第39話

 巨大な怪物が突如地面から現れたそのとき俺たちはウッドが居るであろうあの巨大樹の下へと向かっている途中であった。

 民家の屋根を道にして最短の距離を走り抜けるホムラとロムは彼らの向かうべき場所である世界樹から怪物が出現したことでお互い目くばせを行い意思を確認する。


『怪物が現れたらソレを討伐せよ』


 彼らの所属する特科のトップであるモモカは彼らにそう命じた。そして、彼女は怪物の正体を知っていて答え合わせもその場で行った。


『怪物はアイザワソラ……アナタたちの部下の新人君。彼は今日、或いは数日の間にある行動を起こす』

「何を言っているのか理解ができない……行動を起こすだと?」


 ウエムラとの密談を見透かされその場で命令を受け彼は島に向かう途中無線で彼女とも話を行っていた。

 東大陸と北大陸海峡の海上を能力で飛行する彼の他にその場は人が存在しない。だから、彼女はそこを選びホムラに直接連絡したのだ。


『この世界に存在する世界樹は一つじゃない、存在する世界樹はまた復活する……これだけで何かを察していただけると助かるのだけど』

「それは理解できるが、ウッドがこれから行動を起こすというところがわからない……彼が願いを叶えるつもりなのか?それならリッパーに利用されるよりはマシだと思っているんだがな」

『その程度で済んでくれれば私は目を閉じる……。サカイ議長殿と中央の老中院には少し痛い目にあって欲しいから止めるつもりはないわ』

「じゃあ好きにさせればいいじゃないか、それともアンタも何か願いをかなえたいとでも思っているのか」

『…………そうとも言えるけど、今回はそんなことを言っていられないのよ。なんたって世界樹が破壊されるかもしれないって状況ですからね』

「なに……世界樹は破壊できるのか?」


 世界樹が破壊できるという情報に対して驚きを隠せなかったホムラは海上のど真ん中で停止し話に集中するようになってしまった。

 ホムラは世界樹の情報をアスタから聞いた程度の知識しかないため『何かを叶えてくれる物』という認識でしかなかった。特科に協力する理由はリッパーの考えと行動に賛同できず世界樹によってその願いを叶えられることが彼にとっては不利益であるため協力をしている。

 リッパーに世界樹を利用される前にどうにかすることが目的であるホムラにとってはこの情報は有益なもので、今すぐにその話を詳しく話してもらいたかったがモモカの口からは歯切れ悪くまるで世界樹を破壊したくはないといった様子を感じられた。


『世界樹を破壊すればいい……そう思っているのであればこの世界に何度も世界樹は現れなかったでしょうね』

「壊せば二度と出てこない、逆に今まで壊そうとしなかったから何度も現れているんじゃないのか?」

『軽率な……世界樹はこの世界を管理する者なのよ?その世界樹がなくなった世界がどうなるのか、考えたら理解できることじゃなくて?』


 確かに世界樹の謎はいまだ解明されていない……アスタに聞いたところでいつも頭がおかしくなったように言葉が話せなくなる。

 ヤツを破壊したことでその管理者のいなくなった後、世界はどうなるのかなどわからないことはあるが世界は誰も知らないところであの世界樹を巡った争いを行っている……なくなってしまった方がいいのかもしれない。


「それとウッドがどう関係するって言うんだ……彼に世界樹を破壊することなんてできるわけがないだろう」

『…………できないことはない。と、だけ言っておきましょうかね』


 またしても曖昧な返答に答えを得ることはできなかった。


「できないことはない?」

『それ以上聞くことはアナタも敵と認識しなければいけなくなってしまう……私が大切に育てた自慢の作品を私が壊すというのは心痛い』

「アイツのことはすぐに見捨てられたのにな……」


 最悪な空気だった。ソレが通信機器越しに感じることのできるくらい二人の中では禁句に近い言葉である。

 お互い言葉を交わすことなくホムラは再び島に向かって飛行を続けた。あと30分で島には到着するが、彼はモモカからなぜウッドを止めなければいけないのか誰もが納得する答えが出なければ従わないとし彼女の答えを待つ。

