第5話 はじめての努力

帰宅した聡は伽耶から借りた本を開く。

最初の方は、将棋の基本的なルールや駒の動かし方について記載があった。


(たるいな)


何となくはルール知っているし、今更読み返す気分にもなれない聡。

困ったら周りの思考を読んで過ごしてきた彼には、説明をしっかりと読むという習慣が致命的に欠けていた。

試しにアプリで将棋を指してみることにする。入門編で設定して対戦開始。


対戦開始。負け。

対戦開始。負け。

対戦開始。負け。


あっさり3連敗したところで聡はスマホを放り投げた。


「やってられるか!」


放り投げられたスマホが非難するかのように通知音を発する。

渋々ながらスマホを拾い通知の内容を確認すると、伽耶からのメッセージが届いていた。


『将棋やってみましたか?』

「ぐっ」


彼女の姿が目に浮かび、硬い文面の裏に隠された緩い内面が思い出される。

仲良くなりたい、彼女をガッカリさせたくない一心で反射的に返信する聡。


『はい、面白いですね』

『それはよかった。もしよければ別の本もお貸ししますね』

『ありがとうございます、嬉しいな』

『では将棋頑張ってくださいね。おやすみなさい』


「やっちまった……」


返信し、頭を抱える聡。


「やるしかないか」


大学に入る時ですら、まともに使ってなかった脳味噌に喝を入れる。

今まで何事にも本気になれなかった男が真剣に将棋を勉強し始める決意を固めた瞬間だった。



それからというもの、聡の生活時間は将棋中心に回ることになった。

人と直接会って将棋を指すことはほとんどなく、ネット将棋での対戦がほとんどだったため思考を読む能力は殆ど役に立たない。


実際のところ、最初はまったく勝てなかった。

しかし、本で勉強し、他の対局を観戦し、実戦をくりかえすうちに少しずつ勝てる様になってくると、聡はだんだんと楽しくなってきていた。


基本的なことを勉強してパターンを学習するだけでも成長していることが実感できる。

思考を読む力で人生を楽してきた聡にとって、今までにない経験だった。

また、伽耶と少し専門的な将棋の話をしたり、対局棋譜をみたりして内容理解できていくことで彼女に近づいていっている感じもしているのも大きかった。


『1級になったの?早いね、すごい!』

『いい先生のおかげだよ』

『私何もしてないよ(笑)神野君頑張ってるもんね。負けてらんないなー』

『いやいや、高木さんだって頑張ってるじゃん。明後日とかイベントに出るんでしょ?』

『あー、そうなの。将棋イベント。多面指しするの緊張するんだけどね』


3か月後くらいにはかなり砕けたメッセージのやり取りができる様になっていた。


が。

付き合うまでにはいたってない。


(何とか進展したい)


聡の将棋に対する想いは燃え盛っているが、種火は下心である。

種火は消えるどころか一層強く燃えているのであった。

面と向かって話をしたい、自分の能力を活用しながら2人の関係を進展させたいと強く思っている。


聡は神に祈りつつ、事前に申し込んでいたイベントサイトの当選確認にアクセスした。

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