第38話

 鎌鼬の鋭い鎌が容赦なく私の肌を切りつける。傷口からジワリと温かくなることで大量の血が流れていることを理解し、アタシは初めて恐怖を覚える。

 いや、恐怖じゃない絶望だ……。

 人の形をした絶望がアタシを襲う。四方八方からアタシを傷つける。


「どうした……?私に触れることもできないのか」

「黙れ……」

「愚かなヤツだな。お前の兄同様、少し情けをかけてもらったらソレを恩だと勘違いする。そこに伸びている彼の目的はお前を助けることでなくあの世界樹の復活を止めることだった……しかし、世界樹は復活してしまったためにその優先順位が変わっただけなのだよ」


 だけど、アタシを助けてくれたのは事実だ……何をなんと言われようとこの事実は事実として残る。

 だから彼女は再び立ち上がり全身に緑色の枝分かれする痣の現れた男に抵抗を行う。彼女の得意とするナイフは一切通じない、足技も何もかもが通用しないヤツから逃げようとはしなかった。

 しかし、人間を超えてしまった男と違い彼女は人間で、人間には限界がある。彼女の限界は体力だけでなく精神的な面においても疲弊しきっていることであろう。

 彼女が彼女と入れ替わるまでのタイムリミットは残り僅か、彼女ではない彼女もこの状況を理解しているが入れ替わったところで勝てるような相手ではない。

 今、ヤツに勝てるのはソラだけだ……けれどもソラはもう限界だ。

 瓦礫に下半身を挟まれている様子であったがなんとか動いて抜け出そうとしているところを見たら無事であることがわかる。しかし、地べたを這うその姿は芋虫のようでとても戦えるようには見えない。


「諦めるんだ。お前では私に勝てない、それどころか救える命もその手から零れ落ちる。そこの少年はお前を生かすために戦ったというのにお前はソレをくみ取れずにわざわざ勝てないと理解している私と戦っているんだ」

「だが、アタシは守られた!」


 地面をめくりあげ強化した脚力はただの人間なら簡単に肉の塊へと変えることのできる強力な一撃を放つことができるが、相手はもうただの人間ではない。

 バケモノの体を穿つ一撃はその拳を中心に突風を引き起こすが、その拳でさえヤツは片手で軽々と受け止めてしまった。そのできごとに脳みそは愚かアタシの精神までもが動揺を隠せない。

 その表情を見たヤツは口元を歪ませる。


「人の愚かさとは死んでも治ることはない……過去の人間がそうであったように、現在を生きるお前もそうであった、というわけだな」


 刹那アタシの体には強い衝撃が、内臓を骨を粉砕する強烈な一撃が腹部を抉りその場から20mは飛ばされた。

 既に避難によってか空き家となった土壁を破壊し飛散する窓ガラスの破片が体中に突き刺さるのを感じながらなんとか生きていることを実感する。太い柱の破片が右太ももを貫いているのを確認しもう戦えないことを悟ると同時に生きていることがバカバカしくなってきた。

 トドメをさすなら早く楽にやってくれと願うが、ヤツは裏切りを許さず自分の下から離れる者は徹底的に苦しませる。アタシはそんなヤツらをたくさん見てきたし、ヤツはソレを平気でやることを知っている……だからアタシは抵抗することをやめ、できるだけ苦痛を感じない方法を探していた。