 だが、島に到着しても彼女の答えを得ることはなかった。ソレは彼が先にソイツの存在に気が付き戦闘を行ったからである。

 答えを受けなかったホムラは当然彼女の命令を聞くつもりはなく、彼がこの島に来た理由はただ一つウッドを救出するということだった。


「ホムラ!地中から現れた怪物、ヤツは厄災と呼ばれ正体は影だ」

「厄災……影?」


 共に怪物の足元へ向かうロムが後方からそう言う。なぜ彼がそのことを知っているかなど不思議なことはあったが今のホムラにはソレを気にする余裕はなかった。有益な情報はなんだって取り込まなければ前例のない出来事に対応することはできない。


「世界樹は我々にとっての太陽だ。世界樹によって生まれた光で我々の影はできる……現に我々の影は世界樹の光が弱まったことによって薄れ始め追い打ちをかけるようにヤツがその薄れた影を吸収している」

「影は太陽の光からできるんじゃないのか?」

「それも影であるが世界樹の作り出す影は少し特殊、人間にとってはもう一人の自分と考えることができる。ヤツに影を掴まれたら操られてしまうと思っといたほうがいい!」


 太陽の生み出す影、それは単なる遮蔽物によってできた黒い歪んだ像である。そして、それとは別にこの世界にはもう一つの光が存在した、ソレが世界樹の光である。

 世界樹の生み出す光から発生する影というのはただの虚像ではなく人間そのものであった。影にはその人間がこれまでに歩んできた記録や歴史が記されソレを読むことはできないが、誰もが持つ情報はここに保管される。そして人間の潜在的な意思、人が実感することはない無意識のうちの行動を先行するのが世界樹から生まれる影の役割であった。

 影は本人よりも先行しそこで得た教訓を保管する。シャドーの影はソラの影を利用し戦闘を行ってきた、だからシャドーの戦闘力が高かったとしても使用する影がそれ以上でなければシャドーの力を最大まで上げることはできない。

 そんなロムの説明は難解であったが理解することはできた。

 つまり影は生まれた時から一度も離れたことのない俺たちの相棒だってことだ。


「倒す方法は?」

「ソレは知らない」


 肝心なことを知らなければどうすることもできない。あまりにも詳しいロムの説明に一度戦ったことでもあるのかと思ったが、そうでもないらしい。

 怪物を倒す糸口が一向に見えないまま彼らはついに怪物の足元までたどり着いてしまった。想像以上に巨大化した怪物の足元では黒い粘度のある液体が四方八方に飛散し高熱のためか、はたまた別の何かが原因であるのかその液体からは大量の蒸気が上がっている。

 臭気も満ちており鼻をつまんでも容赦なく流れ込んでくる悪臭によって軽い頭痛が生じた。


「ロム、マスクで臭いは完全に防げているのか?」

「完全ではないが何もつけていないよりはマシだろう」

「それでこの怪物は俺らに興味があんのかね?」

「あの怪物がデコイであるという可能性もある……厄災は賢いからな」


 最初は自分たちに興味がないのではないかと思われたその怪物であったが、ヤツのバラバラに動き続ける六つの眼球がすべてこちらを向いた。完全に俺と六つのうちの二つの視線が交差する。

 完全にヤツは俺を敵と認識したようだ。空気を震わせ全身にビリビリと刺激を与える怪物の雄叫びは耳を塞いでいても唸りが続く。


「来るぞホムラ!」


 地面で引きずるくらい重たく巨大化してしまった右腕を振り上げて俺たちのいる100m以上は離れているであろう場所に叩きつける。

 その一撃は重く適当に振り回しているだけでも範囲の広い攻撃は脅威であった。


「ロム、怪物に集中砲火だ!」


 その掛け声にロムは手に持っていた杖に仕込まれた白銀色の刃で斬撃を飛ばす。その斬撃は怪物に直撃するも深い傷口を作ることはできず、できてもすぐに影が修復を行いまた振り出しに戻ってしまう始末。

 そんな攻撃を繰り返し行うことで怪物の注意はロムに引き付けられ俺は背後へ回り込むことができた。足から排出される燃焼ガスによってジェットエンジンのように飛行することで怪物は俺を捕捉するすることができなかったようだ。

