3:わけあう想い

◆◆◆


「じゃーねーゆっか、テス勉がんばれよ~」

「ん~、るなちもね~」

「つーさんもバイバ~イ」

「はい、また明日」


 もうすっかり耳に馴染んだ喧噪にも手を振って。途端に、放課後特有の熱量が抜けきらない静けさと、教室の広さを実感する。

 時折淡く響いてくる、運動部のかけ声や、吹奏楽部の演奏になぞられて……二人だけになった私と揺花の輪郭が、強調されていくみたい。


「……じゃあ、始める?」

「うぅ~……マジでやる……?」


 浦宗さんたちと楽しげにお喋りしていたさっきまでとは打って変わって、あからさまに気乗りしない感じの淀んだ声。

 椅子にまたがって、背もたれに抱きつくみたいにへばりついて、それでもちゃんとこちらの様子を伺ってくる揺花の姿は、やっぱりちょっと、猫っぽい。


「勉強教えてほしいって言ったの、揺花だよ」

「いや~、まぁね……さすがにね、ノー勉で中間はヤバいかなって思ったからさ」

「今までは、どうしてたの?」

「え……さかなこにヤマ張ってもらったり、るなちが仲いい先生から聞いた情報シェアしてもらったりとか?」

「そうなんだ……」


 まぁ、赤点ギリギリだった~って話してるところ、一年の時に見たことあるから、なんとなくは想像ついてたけど……。


「あっ、でもねっ、露璃が一緒にいてくれたら、頑張れるかもな~って!」

「……そういう言い方されたら、断れない」

「あ……やっぱめんどかった? だよね……自分の勉強もあるもんね」

「ううん、私で力になれるなら」


 申し訳なさそうにしおれつつ、でもその上目遣いの視線には、期待もしっかりこもってて。

 揺花のこういう甘え上手なところには、いつも大体敵わない。みんなに好かれるのも、わかるかも。

 私は、そういうところ関係なしに、たくさん好きだけど……。


「それに、私も復習しておきたいし。一緒に問題解いていこ? わからないところがあったら言って」

「おけまるぅ」


 重い腰を上げた揺花に、今度はちゃんと椅子に腰掛けてもらって。

 それから、揺花の机を挟む形で、それぞれの問題集を広げて向かい合う。


「あ、ねー見て、このシャーペンかわいくない? めっちゃ使ってるやつ」


 ワンポイントのラメとスタッズで、華やかさと派手すぎないラインのギリギリを突いた、つややかなネイルの先がひらりと躍って。キャラクターもののペンケースから、お気に入りを選び出してかざしてくれる。


「うん、かわいいと思う」

「っしょ~」


 その自慢げな一連の仕草も、ちりばめられたきらめきも、全部かわいくまとめられていて。揺花がかわいい……っていうのは勿論そうなんだけど、ちゃんとかわいくあろうとしてるところがかわいい、って言った方がいいのかも。

