付き合い始めて1年記念日の当日、彼氏から実は女性だとカミングアウトされたのですが。

戸来 空朝

第1話 彼氏からのカミングアウト

「——ごめんなさい。あなたとは付き合えません」


 少しずつ桜の木が緑色に染まっていく季節、5月を前にして、私——相川未羽あいかわみうは、学校のとある空き教室の中、目の前の男の子に頭を下げた。


 バスケ部の時期エースだというだけあって、身長が高めで全体的に爽やかな雰囲気を持った男の子は、私の返事に、端整な顔を少しだけ悲しげに歪ませる。


 その表情に、私の胸がちくりと痛むけれど、私にはどうしても男の子の告白を断らないといけない理由があった。


「……そっか。分かってたけど、やっぱ結構くるなー」


「……ほんと、ごめんね」


 本心から申し訳ないと思い、謝罪の言葉を零す。


 すると、男の子は失恋後だとは思えないほど爽やかににっと歯を見せて笑ってみせる。


「いいって! 相川に彼氏がいるって分かってて、勝手に告白したのはこっちなんだからさ!」


 そう、彼氏だ。


 実は私には、付き合っている彼氏がいたりする。


 しかも、今日で付き合って、ちょうど1年目の記念日だったりもする。


 はっきり言って、他の男の子なんて目に入らないくらい、私は彼氏のことが好きだ。


 イケメンだし、優しいし、なによりも私のことを理解してくれて、大切にしてくれる。


 そんな彼氏が世界で1番大好きだ。


 向こうも私のことを好いていてくれて、ここまでケンカも無しに円満に付き合ってきた。


 そんな素敵な彼氏を差し置いて、浮気なんてありえない。


 男の子がひらり、と手を振ってすっきりした顔で去っていくのを見送って、私も荷物を取りに教室に戻る。


「……あれ? 朱音ちゃん? まだ帰ってなかったの?」


 教室に戻ると、そこにはまだ人が残っていた。


 声をかけると、いつも通り気怠げな感じに、羽柴朱音はしばあかねちゃんがこっちを見る。


「まあなー。荷物見といてやったわけよー」


 気怠げな見た目と違わない、気怠げな間伸びした口調で、朱音ちゃんが喋る。


 朱音ちゃんは私の幼馴染で、幼稚園からずっと一緒の大親友。


 私より少しだけ背の高い、160cm前半程度の身長にゆるっと着崩した制服がよく似合っていて、こだわりも特になく、ただ切るのが面倒だから、という理由でウェーブのかかった茶髪を腰に届くくらいまで伸ばしっぱなしにしている、いわゆるダウナー系女子というやつだ。