 人間が蚊を追いかけることが困難であるようにヤツの体に対して小さい俺を見つけることは困難であったようだ。


「火炎・業火拳!」


 背後から打ち込まれる炎の拳は怪物の胴体に大穴を開け体内を焼き尽くす。

 影をも焼き尽くすその火炎はさながら地獄を連想させる業火であった。

 一撃のうちに姿勢を崩す怪物であったが再び雄叫びをあげながら今度はその全身を構成する影を放出しダメージを分散させる。帯状に四散する影は着弾点であるその場にあった物を飲み込み跡形もなくすべてを吸収し再び怪物の下へと戻ってきた。

 完全回復、ホムラによって開けられた穴は完全に塞がれ体の方は若干さっきよりも巨大化しているようにも見える。

 その後空中を飛行する俺を発見した怪物はまるで蚊をつぶすように両腕で左右からつぶしに掛かるが、それを躱すのは難しくはなかった。けれども怪物の両手が重なる音は爆発音にも近くダイナマイト数千個分の衝撃を感じる。


「ホムラ、厄災を倒す手段は見つかったか?」

「いや……これといって有効な手段はなさそうだ。それに何か嫌な予感がするアイツが近くに居る気がするんだ」


 彼の言うアイツ、その存在は彼らを待たずして戦闘音を引き連れて姿を現した。

 先行し現れたのは全身にダメージを受けながらも懸命に黒い帯状の影による攻撃を受け流し後退する白髪の男、左右の瞳の色が違う男はこちらに視線を向けると一瞬頭の中で優先順位を組み替えるが結果は変わらず戦闘継続を優先する。

 それもそのはず、男の相手は彼ら以上の曲者であった。


「リッパー……!!」


 ホムラの方へ視線を向けるもすぐに彼の足元まで伸びた影の帯から放たれる無数の先端が尖った柱を躱す。

 一撃一撃に殺意が込められたものであったがソレはホムラ達には向けられずヤツ一人を殺すために放たれたものであることがわかる。彼の腕を貫いた柱は腕の中を侵食し血管のように浮かび上がり中で蠢いているのが確認できたがリッパーはソレを躊躇なく腕ごと切り落としそれ以上の侵入を防ぐ。放置しておけばいずれ体中に広がり心臓を内部から破壊されていたことだろう。

 その躊躇ない体の欠損はただの人間には耐えられることではないし戦闘中の負傷は大きくその後を不利にさせる。しかし、ヤツの切り落としたはずの腕を見ると何事もなかったかのように無事な腕があった。


「ヤツめ、世界樹を利用したのか!?」

「ああ……そうらしいな、体中に現れた回路のようなアレが何よりの証拠だろう」


 体中に現れた回路のように枝分かれするソレはヤツの失った部分に集中し新たな骨組みを作り出す。針金による工作と表現すれば身近に感じるだろう、針金で作り上げた骨組みを針金から現れた光の胞子が付着し粘土となり新たなパーツを作り出していた。

 その光景を見ればすでにその男が人間をやめていると誰もが理解できるだろう。

 人間をやめた男は影からの攻撃をかわしながら街の方へと向かっている。それも避難民が大勢が待機する方角だ。

 そしてこちらに向かって意味ありげに目を細め、俺はその意味を知る。

 俺はヤツに利用されようとしている……ヤツは俺が避難民の命を優先することを十分理解しているからあの方角に撤退を始めたんだ。俺をあの怪物との戦いに引きずり込もうってわけか。


「ロム、計画は変更だ。ウッドの救出より怪物の討伐が最優先事項になってしまった」

「……それよりも街中に新たな影、増えたな」


 ロムの言う通り誰もいないはずの街に人影のようなものが無数に現れ始める。地面から這い上がってくるそれらはまるで地獄から登ってきた罪人のように、命無き人形であることが遠くからでも確認できた。