 でも、揺花みたいに話すのが得意なら、今のはもうちょっと、上手く褒めてあげられたのかな……。

 揺花を表す言葉は知っていても、上手く言葉にできないの、いつもちょっと、申し訳ないなって思っちゃう。


「やば、これ授業でやったとこなんじゃない?」

「うん……当たり前だと思うけど……教える?」

「あー待って! なんか思い出せそう! もうちょいでわかりそうだから……!」

「ん。じゃあ、頑張って」

「んんー……!」


 ペンを回したり、問題文とにらめっこしたり、首をかしげたり……。勉強中でも、やっぱり揺花はずっと賑やかで。その一つ一つが、つい気になって。

 揺花が耳元に流れる髪をかき上げる度、この前言ってたシャンプー、気に入って使ってるんだな、なんて、余計なことまで考えさせられちゃう。

 揺花のことは、いつも気になってるって言えば、そうなんだけど……。


「……むー……」

「え……?」


 どのくらい、そうしてたんだろう……さっぱり自分の手は止まっていたところで、揺花と不意に目が合って。ちょっとだけ、時間が止まる。


「どうしたの……? ちゃんと問題見なきゃ、解けないよ」

「露璃だって、さっきからずっと、あたしのことばっか見てんじゃん」

「そんなこと、ない」

「えー、うっそだ~」

「……揺花よりは、問題進んでるけど」

「え、マ? それはなんも言えねぇ」


 あぁ、違うの。全然、そんなことでマウントとりたいとかじゃなくて。


「……見てたのは、見てたけど」

「え~、ほらやっぱりじゃん。なんでなんで、なんかある? 答え間違ってた? 言ってよ」


 今、そのまっすぐな視線で、くすぐられたら……言葉、上手く伝えられないのに、こぼれちゃう……。


「えっと、その、ね……揺花のこと、いつも見てたつもりだったけど」

「うんうん」

「……こうやって間近で、真正面から顔を観察すること、あんまりなかったかも、って、思って」

「え、やば、観察されてた。あたし今ブサくない? 変な顔してなかった? もっと盛れてる時に見てよ~」

「そんなことない、かわいいよ。ずっと見てたい」

「えへ、そう? てかなんの時間だこれ、ちょっと恥ず」

「……なんだろうね」


 意味なんてなくても、揺花と過ごす時間は好き。気付けばいつの間にか、そんなふうに思うようになっちゃってた。

 嬉しい、楽しい、そんな気持ちを与えてくれる。共有できる。

 気持ちを伝えるのが下手な私でも、ちゃんと見つめてくれる。

 そんな揺花に、視線も、心も、引き寄せられる。

 こんなことばかり、考えてる。


「てかじゃああたしも、露璃の顔見てたーい」

「……後でね。最後まで解けたら、いいよ」

「いや、んなこと言われたら、余計に見たくなっちゃうじゃん」

「えぇ……」


 言い出した時にはもう、問題集の存在なんて、そのキラキラした瞳には映っていないみたいで。

 いつも移り気な揺花の視線が、今は流行を追うのも忘れて、まっすぐに私を捉えてる。

 それだけで、どうしてだか無性にドキドキしてしまう。

 揺花に見つめられているだけで。私が今ここにいるって、意識してもらえていると思うだけで。なんだか、気持ちが満たされて、言葉にならないままあふれそう。


「ヤだった?」


 気遣う言葉面とは裏腹に、いたずらっぽく口角をつり上げて。視線を逸らすなんて許さないと言わんばかりに、前のめりで覗き込んでくる。

 メガネのレンズどころか、私の心まで見透かすつもりでいるみたい。


「……ずるいんだから」


 ほら、まただ。

 そうやって揺花に詰め寄られるのが嫌じゃない、って、普通に思えてしまう今の私は、もうどうかしてしまっているのかも。もしかしたら、揺花に勉強を教えてあげるのに、向いていないのかも。


「あたしは好きなんだけどな~。露璃とこうしてるの」

「……うん」

「……すきっ!」

「うん」

「リアクションうっす」


 わざわざ言い直してくれなくても、一言で十分致命傷だよ……。


「……このままだと、勉強終わらないよ」

「大好きだよ!」

「……ありがと」

「えー、ちがーう!」


 もっと身体を乗り出してきたかと思えば、今度は背もたれに身体を投げ出すみたいに、半ば椅子ごとひっくり返る勢いで反り返る。


「えっと……」


 わかってる……これぐらいは、なんとなく。

 揺花のことを見てきて、こういう時どう言えばいいか、どう言ってほしいのか、私だってわかってるつもり。

 わからないんじゃなくて、勇気がちょっと、足りてないだけ。こうやって揺花に背中を押してもらわないと、まだ一歩踏み出せないだけ。


「私も……好き」

「おっ、それそれ! そーいうのほしいのよ」


 あってたみたい。


「じゃあさじゃあさ、愛してる?」

「えっ……」


 違ってたみたい。


「ん~……」


 視線を落として逡巡するけれど、どこにも答えなんて書いてない。


「えっ、愛してない!?」

「あ、違う、そういうわけじゃなくて……」

「じゃあなんかまた、難しいこと考えてる?」


 それは勿論、考えるでしょ……。

 いきなりでびっくりしたっていうのもあるし、普段と違う言葉選びで不意打ちも、しないでほしい。離れたと思ったら、また近づいてきて。受け止める心の準備、できてない……。