「わー、ありがとう。でも待たせてごめん」


「別にー。ウチが勝手にやったことだしなー。まー、悪いと思うなら、このあと甘いものでも奢れー?」


「もしかしなくても最初からそれが目的だったよね……?」


 ジト目で問い詰めると、朱音ちゃんは特に悪びれることもなく「まあなー」と肯定してみせた。


「にしてもモテるって大変だなー。ウチにはまったく分からんけどー」


「朱音ちゃんはもっと見た目に頓着すれば絶対モテると思うんだけど」


 この子、外見に頓着していないから目立ってないだけで、実際はかなりの美人さんなのだから。


「んー……めんどい。興味ない」


「相変わらずだなー。まあ、確かにモテるっていうのは大変だよ。毎回告白の返事すっごい気を遣うし。あー、ほんとモテるって大変だなー」


「自分から女子のヘイトを買いに行くような真似するのかー?」


 自慢じゃないけど、私は昔から結構な数の男の子に告白をされているし、モテることも、自分の容姿が客観的に見て、優れていることを自覚してる。


 身長とかスタイルは平均的なものだけど、目はぱっちり開いてて大きいし、友達からも小顔を羨ましがられるし、愛嬌のある顔立ちだと思うし。


 元々、自分を着飾るのは好きだったけど、付き合い始めてからもっと自分を磨くようになったし。


 美容院にだって、月1で通い、今のふわっとしたボブカットを維持するようになった。


 全ては彼氏に可愛いと思ってほしいからなんだけど、その副産物で、この1年の間に更に告白されるようになってしまったわけで。


 なんと言うか……。


「……可愛い過ぎるって罪だよね」


「自己評価高いのはいいことだけど、ウザいぞー」


 ふっと微笑みながら自分の容姿が整っていることを嘆くと、まったく抑揚を感じないツッコミが入る。


「で、朱音ちゃん。待っていてもらって悪いんだけど、今日は一緒に帰れないんだよね」


「あー、彼氏かー?」


「正解! 実は今日で1年記念日なの! このあとデートに行くことになっててね? 本当は制服じゃなくて家に帰ってお洒落して行きたいんだけど、まあ制服姿の彼もカッコよくて好きなんだけどね? でもせっかくならもっと時間がある時にちゃんと用意して朝からデートしたかって言うか——」


「はいはい分かった分かったー。語ってる暇があるならとっとと帰れー。ウザいー」


 あ、これ本気で言ってるやつだ。


 いけないいけない。朱音ちゃんは感情が分かりづらいけど、それが読める時は割と本気でそう思ってる時。


 まあ、付き合いの長い私には声音に感情が乗っていなくても、ある程度は分かっちゃうんだけど。


「って、わ! このままだと待ち合わせに遅れそうだから、私もう行くね? ごめん、今度甘いもの奢るから!」


「んー、くるしゅーないー」


 鞄を掴んだ私は、親友の間伸びした声を背に駆け出したのだった。






 


 えーっと……あ、いた!


 待ち合わせ場所に着くと、案の定私は遅れていて、相手は先に来ていた。


 小走りでたったか駆け寄ると、足音で気が付いたらしく、こっちに顔を向け、いつもはクールな容貌を少しだけ崩し、柔らかく微笑んでくる。


「すみませんっ! お待たせしました!」


「ううん。待ってないよ。ボクも今来たところだから」


 そう言って、桐山凛きりやまりん先輩は切長で、涼やかな印象の目を細めてくすりと笑う。


 先輩、と言っても、私とは学校が違う。


 先輩は私のお姉ちゃんとクラスメイトの同学年で、私の1つ年上の別の学校の3年生だ。


 線が細く、すらりとしていて、多分、170cmくらいの身長に長めに整えられたショートの黒髪。


 男子にしては少し高めなものの、掠れるようなハスキーボイスには何度ドキドキさせられたことだろう。


 息を整え終わった私は、そっと凛先輩の腕に抱きついて、口を開く。


「今日はどこに行きますか? せっかくの1年記念日なんだし、普段行かないようなところにでも行ってみますか? 私はいつも通りのデートでも全然構わないですけど」


 そうは言うものの、少しだけなにか特別なことがないかと期待している私がいる。


 凛先輩と初めて顔を合わせてから、もう1年以上経っているけど、先輩は記念日はもちろん、そうじゃない日も定期的に贈り物をしてくれる人だ。


 期待を込めて見上げると、凛先輩は「あー……」とやや気まずそうに眉を顰めた。


 どうしたんだろう?


 不思議に思って見そのまま上げていると、凛先輩が「未羽ちゃん」と私の名前を呼んだ。


「なんですか?」


「実は……今日は……大切な話があるんだ。聞いてくれるかな」


「は、はい……」


 真剣味を帯びた表情に思わず姿勢を正してしまう。


 先輩は私の手をそっと解くと、私に向き直る形を取って、目を瞑ってから何度か大きく深呼吸をし始める。


 な、なに? 一体なにを言うつもりなの?


