エピローグ


「打って変わって、今日は忙しかったなー」

「ですねー。やはり読書の秋だからでしょうか?」


 一旦客が履けたタイミングで、ふぅと一息つき休憩にする。

 今日の茶菓子はスイートポテト。焼き加減が絶妙。うん、うまし。


「おいしそうなにおいがしてる!」

「こら千鶴! 待てってば!」


 紅茶を片手に頬張っていると、またしてもいつの間にか扉が開いていた。そこには三度目の、幼い影。……と、その保護者。


「千鶴~、おまえすごいな。音もなく扉開ける天才かよ?」

「あけやすいわ!」

「しかしそれはそれで、他のお客様とぶつかりそうで怖いですねえ」

「面目ない……。こいつすぐ走って行っちゃうから……」

「大変だな弓弦も。……お、足治ったのか」

「おかげさまで。でも、まだまだ無理は出来ないっす」


 あの珍事から三日。誤解はとけ、家族でも色々話し合い、どうにか事態は収束したらしい。

 私らは電話で報告を受け、近いうちにお礼を持っていくとのことだった。……で、今日って感じかな?


「はい。父の蔵にあった、外国の辞書らしいっす。なんか今のオークションだと、すごい値段ついてるとか」

「あらまぁこんな立派なものを……。良いんですか?」

「父も海外出張のときに、衝動買いしたものらしいんで。むしろモノで払って良いのかって恐縮してたっす」

「……まぁ、迷惑料を請求するのもアレだしな」


 これくらいが良い落としどころなのではなかろうか。


「これは良い宣伝になりますねぇ。ありがたく、頂戴いたしますね」


 珍しい書物に、店長は目をきらきらと輝かせていた。


「あの、姐さん」

「姐さんって言うな。天地でいい」

「じゃあ、天地さん。兄貴とも話し合ったんすけど、千鶴にはもっと、色んな本を読んで勉強してほしいって思ったんすよ。

 今回の件で、一旦は気を付けようって風になりはしたんすけど……、そしたら父が、むしろもっといろいろ読んで、自分で選べるようになった方がいいって」

「……そうだな。守られてるばっかじゃ、コイツもつまんねーだろうからな」

「だから、七歳くらいの子にオススメの本、紹介して欲しいっす!」

「おういいぞ。……ま、私は専門外だから、店長がこっちの世界に帰ってきたらな」

「……ホントに本好きなんすねぇ」


 関心というか嘆息というか。そう言う風にして、今回の事件はオチがついた。

 そして閉店後の夜。


「おつかれ店長~。……ん? どーした、ずっと扉なんか見て」

「う~ん……。いえね? 千鶴ちゃんが来たとき、私も天地くんも、全然気づかなかったでしょう?」

「あぁそうだったな。アイツ元気そうに見えて、扉開けるのは静かっつーか」

「子供の力加減だと、丁度良い具合に開くのかもしれませんね」

「だから音もなく開いていたってことか」


 店長は腕組みをして、「真面目な話」と切り出した。


「透明な扉ではない以上、お客さん側も私たちも、扉が開いたと気づけるようにするべきだと思いませんか?」

「そうだな。防犯の意味も込めて、何かしら細工が必要かもな」

「はい。今回のように小さなお客様が来た時にも、分かるようにしておかないと、ですね」


 店長の言葉に私は頭をひねる。


「なら、鈴の音かな?」


 そして答えを出す。扉が少しでも動けば音が鳴るようなものを付ければいい。

 なるほどと頷いて、店長は空を見上げて言った。


「いいですねぇ。つけた日の、この秋の空を思い出せるような、涼やかな音色が良いでしょう」


 こうして本屋書房の扉には、小さ気味良く鳴る鈴が、取り付けられた。

 元気な来訪者がまたこの扉を開けたとき、どんなリアクションをするんだろうか。

 もしかしたら泥棒猫ではなく、「ねこのすずみたいね!」なんて言ってくるかもしれない。

 私は僅かに笑みを浮かべて、今日の扉に鍵を落とすのだった。



                  本屋書房の事件簿小説版 第二話

                               END



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本屋書房の事件簿 出入口 迷子 @19870513

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