羅針盤にまつわる話
胤田一成
羅針盤にまつわる話
へえ、旦那様は
ただ、お気の毒さまですが、この羅針盤ばかりは、お譲りするわけにはいかないのです。ほら、この通り、針が狂っております。ええ、北を指すことも、南を指すこともありません。ぐったりとしていて役に立ちやしません。
確かに見事な
ああ、丁度、雨が降りはじめたようですな。どうやら、その羅針盤に旦那様はご執心のようだ。その迷いを断つためにも、ひとつお話をしてみせましょう。
その羅針盤は十八世紀ごろに、英国の富豪が特別に誂えさせた逸品だと聞き及んでおります。銀細工を巧みに用いた
しかし、先ほども申し上げたように、その羅針盤は狂っております。ほら、ちょっとだけ、この角の所が欠けているのが見えましょう。以前の持ち主が、この羅針盤を地面に叩きつけた際にできた傷でございます。それ以来、ぐったりと針が止まったまま、というわけです。
えっ、その持ち主が
へえ、特別にお話いたしましょう。というのも、その理由こそが
ハハハハハ、世の中には品物を押し付けない商売人もございます。いや、品物の正体を熟知していればこそ、安易には売れないという場合も多いのです。何も知らない相手に、何も知らない品物を押し付けるなんて、ゾッとする話ではありませんか。
いや、お話が
きっと、あれはもとより気が
この羅針盤を手に握って、白昼から町の
そんな折のことでございます。そろそろ、店を
無論、私は学生さんを介抱しました。
「この羅針盤を買い取ってくれ。
ええ、私は彼から羅針盤を買い取りました。全く、商売人とは強欲な
針が止まっているからではございません。旦那様、信じてくださらないとは思いますが、この羅針盤はね、夜になると鳴くんですよ。
はい、オギャアオギャア、と赤子のように鳴くんです。すると、窓の向こうから、ブブブブと
その学生さんがその後でございますか――。次の日に死んでいましたよ。ええ、この店の前で
不思議な傷でございましたねえ。まるで、鋭い鎌で切り刻まれたかのような。大方、「冥王星の使者」とやらが
あれ、旦那様、ご
アハ、アハハハ。いいえ、私は正気でございます。全部、本当のお話でございます。本当だから、恐ろしいのはありませんか。
それでも、欲しいと
〈了〉
(一九四一字)
羅針盤にまつわる話 胤田一成 @gonchunagon
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