「……そういうふうに、言ってもいいのかなって」

「どゆこと?」

「愛、って、結構しっかりした、っていうか、大きい感じの言葉だと思うから……」

「じゃあいいじゃん、普通に言ってよ、嬉しいよ。軽率に言ってこうよ。ヘイ、ラブ、ラブ!」

「えぇ……」


 両手を広げて、バッチコイって感じ。私は、人間関係も、そんなに体育会系じゃないんだけどな……。


「そんな、なんでもない感じでいいの……?」

「えー別によくない? だってさ、あたしはさ、好きって言ってほしいから、自分も言うわけ。好きとか、褒められるのも、言ってもらえたら嬉しいでしょ?」

「う、うん……」

「それにさ、言わないと、言ってくれないと 不安になるじゃん? しかも付き合ってんだよ?」

「慣れたり、飽きたりしない……?」

「えっ、露璃はする?」

「……しない、かも」


 揺花の言葉に、飽きたりも慣れたりも、するわけない。


「でっしょ? 好きってさ、言えば言うほど価値下がるとかじゃないんだよ。レア度じゃないから。貯まって、ずーっと重なってく感じじゃない?」


 いつもの前向きな説得力で、言葉に熱がこもってく。一生懸命伝えたいんだって、ちゃんと私に届いてる。

 揺花の中で、好きの言葉が軽いってわけじゃない。もっとたくさんほしくって。私にも、遠慮するなって言おうとしてる。


「言われた分だけ好きになるし、言われなかった分だけ冷めちゃうよ。何でも理由つけて言ってほしいし、つなぎ止めといてほしいじゃん。露璃だってさ、そうじゃない?」

「……うん。わかる」


 そんなの、絶対そう。揺花に好きって言ってもらえたら、その度に、全部憶えていたくなっちゃうし。

 それくらい、気になるし、私にとっては大切だし……。それに揺花も、そんなふうに思ってくれてるんだよね……!


「だからさ~……言って?」


 きらめく指先が、そっと私の手を取って。もう逃げ場なんかないよって、机の上の小さな世界で、私をぐっと引き寄せる。

 一層近くで向き合う面差しは、真剣で、でもどこかあどけなくて、澄んでいて。

 そんな揺花と、こうやって価値観をすりあわせて、一つずつ言葉を交わす度に、想いの解像度が上がっていくような気がする。

 自分の気持ちを、肯定していいよ、伝えていいよって、いつも揺花が教えてくれる……!


