。
「原作者になってくれそうな人を、漁りに来たってか?」
「そんなんじゃないさ」
少し前までとは打って変わって、真面目に受け答えする津村。
「ただ、わくわくできる未知の物語、聞かせたもらえたらなって」
「津村君は、じゃあ、将来、映画監督にでもなるつもり?」
恵美の質問。今度は場を取り繕うためではなく、純粋に聞きたくて。
「なりたい。一歩譲って、原作者付きの漫画家でもいいかな。なれたらね」
片手を頭にやる津村。さすがに照れたか。
が、それも一瞬のことだったようで、津村は逆に質問してきた。
「三人の将来の希望は? 人のだけ聞いておいて、聞き逃げはさせないから」
「馬鹿々々しい」
桃代は残りのチーズケーキ一切れを口に放り込むと、アイスティを呷った。
「桃代、答えてあげないと。聞くだけ聞いたんだからさ。ユキもいいでしょ?」
「……ミドリがそう言うなら……」
桃代はそう言い、幸枝は黙ったまま、ゆっくりとうなずいた。
「あたしはね、美大に行きたいの。そういう専門学校でもいい。だけど、多分、普通の大学に行かされちゃうわ。そこから先のことは、まだ分からない」
桃代は早口でまくし立てた。
「へえ、美大。じゃ、今の部活、もっと極める気なんだ?」
「ちょっと違う。イラストレーターとか、いわゆるアーティストに憧れてんの」
「アーティスト! 何か、凄いな」
「なれたらね」
「いいじゃん。やりたいことやらなきゃ、もったいない」
「簡単に言ってくれるわ」
桃代が黙り込むと、津村は恵美に顔を向けてきた。
「縁川さんは?」
「うん……将来の目標とは違うんだけど、私、小説を書いてみたいな。面白い小説。プロになるとかじゃなくて、知り合いに小説家を目指している人がいて、
たまにその人と一緒に、小説の筋を考えることがあったんだけど、この頃、段段と面白くなってきて」
「詳しく聞きたいな、その人のこと」
「ここの文芸部に入っていて、もちろん、アマチュアだけど。えっと、名前は……ペンネームは、フジイとかスギハラとか、いくつも編み出しちゃってる人だから、本名を言うと、井藤悦子」
「さっき言ってた人のことなんだ? てことは、今、ここにいる訳?」
「ううん、まだ来ていないみたい」
「どんなジャンルを書く人?」
真面目な表情の津村。物語の創作に感心があるというのは、本当らしい。
「主にファンタジー。あと、恋愛小説とか少女小説とか」
「ふうん。ファンタジーは映像にするの、大変なんだよなあ。まあ、他のは何とかならなくもない、か……。とにかく、面白そう。会ってみたくなった」
「待っていればいいわ。すぐ、来るはずだから」
「あ、でも、俺、今日は他に回る予定があるからなあ」
残念そうな津村。
「それだったら、向こうの都合、聞いてあげようか?」
「へえ、いいの? じゃあ」
二人の会話が途切れるのを待っていたように、桃代がここで口を挟む。
「こらこら、ユキを無視するな。彼女はまだ、答えてないんだよ」
「あ、あたしは……」
幸枝の言葉の中途に、津村の声が重なる。
「あ、ごめんごめん。野上さんは?」
「……」
「? どうかしたの?」
答えないでいる幸枝を、少し心配する様子の津村。
「あ、あの、ごめん……なさい。その、び、びっくりしちゃった。みんな、やりたいことがちゃんとあるんだなあって。あたし、まだ何も」
やや下を向いて、そう答えた幸枝。
「なーんだ」
「そんな言い方ないでしょ」
桃代がやや、荒っぽく言う。どうも、津村が現れてから、怒りっぽくなっているようだ。
「え? あ、いや、変な意味じゃなくて……。何も決まってないこと、気にする必要なんてないじゃん、と思ってさ」
津村の明るい口調に、顔を上げる幸枝。
「将来、何をやりたいか決まってないってことは、それだけ選択肢の多さを表してるんだから。自分の今の力じゃできないようなことだって、努力すればまだ間に合うときだと思うんだ、今の俺達って」
「……俺達、ね」
嘲るような言い方をしつつ、桃代の表情は和らいでいた。少し、津村を見直したのかもしれない。
「そういう考え方もあるか」
恵美は微笑んでみせた。その笑顔をそのまま、幸枝に向ける。幸枝は、肩の荷が降りたような、ほっとした面持ち。
「野上さん、肌がきれいだから、映像写り、きっといいと思うな」
「何を言い出すのよ」
再び呆れたように、桃代が言った。
「いつになるか分からないけど、自分の手で映画を撮れるようになったら、いや、ちゃんとした映画じゃなくても、映像作品を手がけられるようになったら、出てくれないかなって、そう思ったんだよ」
「ナンパにしては、やり方が古いわよ」
「ナンパじゃねえっての。野上さん本人に、聞いてみたいね」
津村は、幸枝の顔を見つめるように、じっと目を凝らした。
「……あたし、とてもできそうには」
小さな声で、うつむいて答える幸枝。
「どう、これで満足?」
桃代が言った。
「しょうがない。絶対に行けると思うんだけどな。縁川さんでもいいな」
「でも、とは何よ」
抗議する恵美に続いて、桃代も口出し。
「あたしだけ、名前が挙がらないのは、何か理由があるのかしらね」
「そういうことは決してなく……そうそう、今さっき、思い付いたんだけど」
ごまかすように、津村は口調を転じた。
「原作ないしは脚本だけど、何も井藤さんとかに頼まなくても、縁川さんが書いてくれればいいんだ。小説、書いてよ」
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