 ゆっくりとその死神の足音はアタシの方へと近づいている。風を纏い空気を切り裂く音はリッパーの周りを飛び回る鎌鼬の風であると理解する。


「ご……ごめん、なさ、い……」


 アタシは私とお嬢様に謝罪した。

 止まらない涙は頭から流れる血と混ざりあい顔を流れ落ちるがソレを拭う気力も体力も残っていない。

 遂に私の視界に大きな影、太陽の光を遮断するように目の前に立つ男は動けなくなったアタシに優しく問いかけていたが、謝罪を続ける私はその問いに答えることはなかった。

 そして男が右腕を挙げ空中に現れた目に見える風の球体、さっき聞こえた空気を切り裂く鎌鼬の風で私を処刑しようとしたそのときだ。


 シャンッ……シャンッ……


 脳に直接響き渡る鈴の音。

 乱れる空気の中を張られた糸のように迷いない鋭い音は二度だけでなく徐々に激しくなり始める。

 まるで人間の心臓の鼓動、そう思ったときアタシの心臓がその音に合わせ脈打っていることに気が付いた。

 空耳かと疑ったソレであったが、リッパーも同じく目つきを変え周囲に警戒を張っているのを確認できる。アタシだけでなくヤツもその鈴の音が聞こえソレを探しているのだ。

 音の発生源はわからないが、その音は確かにこの近くで聞こえている。


「共鳴……?この不愉快な私の中を覗こうとするのは誰だ」


 このときリッパーはその可能性を秘めていた少年が居ることを思い出した。足が潰れ簡単に倒せると思い順番を最後に回した彼が……。

 その彼が倒れる方向を振り返ると壁に全体重を支えさせ何とか起き上がった少年、いや別人だ……今までに感じたことのない殺気と存在感を感じる。黒を纏う重圧、大蛇の如く私を飲み込もうとするソレは艶めかしい動きで私の肌を伝う。


「お前……か、お前……が彼女を泣かせた……。お前が、彼女を傷つけ、たッ……!』

「誰だ貴様……?」


 黒き大蛇は私を睨みつける。その縦に裂けた瞳孔が私を睨みつけ呼吸という意識せずに行えるはずの一動作すら牽制するようだった。

 そうか、そうか……。

 私はこの島に伝わる伝説が伝説ではなく事実であったことに感心し同時に喜んでいた。

 鈴の音が段々と早くなっている。空間すべてを支配するその少年にすべてが集約するように本来リッパーの操るはずの風の流れや空気、そして生命が生み出す光が蛍のように舞い始めては彼の下に集まり始めた。

 地面から新たな蛍が生まれると共に島……それだけではなく四大陸から光が奪われ始める。


「来るのか……厄災」


 少年が立ち上がるために掴む民家の壁から色が奪われる、いや黒に染まっているのだ。彼の周りの色を侵食し彼の持つ色へ上書きされる。

 獣のうなりに似た音が口から漏れ彼の内側に住み着くソレはようやく姿を現した。


『ウララァァァァァアァァァアラララァァァ!』


 空気を振動させる雄たけびをあげた少年は自らに集約した光を解き放ちソレを反転させ世界を黒に染め上げる。

 不規則的に分裂する光の反転したモノたち、どす黒く光を吸収する闇は彼を中心に世界中へと広がり始める。出雲の島が位置する北と東の境界だけでなくそこから数千キロメートル離れた南と西大陸からもソレを確認することができた。

 雪のように白かった少年の肌は褐色へと変わり全身に現れた刺青のような蛇の痣、ソレはリッパーの持つ左手の甲に現れたカラスの紋章と同じモノであったが全身に現れるといった話は聞いたことがない。

 顔にまで現れたその痣はどこまでも深い黒でいくら白を足してももうあの白い肌には戻らないだろう。


「貴様……どこでソレを手に入れた?なぜ貴様がソレを持つ」


 世界を反転させることのできる力……原初の生み出した神に匹敵する力を持つという悪魔の王『アルナカート』が支配しようとしていた力。

 リッパーはその王が残した古文書の一文を解読しその力を探していたのだが、それに通ずるヒント一つ今まで見つかってはこなかった。しかし、こんなすぐ傍で敵対する者がソレを所有しているとなれば発見したことへの興奮以上に予測できないことへの恐怖が勝ってしまう。

 どんなときでも表情一つ変えないリッパーは久しぶりに冷や汗が顔を流れたことに気が付き苦笑する。

 その力を所有してはいけない男がソレを隠し持っていた……。リッパーは焦りを感じていた。


「だが、まだ不完全?いや……それが完全なのか?」


 彼の入手した古文書の一部には目の前に存在する『厄災』の姿は四ツ目の怪物であると書かれていたが、彼はまだ人の形を残したままだった。何ら人と変わらない四肢を持ち人と同じ見た目である。