「……あ、あいしてる……!」


 だから私は、あなたのことを知る度に、あなたのことを好きになる。

 あなたを好きになる度に、あなたの側にいたくなる。

 触れたこの手をほどくのが、いつも少しだけ名残惜しくて、また結ぶのが待ち遠しい。


「へへ、愛いただきっ」


 そんな想いを絡めるだけで、こんなに嬉しそうに笑ってくれる。

 この一言で、その笑顔が咲くのなら。自分から動き出すのが苦手な私の一歩も、割と軽くなりそうで。

 そうやって揺花は、どんどん私を、変えていってくれるんだね。


「……また、言うね?」

「うんっ、いつでも言って言って!」


 いつもよりゆっくりと夕日が傾いていくような、あっという間に沈んでいくような。そわそわして、だけどもっと留まっていたくなる、束の間の空白。

 これも、私たちにとってはただのありふれた日常で、私にとっては少しだけ特別な、二人の時間の過ごし方。

 特別だなんて言うと、大げさなようで、でも全然大げさじゃない、大切な積み重ね。


「……続き、どうする?」

「あ、忘れてた」

「もぅ、忘れないで」

「は~い」


 夕焼けに彩られた教室の空気を感じる度に、あの日の告白を思い出す。

 これからは、夕日の眩しさに目を細める度に、今日のやり取りも思い出す。

 愛してるって、思い出す。


「……そこの問題、解けそう?」

「んー、もうちょい!」

「……偉いね、頑張って」

「うんっ」


 太陽が帰ってしまうまで、まだもう少しだけ時間はあるし。

 ちゃんと一緒にいるよ、いさせてほしい。

 今日も、これからも、ずっと。

 そう思っている自分を、確かめさせてくれる、あなたの側に。


●●●


「ん~っ! アイスうめ~!」


 だいぶ暗くなってきて、さすがにちょい肌寒い感じだけど、でもさっきめっちゃ頭使ったから、糖分補給は多分アリ寄りのアリ!


「ぷっは~! そんでエナドリも効く~!」


 学校帰りのコンビニって、なんでこんなに誘惑多いんだろ。楽しいから、もっと多くてもいいけど! いや、あんま多すぎても金ないけど。

 さかなこ見習って、あたしもバイトするべきか……! でも露璃と会える時間、減ったりしたら嫌だしな~……。


「揺花……お腹冷えるよ」

「え~? じゃあまたさすってあっためてよ」

「いいけど……いいんだ」


 前に保健室でさすってもらったの、気持ちよかったし。アリでしかない。


「ね、露璃は何飲んでんの? シェアしようぜ」

「コーヒー、大丈夫?」

「あ、コーヒー飲めるんだ。大人っぽ~、似合うじゃん。あたしはちょい苦手~」


 そういや学校の自販機でも、パックのやつのコーヒー買ってたっけ。


「揺花は、甘党だもんね」

「そうそう~」

「私は、炭酸苦手かも」

「あーね、解釈一致」


 じゃあ、あげらんないか。

 車止めのバリカーにもたれたまま缶をあおって、残りのレッドサルは自分のお腹に直行でーす。

 てか、露璃とこんなふうにコンビニ前でダベるのって、初めてなんじゃない?

 店の中からの光に押し出されるみたいに、駐車場に向かってうっすら伸びた影が、二人分並んでるのを見ると、なんか嬉しくなっちゃうね。


「んふふ~♪」


 もうちょっと、くっついちゃお。


「え、なに……?」


 あたしの肩が、露璃の二の腕辺りに突っ込んで。露璃、ちょっとびっくりしてるのに、逃げないでくっつかせてくれるから、好き。


「ね、放課後デート、ちょっとよくない? 憧れててさ~」

「これ、デートなんだ」

「でしょ。るなちたちと寄り道したりはするけどさ、これはなんか違うじゃん。露璃とならデートじゃん」

「そっか……うん」

「よし、記念に写真撮っとこ! 撮ってあげる、こっち向いて~」


 空になった缶を一旦足下に置いて、空いた手でスマホのカメラを露璃に向けてから、ぱしゃり。


「え、なんで、急に……」

「思い出思い出、メモみたいなもんじゃん」


 こういうのはさ、構えてない、今! って感じのタイミング押さえるのがいいんだよね。

 てか、放課後に買い食いしてるとこ撮られて、若干慌ててる感じの露璃も、これはこれでなんかエモい。

 コーヒーの缶、両手で持ってるところもなんかかわいい。

 カメラロールが充実すんぜ~!


「じゃあ、私も……!」

「へ?」


 自分の手の中に収まってる露璃の姿を眺めてにやにやしてたら、不意打ちでシャッター切られてた。


「あっ、待って、あたし今、変な顔してなかった?」

「ううん、かわいいよ」

「待って待って、スマホ見せて、は~い、写真チェック入りま~す」

「えぇ、不公平……」

「盛れてないのと映えてないのとだせぇのは、残さない主義なのっ」

「私も、デートの思い出、ほしいのに」

「うっ……そっか、そうだよね……」

「……ふふ、ちょっと、揺花の真似」

「んんん~~っ……誰にも、見せちゃダメだからねっ」

「わかってる。私しか見ないよ」

「なら、いいけど……」


 あ~、なんだろ。たま~に、ちょっとしたわがまま言ってくれるところも、あたしの写真、自分だけのものにしてくれちゃうところも、なんかめっちゃいい。かわいいから許しちゃう。