 やることが同時に増えてしまった……。彼は頭の中で優先順位を確定させ初めに街中に現れた人形の破壊を優先する。

 リッパーの誘導によって避難民の方角へ伸びる脅威を優先するべきでもあるが、数が多い人形が波状攻撃をする方が面倒だ。それに怪物が作り出した人形を俺が破壊し続けることで何かしらの注目が俺にあたる……できれば俺とロム、そして怪物の二対一の構図が好ましい。

 あとはリッパーの動きに注意すれば何とかなるだろうという計算であった。


「ロム、お前は人形を中心に俺は怪物とリッパー、そして人形だ」


 足に溜めたエネルギーを放出し生まれた衝撃で体が浮いた俺はバランスをとりながら街へ向かって一直線に飛行する。

 すると、今まで停止していた怪物はゆっくりと街の方角へ歩き始めた。建物を踏みつけ林を破壊する怪物の歩いた後は『無』が残る。そこに何かがあったという形跡は一切残されず、すべてが飲み込まれていた。


「再び私はこの眼でヤツを見ることとなるとは……」


 ペストマスクに嵌められた真っ赤なレンズの向こう側、ロムの双眸には古い記憶が、あの時の映像が今に重なって呼び起される。自然と浮かび上がる彼の喜びに満ちた顔は他人はおろか彼自身気が付いてはいなかった。



 街の中は感情を持たぬ人形が何かを探すように壁に張り付いたり、マンホールを開けて中を確認する姿が遠くからでも観察することができた。

 その異様な光景に誰もが息を飲み彼らの生まれ育った島の未来を心配するが、彼らに力はなく避難ができたのは幸運なことだった。あと少し避難が遅れていたらあの人形によって何をされたのか自分たちの想像力を越えた想像をすることはできない。

 アルトは特科の目として連れてこられたジードを利用し現在の島の状況を探るがこれといった進展はなく、まだ息をしている取り残された島民など探すも動きはなかった。蟻の動き一つ見逃さないというジードの才能は本物で彼は忌々しい鉄塔のネジの数を言い当てその目の良さを証明する。


「なあアンタ……ウッドの気配はどこだ」

「どうするつもりなんだい?」


 全身だけでなく右足を貫通した負傷で彼がなにをするつもりなのかジードには理解できる。おそらくはウッドを助けに行くつもりなのだろう……俺もそうしたい、そうしたいのは山々だができない理由があるんだ。

 「ウッドの討伐」モモカさんの命令は絶対であるが彼を救出するというホムラさんの命令も彼らにとっては守らなければいけない命令だった。

 能力者とは人間を超えた存在である、その力を得る過程は人それぞれであるが突如覚醒した者もいれば、あのリッパーに一度味方していた者もいる。どんな事情があれ能力を持つ者たちは本来追われる身でジードも例外ではなく、地下帝国に対抗するために組織された対能力者部隊によって追われていた。

 しかし、そんな生活を数年続けていたある日一人の女性によって能力者は東大陸によって保護されることとなる。それがウスイ モモカ、中央に認められた大陸の守護者である彼女がすべての責任を負うことで東大陸議長そして老中院を動かしたのだ。


「俺は彼を助けに行く。アンタらの上がソレを止めるならアンタも俺を止めればいい、ウエムラとかいう男は俺に敵対するなら容赦はしないと警告してくれたがアンタに俺が止められるっていうのか?」

「彼女の命令は絶対だ……」

「融通の利かない組織だよまったく」


 本当に彼の言う通り俺たちには自由がない、縛られていることこそが本当の自由であるのだ……。ソレが俺たち、いや俺たち以外の能力者が地上で生きるためで俺たちが命令を守ることで大陸の政治家も中央も能力者の存在に危機感を抱かない。

 能力者が再び虐殺されるようなことが起こらないためなんだ。


「そんな怪我で西に行かれたら困るんだ……。ホムラさんもロムさんもそこで戦っている、キミに邪魔されたらマズいんだ」


 飼いならされてしまった俺にはどうすることもできない。この会話はあの人に聞かれている……。


「そこにはリッパーが居る……ヤツはホムラさんたちを邪魔しようとしている」

「わかった……援護に入ってやるよ」

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悪党は死んでヒーローになる。CA版 きゃきゃお @SIRASandKAKAO

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