 すると少年はこちらに向けて腕を伸ばす、ただ挙げたという動作の一部であったのかもしれないが、その瞬間私の顔面すれすれを衝撃が通り過ぎていった。

 その一瞬の衝撃で背後の瓦礫や建物は跡形もなくなり更地と化した。

 動けなかった……動き一つ見逃すことはなく、何かを行うこともわかっていたが畏怖とでもいうべき強者を相手にすることで感じられる絶望感の広がる沼に足がとられている。

 久しく感じなかったこの緊迫感でリッパーは生を謳歌する。

 もう恐怖はない、ただただ目の前の人間の形をした無表情の怪物と戦いたいという気持ちだけが彼を支配していた。


「貴様の力!ソレがなんなのか詳しく知りたい……!」


 力尽き気絶したメイドを回収しながら未知の力への興奮を抑えることのできないリッパーとは反対に少年はつまらなそうに無表情で再び構える。


「……ッ!?」


 怪物が構えた瞬間、リッパーの体はバラバラに破壊される。いや、破壊されたどころか触れられてすらいない、彼の体は無事であったがそうされたと錯覚するほどに怪物の動き一つ一つには殺意がこもっていた。

 リッパーは急いで怪物から距離を取り身を隠しながら戦うことに専念する。

 怪物の力を知るために戦いたいと思ったのは事実、だが彼はホムラや北大陸の騎士団団長のようなどんな相手とでも正々堂々と正面から戦うような気高き騎士道精神は持ち合わせていない。彼らのように戦闘ジャンキーとは違いリアリストであった彼は自分の能力の限界を理解し、相手の強さに関わらず自分に見合った戦闘スタイル、つまりは今のように敵から姿と気配を消し去った暗殺を得意とするのだ。

 怪物にその姿を見られても気配を再び消せば振り出しに戻ると考えていた。

 けれども彼にとって影となる瓦礫の山のほとんどは怪物の一撃、腕を挙げるという一動作によってなくなってしまった。

 それでもリッパーには勝機がある。

 それはメイドの存在だ。

 怪物は先ほどの攻撃をメイドを担いでいない右側に放った。それが何よりの証拠で恐らくは器であるウッドの無意識のうちの行為であろう。

 一か八か……リッパーは自らの分身を複数生み出し同時に怪物に向けて攻撃をさせる。


『ガッ……ガァア!』


 幸運なことに怪物の動きは鈍重ですべての攻撃がその体に突き刺さる。破壊された分身もソイツの手のひらから放たれた黒い波動によって数人同時であったが、怪物の攻撃手段を知れたことはリッパーにとっては大きな収穫だった。

 そのとき彼の脳裏には勝てるという自信が生まれる。

 破壊された数以上に新たな分身を作り出したリッパーは再び同じ作戦で怪物に攻撃を仕掛ける。さっきと違う点と言えばその分身の中に本体である彼もいるということだろう。現場至上主義者の彼は自らその場に行かなければ納得がいかない性格を持っており、たとえ自分の分身として自分の考えた通りに動く人形でもソレを信用することはできず結局はいつも彼が直接出向き直接下している。

 今回もそれに倣って一番大事な任務を自らに課した。


「行くぞ怪物!」


 遠距離から一斉に攻撃を始めるマネキンと接近戦を始めるマネキン、それにまぎれて接近する本体。

 すべてを敵と認識する怪物と化したウッドは着実に一体一体、そして空中から遠距離攻撃を行うマネキンを同時破壊する。が、どのマネキンよりも知能の高い本体を倒すことはできなかった。

 怪物の一瞬、単調な戦いをつまらないと感じたその瞬間を狙い急速に接近した本体が彼の腹部へ強烈な一撃を放つ。物体を切り裂く一撃は怪物の体を穿ちひるませることができたが、ヤツはひるむことしかなかった。