「てかそれならさ、一緒に撮ろうよ」

「あ……そうだね」

「んで、デートなんだし、手もつなご? デートじゃなくてもつなぎたいけどさ」

「いいけど、ここで……?」

「あ、誰かに見られるのやだ?」

「嫌ってほどじゃないけど……」

「大丈夫、別に見られても、友達同士でつないでるってふうにしか思われないって」

「それはそれで、やだ……」

「え~! なにそれ、かわよ」


 ちょい照れ屋な感じ。なのにちゃんと決めた筋は通さなきゃって感じ。これもかわいい。もう露璃にはずっとそのままでいてほしい。


「そうだよね、見られるなら、ちゃんと付き合ってるんだって見られたいよね。恋人つなぎなんだぞ! ってさ」

「えっと……うん」

「えへへ、そこ、やっぱちゃんとしたいんだ。マジメじゃん。でもわかる! 見せつけるためにつなごうぜ」

「見せつけるのは、どうなの……」

「だって、つなぎたいのに、知らない誰かに遠慮して我慢するとかは、なんか違うじゃん」

「まぁ、うん……そうだよね、誰かに迷惑かけるわけじゃないもんね」

「えー、だからさ、そういうの。めんどくさいこと気にしなくていいのっ。かわマジメなんだからも~」

「なにそれ……?」

「つなごっ、そうしたいじゃん」

「……うん」


 てか、するって決めたら、あたしも露璃も、割と一直線なタイプじゃん。

 最初は、探り探りで、ちょっとずつ指先同士でついばんで。

 だけどだんだん、ゆるく包んだり、指の間に指を差し込んで、逆恋人つなぎみたいに絡ませあったりして、お互いの手をこねこねしてく。

 そこにいてくれるんだって、感じながら。どの距離で、どの形が、一番あたしたちにしっくりくるのかなって、確かめあってくみたいにさ。

 なんだけど、そのうち、それだけで楽しくなっちゃって、どっちがどっちに触ってるのか、なんかわかんなくなってきて。

 離れちゃわないように、触れ合う手のひらを隙間がなくなるくらいあわせて、ぎゅっと捉まえて。

 結局、普通の恋人つなぎで結びつく。最初から、この形で生まれてきたみたいに、いい感じ。


「……露璃、指もきれいだよね」

「そうかな……」

「うん、めっちゃ触り心地いいし」

「……ありがと」


 飾り気のない、でも丁寧に切りそろえられた爪が並んだ、色白で細長い指。すべすべで、繊細で、あったかい。

 また撫でられたい、あたしの好きな、優しい手。


「てか今度さ、ちゃんとデートしようよ。どっか行きたいとことかある?」


 手つないだらスマホ持てないことに今更気付いたけど、なんかもう、手つないだままでいる方が大事な気がしてきちゃった。

 露璃も何も言わないし、このままでいいってこと。このままでいたいってこと。


「制服デートは制服デートで、ちゃんとしたいしね~」

「私、寄り道はあんまりしないし、今も結構、新鮮だよ」

「あ~、ぽい。逆にめっちゃ寄り道させたいわ」

「揺花が行きたいところなら、どこでもいいよ。揺花と一緒にいられる時間、好きだから」

「え~、えへへ、じゃあどーしよっかな~」


 なんでもいいってなると、逆に迷っちゃうよね。選び放題、決め放題かよ。楽し。


「あ……ごめん」

「え? いきなりどした?」

「こういう時、揺花に任せてばっかりだし、言ってることも、つまらなくないかなって思って」

「え~、全然そんなことないけど」


 まぁ、いつもそういうとこ気にしてくれてるんだろうな~ってなんとなく思ってたし、それだけで普通に嬉しいから、全然気にしてなかったけど。


「言いたいこと、伝えたいこと、いっぱいあるんだけど……上手く、言えてないと思うし」

「ううん、露璃は今のままでいいよ、大丈夫っ」

「……ホントに?」