 先輩の緊張がこっちにまで伝わってきて、私まで緊張してしまいながら、先輩が口を開くのを待ち続ける。


 やがて、先輩は意を決したのか、ゆっくりと目を開き、決意に満ちた目をこっちに向けた。


「未羽ちゃん」


「は、はいっ……!」


「今までずっと言い出せなくて、ずるずるとここまで来ちゃったんだけどさ……ごめん……」


 ごくり、と喉が無意識になった。


 それを合図にしたように、凛先輩は大きく息を吸い、吐き出して——。


「——実はボク、女の子なんだッ!」


「………………」


 ……。


 …………。


 ………………うん?


「え、今なんて……?」


「ボクは女の子なんだ。今まで黙っていて、ごめん」


 うん? えーっと……うん?


 頭を下げられながら、再度言われてもまったく意味が分からない。


 先輩が女の子……? うーん……?


「あはは、先輩ってば冗談が上手いんですからー!」


 うん、これはアレだ! きっと1周年記念のサプライズってやつだ! こういう冗談で気を逸らしつつ、プレゼントかなにかを隠しているに違いない!


「本当だよ。ボクは、女だ」


「またまたー! もういいですってばー!」


 いやー、イケメンの上にユーモアセンスもあるとか、私の彼氏は本当に最強だなー、あはははは!


「……言っても信じてくれないなら、証拠を見せるよ」


 先輩は私に近づいてきて、おもむろに私の手を取った。


 そして、そのまま——むにゅり。


「これが証拠だよ」


 掴んだ私の手を自分の胸に押し当てた。


 ……うん? え? こ、これっておっぱ……!?


 伝わってきた感触は柔らかく、それでいて弾力があり、思わずじっくりと確かめるように指先で掴んでしまう。


 何度触っても、微かに膨らんだそれは私の胸にも付いている女性の象徴のような感触だった。


「これで信じてもらえた、かな」


 胸を触らせるのは流石に恥ずかしかったのか、凛先輩は顔を赤らめながら、真剣な目で私の目を見てくる。


 ふむ、なるほど……これはつまり、アレだ。認めざるを……。


「——これが男の人の大胸筋ですか。思ったよりも柔らかいんですね」


 得なかった。


 私の脳がその事実を認める前に強制的にとんでもないことを口走らせていた。


 だってそうでしょ!? ここで信じたらなんかこう、色々とおかしくなりそうだし!


「な、なんでそうなるの!?」


「先輩が女の子だなんて認めるわけにはいかないからですよ! それならまだ私を騙そうとして胸にシリコンを放り込んだっていうドッキリであってほしいです!」


「彼女を騙す為にそこまでするわけないでしょ!? どうしたら信じてくれるわけ!? 脱いで実際に見せればいいの!?」


「天下の往来で服脱ぐなんて痴女じゃないですか!」


「だ、誰もこんなところで脱ぐなんて言ってないじゃん! というか痴女ってそれもうボクが女の子だって認めてるようなもんじゃないの!?」


「だって認めたら私のファーストキス、相手が女の子になっちゃうんですけど!?」


 1年付き合っているわけだから、キスまでは済ませているわけで。


「それはもう事実でしょ!? ご馳走様でした!」


「なにを開き直ってるんですか!? お粗末様でしたよ!」


 ぐぬぬ、と睨み合う。


 まさか、彼氏との初ゲンカが性別を認めない、認めさせるの言い合いになるだなんて誰か予測出来るものか。


 通行人が足を止めて、私たちのケンカを遠目に眺めてくるのが分かって、ようやく少し落ち着きを取り戻すことに成功した。


「……先輩がほんとに女の子だとして、その制服は?」


「……これは兄さんのお下がり。学校帰りに会う時は、近くのお店でトイレとか借りて、着替えてた」


「……先輩がほんとのほんとに女の子だと仮定して、どうして1年間も黙って、なんでこのタイミングで言うんですか」


「……ごめん。言い出すタイミングが分からなかった。騙してるのは悪いことだって分かっていながら、今日まで……ごめん。けど、今日は1年記念日で、これ以上黙っておくのは、もう無理だったんだ」


「……なにも知らない私を見て、陰で笑ってたんですか」


「神に誓ってそんなことはしていない! ただボクは、本当に未羽ちゃんに一目惚れをして、大好きなんだ! この気持ちにだけは、嘘偽りはない!」


 とぅんく。


 いや、落ち着け私。とぅんくじゃない。ときめいている場合じゃない。


 ああ、でもやっぱりカッコよすぎる……しゅきぃ……! じゃなくて、だから落ち着け私!