『ガッ……!ガアァァァァァ!』


 体に大穴をあけられれば通常の人間であれば既に死んでいるはずだが、コイツは怪物だ。空洞となった腹部は徐々に黒い液体が流れだし修復を開始する。

 すぐにカウンターの攻撃が放たれるがリッパーがクロエを抱えていることでその攻撃は不発に終わる。しかし、その衝撃は消しきることはできず空振りではあったが、地面にクレーターが出来上がる程度には強力な一撃だった。

 その衝撃によって発生する煙はリッパーの姿を隠すにはちょうどいい濃さで完全に彼の気配、彼の姿は怪物の視界から消え去っていた。

 怪物は視界を遮る煙を振り払いリッパーの気配を追うのを諦める。諦めるというのは気配を追うことであって探すことを諦めたわけではない、怪物は地面に触れると彼を中心に地面の影が帯状に四方八方伸び始めた。

 物体は必ず影を持つ、生物であれ物体であれ水にだって影は存在する。彼にとってソレを追うのは難しいことではない。

 わずか数秒で怪物から30m以上離れたリッパーであったが、彼の影は完全に消すことはできず怪物の伸ばした影の帯に彼の影が拘束される。


「影……掴まれた?」


 空中で動きが完全に止まってしまったことで自分に何が起きたのか確認を行おうとしたそのときだった。

 リッパーの位置を認識した怪物は地面の影から現れた彼の身長の二倍ほどの高さである死神の鎌を構えると男に目掛けて振り下ろす。

 風を切り裂き、空間を削り取る斬撃は一直線にリッパーがクロエを抱える左半身を完全に分離させ飛び散る男の鮮血が地上を潤した。

 一瞬の出来事で男は自分の左半身を失ったことに気が付かなかった。何が起きたのかと困惑するリッパーであったが世界樹の力によって欠損した体の一部が修復されているところを見て初めて攻撃を受けたことに気が付く。

 心臓のあたりから細い植物の枝のような根のような枝分かれする何かが発光しながら腕の形を形成しながら指先までの骨組みを再生させる。

 彼は世界樹を復活させなければこの怪物によって彼の野望がここで終わってしまっていたことを想像すると失った体の一部の痛みよりそのことへの恐怖の方が勝っていた。

 空から落下するメイドの方は地面に伸びた影を移動し突然姿を現した怪物に抱きかかえられていた。もう怪物には彼女しか映ってはいない、リッパーとの戦いは彼にとっては戦いではなかったのだ。

 リッパーに興味をなくした怪物は彼に背を向け、クロエを抱えながらゆっくりと復活した世界樹のある方角へと歩き始める。


「私に興味をなくした……?違うッ共鳴を始めたのか!?」


 その怪物の歩みと共に島中、それだけでは収まらず大陸中に住まう人間の脳内に響き渡る鈴の音。

 世界中の人間がこのときはじめて同じ行動を起こしたのだ。皆が同じ方角、同じく空を見上げその音の正体を探るが一般人の中で誰一人としてその結論に到達することはできなかった。

 たった一人、彼女を除いてであるが……。


「心地いい鈴の音ね……」

「これはいったい?」

「さあ……?」


 東大陸宮殿内の特科事務所ではモモカが優雅に紅茶を淹れながらこの状況の対応に慌てるウエムラを横目にソファでくつろいでいた。

 偉い人間ができる余裕、仕事を下の人間に押し付けているから焦る必要がないというわけでもなく彼女はどんな時でも余裕がある。


「モモカさん……何を隠しているんですか。宮殿内では連日の予測不能な現象に各部署が混乱しているというのにアナタと議長には余裕が感じられる……!アナタ方は何を知っておられるのです!?」

「落ち着きなさいウエムラ……」

「この状況落ち着ける人間はおかしいですよ」

「大丈夫。今すぐこの世界が終わるわけではないし、終わらせないために先手を打ったのよ」

「先手?まさかホムラは」


 彼女はそのウエムラの口にした予想に対して正解とも不正解とも言わず紅茶の入ったティーカップに唇を触れさせる。

 こんな状況でも焦らない彼女であるが、まだ熱すぎる紅茶は猫舌の彼女を動揺させることができる唯一であった。常に完璧である彼女にはあるまじき、反射的にこぼれ出た情けない小さな「あちっ」という声をウエムラは聞き逃さなかった。