「露璃がいっぱい考えてくれてるの、わかってるつもりだし、あたしもガチのわかり手になれるように、ちゃんと聞くからさ!」

「……うん」


 露璃的には大事なことで、だったらあたしにとっても大事なことで。だからちゃんと向き合うよ。

 それに、あたしみたいに、べらべらいっぱい喋るわけじゃないけどさ。露璃の、落ち着いてるみたいでちゃんと熱のこもってる声、一途でマジな言葉、全部好きだからね。


「ま、露璃の意見も聞いときたいってのは、なくはないけどさ」

「……図書館で勉強会とか?」

「えー……マジで言ってる……?」

「人がいるところだとダメ?」

「や、そういうことじゃなくて……」

「うちとかでもいいけど」

「えっ! 行く行く! 露璃んち行く!」

「う、うん……!」


 ん? てかこの流れは、また勉強するためって感じ? まぁ、露璃と一緒にいられるならいっか……?


「あっ、揺花……!」

「へ? わ、やば、アイス溶ける! わけわけすんぜ、はいひとくち!」

「えっ……!」


 慌てて放した手を添えて、棒から落ちそうになってた食べかけのアイスを、とりあえず露璃の口に押し込んで。でも全然ちょびっとしか食いついてくれなかったから、結局ほとんどあたしがひとくちでいってやたぜ!


「もっごぉ……!」


 喋るのに夢中で忘れてたわ、ごめんなアイス。お前はちゃんと甘くてうまいよ。くちどけまろやか、またよろしくな。


「……っ」


 どうにかアイス全部飲み込んで、息整えてから露璃の方見たら。そのきれいな指先で、なんか口元押さえて固まってる。


「ん、どした? 汚れちゃった? 頭キーンってなっちゃった?」

「……間接、キス、だなって」

「え、うん」


 言われてみれば、まぁそっか。


「これぐらいよくない? ダメだった?」

「ううん……でも……」

「うんうん」


 あ、あたしの方こそ、リップ直した方がいいのか?


「私のも、飲んで」

「……ん、え?」


 いきなりどした、お腹いっぱいになっちゃった? とか返す間もなしで、飲みかけだったコーヒーの缶を、ぐいっと押しつけられる。また片手を捕まえられて、全然強く握ってないのに、今度は放してくれそうにない。


「待って待って、そんな見られながら……?」

「ちゃんと飲んで……?」


 控えめなんだけど強引なムーブで迫られて、なんかちょっとキュンってしちゃったじゃん。


「あのさ……間接キスするとこがっつり見られるって、恥ずすぎない……?」

「だって……一方的なの、ずるいなって」


 いや、ちょっとびっくりはしたけど、そうだよね。写真も、手つなぐのも、間接キスだって、一緒で公平なのがいいんだよね。

 露璃は多分、あたしみたいに、ノリでこういうこと言わないし。一生懸命なんだってのはわかる。

 そこんとここだわってくれるのも、すぐに行動に移してくれるようになったのも、嬉しい。あたし的には大歓迎なわけだし。


「う……じゃあ……!」


 ……なんだけど! こういう形でってなると、なんか変に意識しちゃう。

 別にあたしは、間接キスとか全然平気な方のはずなんだけど。こんなことでドキドキしちゃってたら、ホントにキスする時とか、どうなっちゃうんだろ……!

 ちょっと怖いような。期待はどんどん膨らむような。テンパって失敗しちゃったり? 逆に案外平気だったり……?


「んく……っ」


 ってな感じでこみ上げてくる妄想と、アイスじゃ冷ましきれなかったらしい熱を押し戻す勢いで。露璃にガン見されながら、缶の中身をぐっと喉の奥に流し込んだ。


「……あんま、苦くないね」

「……カフェオレだから、かな」


 てかぶっちゃけ、味とかわかんなくなっちゃってたかも。

 アイス甘かったし、これはこれで、ちょうどいい感じなのか?