 先輩に騙されていたことに対する憤りと、この1年間で積み上げてきた先輩への大好きという気持ちが私の中でミキサー状態だった。


「……はぁ……。ほんとに、女の子、なんですね」


 諦めのため息の後に、そんな言葉を漏らす。


 私だって馬鹿じゃない。流石におっぱいを触った段階で気付いてたよ。認めたくなかっただけで。


「う、うん。……本当にごめん。嫌われて当然のことをしたのも、都合のいいことを言うのも全部分かってるんだけどさ……やっぱり嫌われたくないな」


 凛先輩は震えながら、ぎゅっと拳を握り、俯いてしまう。


「へ? なに言ってるんですか? 嫌いになるわけないじゃないですか」


「へ?」


 私の声に、凛先輩は顔を上げ、目に涙を浮かべたままきょとんとした。……ちょっと可愛い。


「あのですね。確かに騙してたのは酷いと思いますよ? けど、好きな相手をそれだけですぐに嫌いになるわけないじゃないですか。1年付き合ってたんですよ? その時間だけ積み上げてきた気持ちがあるんです。正直言って戸惑いの方が大きいですよ」


「……未羽ちゃん……!」


 感激した顔をする凛先輩。


 うっ、ちょっと恥ずかしいことを言ったかな……?


「こほん! ま、まあ! 騙してたことは本当に酷いと思いますよ! 猛省してください!」


「う、うん! それはもちろん!」


「でも今日のデートは流石に無しですね。今日はもう解散でいいですか? ちょっと色々と整理したいですし、こうなった以上今まで通りのカップルとして付き合っていくのは無理でしょうから。これからの付き合い方も考えないといけませんし」


「……そ、そうだよね」


 しゅんとする凛先輩を尻目に、私は「それに」と言葉を続ける。


「先輩よりも、私にはガツンと文句を言ってやらないといけない人がいますから」


 そう。この事態を知っていたはずなのに、今まで黙っていた諸悪の根源に、文句を言ってやらないといけない。


「あ、あー……あまり責めないであげてね? ボクが黙っておいてってお願いしたんだし……」


「あの人絶対ただ面白いから黙ってただけですよ。今日はこれで失礼します」


 ぺこりとお辞儀をして、凛先輩に背中を向ける。


 う、うん。と背後から聞こえる声を合図に、私は足取りも荒く歩き出す。


 絶対に文句を言ってやる! お姉ちゃんに!


 私たちの馴れ初めは、お姉ちゃんが家に先輩を連れて来て、先輩が私に一目惚れして、何度か遊んだりしている内に、先輩から告白されて、付き合い始めた。


 そもそも、クラスメイトのお姉ちゃんが先輩が女の子だということを知らないわけがないんだから。


 絶対に楽しんでたに決まってる!


 長い付き合いの中で、お姉ちゃんの性格は熟知しているので、そうに決まってる。


 それにしても……!


「どうして付き合って1年の記念日に彼氏から実は女の子でしたなんてカミングアウトされないといけないの!?」


 理不尽で予想も出来なかった展開に、私は1人で大声を上げたのだった。



***


 ただ思いつきで書いただけのもの。

 せっかく書いたので投稿だけはしてみたり。

 見切り発車で落ちも思いついていないので続かないと思います。

 ……多分。

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付き合い始めて1年記念日の当日、彼氏から実は女性だとカミングアウトされたのですが。 戸来 空朝 @ptt9029

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