「今回の件といい……先日ここに現れた巨大樹はいったい何なんですか」

「ウエムラ、もしこの世界に正確な情報はないけどなんでも願いを叶えてくれる物があったとき……アナタはその話を笑う人間?それともソレを手に入れるために何かを失う覚悟で近づこうとする愚か者?」

「…………私は正確性のない話をすぐに信じられない人間ですので、まずは情報を集めます」

「じゃあそんな貴方にこの世界で何が起きているか、くらいなら教えてあげる。私たち愚か者たちがそのなんでも願いを叶えてくれる物をめぐって争っている話、をね……」




 その怪物は世界樹の下まで歩き続けた。

 器による行動であるのか、それともこの怪物がそうすべきと判断しているのか今となってはどちらも理解できない状態であったが世界樹に近づかなければいけないということだけは理解している。

 元の不健康とも捉えられるような雪のように白い肌からは程遠い褐色の肌はどういう原理なのか。そして、彼の全身に現れた蛇の痣……それとも刺青であるのか、ソレは何を意味するのか彼はいまだ理解していない。

 歩く度に周囲を舞う白い霊的な何かは彼を中心に楽しそうに舞っていたが、決して彼に近づくことはない。

 世界樹に近づくにつれて鈴の音が激しく強くなり始める。

 クロエを抱える両腕の力を無意識のうちに強めたとき、彼の背後を四方八方に伸びる影の帯が一転に集中し大きな円が現れた。ソレが彼の使う陣、この世界に二つとして存在しない彼だけが使用することのできる特別な結界だ。


『反転結界』


 その結界に反応するように世界樹の輝きは増し、世界を包み込もうとする闇に抵抗するようにも見えた。

 するとその輝きを放つ者は再び意思を持って目覚めることとなる。


―我が眠りを妨げる者、我の目覚めはまだ先である。


 それは世界樹の声であった。

 囁くように眠りを誘う優しい声は怪物の魂を鎮める。しかし、怪物も怪物でありその無限に湧き続ける怒りは世界樹にさえ抑えることはできなかった。

 怪物は世界樹の太い幹に触れると光を吸収し始めた。世界樹の空いっぱいに広がった枝の先、世界樹が実らせた果実や葉からは光と色が失われ、やがて自らの体重を支えることはできず自重によって地に落ち始める。


 世界樹とはこの世界を管理する者、それと同時に彼はこの世界を監視する者である。

 彼は世界の均衡を保ちあるべき未来を創ることが使命であった。そんな中で今目の前に居る怪物はこの世界にとっては異物イレギュラー、それは排除しなければいけない存在である。


 光を吸収する少年、自らの足元に伸びる影法師はやがて実体を持ち地面から這い上がるようにしてその姿を外界にさらす。

 巨人のような巨大な化け狐のような現れたソレは巨大な怪物であった。

 六つに割れた顔の目はそれぞれがバラバラに艶めかしく動かしながら世界を眺め眼下の小さき人間の群衆を島の避難民の塊に向けてすべての視線を向けた。

 突如地面から現れた全長19mの怪物に島の人々は恐怖する。それは島民だけでなく戦うことができる島に到着した特科のメンバーも同じことであった。


「な、なんだアレは……」


 初めて見る怪物に対し恐怖を感じるのはアルトも同じだった。避難民の傍に居る戦闘できる人間というのは彼一人で、特科のホムラとロムは怪物を出現させた張本人であるソラの下へと向かっているのだ。

 そんなときに怪物は一番人の群がるこの場所にすべての目を向けているということは、狙っていると考えて間違いないだろう。

 気配を探知するために残されたジードに視線を向けるが、彼は一番自分が戦闘に不向きであると理解しているため首を横に振る。


「世界樹と怪物……世界の均衡が乱れた?」

「どういうことですか?」


 ソレはお姫様がボソッとつぶやいた独り言であったがどんな情報でも欲しいアルトの耳にはソレが鮮明に聞こえていた。

 びっくりした様子で今の発言に意味はないかもしれないと断りを入れる彼女に対し一歩も引く様子を見せないアルトに彼女は折れて昔父親から聞いた世界樹の話を始める。


 ある時代、ある場所、ある世界そんな物がまだ存在しないそこには『無』と『有』が存在した。

 二つの存在は世界樹によって創られた相反する存在であり互いに反発し合い、そして魅かれ合う存在であった。それが二人、終焉と原初を司る最初の王にしてこの世界の均衡を保つ抑止の守護者である。