 今、間接じゃないキスしたら、もっと甘く感じるのかな……。


「……お腹の方、平気?」

「え? あ、うん……多分、だいじょぶっぽい」


 いざ全部飲み込んでみると、こういうちっちゃいドキドキをわけあうのも、結構いいなって思えてきちゃった。

 露璃のおかげで、なんか新しいドア開いちゃったんじゃね? 間接キスの交換ごっこ、そのうちまたやるか……! 覚悟しといてもらうぜ露璃~!


「へへ、行こっか」

「うん」


 こんだけ飲んだのに、まだ喉が渇いてるような気がして、足下に置いたエナドリの缶を拾い上げるけど。そういやもう空だった。


◆◆◆


「もしもし……?」

『やほ~、露璃、起きてた?』

「うん……急に通話きたから、びっくりしちゃった」

『えへへ、ごめんごめん。今何してた?』

「えっと、自分の部屋で、本読んでたところ」


 言ったところで……ベッドの上で、壁際の大きいクッションに身体を預けながら、小さい方のクッションを抱き抱えたままだった自分の姿に思い至って、ちょっとだけ居住まいを正す。そんな必要、ないかもだけど。揺花と話すわけだし、一応、ね……!


『そうなんだ。お風呂もう入った?』

「うん」

『あたしも~。今めっちゃいい匂いするよ』

「そうなんだ」


 揺花はいつも、いい匂いすると思うけど。その匂い、私が好きなこと、知ってるのかな……。パジャマも、かわいいんだろうな。あぁ、ダメダメ、また変なこと考えちゃってる……。


『てかさ、今日ありがとね、勉強教えてくれて』

「えっ、ううん、私でよかったら、いつでも手伝うよ」


 いつもよりも近い距離で耳元をくすぐってくる揺花の声は、いつもより少しだけ穏やかな音色のような気がして。

 その響きに耳を傾けていると、見えない唇まで意識してしまいそう。


『ん、どした?』

「ううん……」


 通話越しに、揺花の存在を感じながら……あの後、手をつないで歩いた、今日の帰り道のことを思い出す。

 柔らかくて、力強くて、優しく引っ張ってくれる、揺花の手。

 話す内容が変わる度、それにあわせて、ぎゅっと強く握ったり、優しく絡めたり。少し離れたと思ったら、ぐっと抱き寄せるみたいに掴み直す。手のつなぎ方まで、表情豊かだった。


『てかさ、あたしからはちゃんと言ってなかったなって思って』

「え、なに……?」

『えっとね~……愛してるよ、露璃っ。そんで大好きっ』

「……!」


 こういう時は、なんて返したらいいんだろう。嬉しい気持ちばかりが心の中を駆け巡って、また、伝え方がわからなくなっちゃいそう。


『あれ……もしかして眠かった? だいじょぶそ?』

「…………」

『露璃~、もう寝ちゃった? お~い、好きだよ~!』

「……うん、好き」


 今のは……ちゃんと言えた方、かな……。


『……えへへ、やったっ』


 揺花と過ごす時間が好き。

 二人でこの時間をわけあうのが好き。

 気持ちを、想いを、共有しあうのが、好き。

 同じようにそう思ってくれている、揺花が好き。


「わざわざ、それ、言うために……?」

『うん。あとは、声聞きたかっただけ』

「……私も」

『えへへ~、そうなんだ、よかったっ』


 また、あの太陽みたいな眩しい笑顔を、浮かべてくれてるのかな。

 そう考えるだけで、早く、会いたくなっちゃうよ。


『明日も言うね。露璃も言ってよね』

「うん……言うね」

『んじゃ、おやすみっ、露璃っ』

「うん。おやすみ……揺花」


 明日はまた一つ、積み重ねられる。伝えられる。

 たとえ小さくて些細なことでも、新しい約束があると思うと、それだけで楽しみになる。

 その楽しみな気持ちを、わけあえるのが嬉しいの。

 それもちゃんと、伝えていくから。また明日ね、揺花。


☆つづく!

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