 二人の王は互いに争うことで均衡を生み出す存在『神』と『悪魔』を生み出すものの彼らを生み出す過程によってある異物イレギュラーが発生した。

 ソレが■■である。

 怪物は人間に知恵を与え、神に野心を教え、悪魔を欲望に目覚めさせる。

 それが怪物によって引き起こされる二人の王と世界樹の予測していなかった出来事。

 神でも悪魔でも人間でもないソレは怪物と恐れられ二人の王の命令も効かず、絶対の存在である世界樹の管理からも外れた存在であったために二人の王と世界樹は結託しその怪物を討伐を行った。


「所々は小さい記憶でよく覚えていないけど……その存在が世界樹我々の神の天敵で世界樹が現れた時に必ずその怪物の影はあったと言うのだけれど」

「じゃあアレがその怪物だって言うんですか?」

「そ、ソレは私にはまだ判断できないけどアレが違うっていう確証もない……」


 そうこうしているうちに空を閉ざす天井となっていた世界樹の枝葉たちが枯れ始め隠されていた空が姿を現し始めていた。同時に輝きを吸うように成長を続ける怪物の姿は大きくなっているようにも感じる。

 しかし、世界樹によって人間が受けてきた恩恵も世界樹がなくなったことによって発生する問題も未だ未知数なアルトには何をするべきであるのか判断ができなかった。

 今すぐ怪物を倒せばいいのか、それとも世界樹の光をすべて吸収してから倒すのか……もしかしたら怪物には害はないかもしれない。


「あんた!ホムラに連絡できないのか?!俺は何をすればいいんだ!」

「……あの怪物の正体を我々特科の一部の人間は知っている。と、言っても俺やリーダーとロムさんくらいなんだけどね」

「は?何を言っている?」

「あの怪物は新人……つまりはウッドくんだ。俺たちは命令であの怪物、つまりは怪物になったウッドくんを殺すよう命令されてここに来たんだ……どれくらい生き残るかわからないキミたち避難民の命よりも優先される命令だ」


 あの怪物がソラ!?

 頭を抱えるような情報にアルトは実際頭を抱え夢であってほしいと願うがソレは事実であるようだった。しかし、このとき新たな謎が生まれる。

 なぜ特科はこれを予測していたのかだ……。


「なあ、なんであれがウッドだってわかるんだ?」

「俺にもよくわからない……。だけどウチのトップがそう言って、そう命じたんだ」

「本当にアレがウッドだって決まったわけではないだろ?まだアイツはリッパーと戦闘を行っている可能性だってある」

「ならば戦闘の音はどこで聞こえる……?俺の能力は気配を探ることだ。リッパーの気配も彼の気配も消えて新しい『何か』が現れた」


 特科のトップ……モモカの人間性を知るアルトは彼女の命令が特科のメンバーにとっては絶対であるということは理解している。だが、その柔軟性のなさに彼はいつも苛立ちと気味悪さを覚えいつも内心嫌っていた。

 彼が能力を持つのに特科に接触しなかったのはこれが関係している。だから島に何度も訪れたウエムラという男の勧誘を彼はいつも断っていた。

 それに通ずるようにウッドの行動だって不気味さを覚えることがあった……簡単に囮になろうとする人間がこの世界に存在するわけがない。だが、彼は恐怖を知らないわけでもないのに率先して島の人間を逃がすために……いや、他に理由はあったのかもしれないが、囮になることに躊躇がなかった。

 彼は人のために自分の命を投げるような男ではない。


「なぁ……ホムラに連絡をとる手段はあるのか?」

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