第17話 新州公


某日―――早朝、しめやかにウェオブリの城下町を出立する馬車が…その中にはアリエリカとセキの二人だけ、ではこの二人は馬車でどこに向かっていたというのでしょう――――


                それは…


ウェオブリより三里約9k南下したところにあるレイ州に。

では、その理由は―――?

それが、些細な失敗をまるで大事だいじのように仕立てられ、しいてはそれが中央府にいられなくなる事につながってしまい、やむを得ずとして地方に下った…と、言う事なのです。


でも…不思議に思わないですか?


それというのも、確かアリエリカには小さなお供が二人、ついていたはずなのに―――それが、現在はその二人は供にはついてはおらず、その代わり(?)として、この国の侍中じちゅうの一人、セキがついている…と、いうことなのですから。


「申し訳ございません、セキ様。 元々はわたくしの責ですのに、フの重臣であるあなた様を、わたくしとご一緒にさせてしまうなんて…」

「はは―――イヤイヤ、このことはイクたっての頼み、かの地に赴いてもあなた様を知らない顔ばかり―――しかも、あなた様にとっても向こうの顔を知らず―――だろうということで、不肖の私めがわたり役をして差し上げろ…と、こういうことなのです。」

「はぁ…それはそうでしょうけれど―――」

「それよりも、アリエリカ様も、あの小さなお二人から離れてしまって淋しくはありませんか?」

「それは…仕方のないことです。 お使いで出て行ったキリエさんがまだ帰ってきていないので…それで、キリエさんが帰ってきたなら一緒にこちらに向かう―――と。」

「そうでしたか…」


そう―――あの二人の代わりにセキがいたことの背景には、実はこんな裏事情があったのです。


そして馬車に揺られていくこと数時間……


とある奇妙な事実に、二人…いや、は気付かされたのです。


{…おかしい―――}

「(…はい?なにが―――おかしいのです?ジョカリーヌ様。)」

{いや…もうレイ州の州城に着いても、おかしくない頃合なのに―――}


すると―――


「おかしい―――いくら駄馬でも、もう着いてもよい頃合なのに…これ御者、一体どうなっているのだな?」


それは、アリエリカの身に宿るジョカリーヌとセキの、不思議なる見解の一致――――それがもうレイ州の州城にいつ着いてもおかしくない…と、いうことなのですが―――そのことに疑念を抱いたアリエリカが窓外に目をやると…


「(ぅん―――?!)北に…向かっている??」

「な、なんですと?? これ!これは一体どうなっておるのだ?!!我々はレイ州に向かうべく、その進路を南へと向けているのではないのか?!!」

「へ??へぇ―――そうは申されましても~~オラは上からの下知通りに馬を進めているだけでして――――」

「(上からの…)では、その令書を見せてもらえぬか。」

「へぇ~~それはようガンスが…これでガンス。」

「うっ!こ…これは!!」


馬車の窓から外を見たアリエリカは“北”と言ったのです。 その一言に抱いていた疑念は確信に近しいものへと変わり…そして、それを確かめるべくセキは馬車の御者が携えているはずの令書を見せるように促し、それを受け取り、急いで見たそこにはなんと……


          ―――足下ヲ、ガク州ノ公ニ、任ズ―――


{やられたか―――それにしても、アリエリカをうとましいと感じていたとは…存外『先見の明』があると、褒めたほうがよいのかな。}

「(ええっ―――?? それは・・・どういうことなのです?)」

{つまりはね、君はあの連中の策略によって『左遷』された…と、言う事になるんだよ。}


「う~~おのれ…この機をよいことに、とんでもない処に飛ばしおるとは…」

「セキ様?それはどう言う事なのでしょう。」

「…今、我等が向かっている場所は、この国の中でも最も治安が悪いところなのです。 しかも―――ここ数年来、州公も太守も不在で…州牧が総てを取り仕切っていたのですが…」

「まぁ、でも、それでは何も心配すべき事では…」

「実は、その州牧が民より搾取―――しかもカ・ルマとの癒着の疑いも浮上してきておる次第でして…」

「ええっ!!? カ、カ・ルマ??!な…ナゼ―――」


なぜならば、そのガク州がフ国の一番北西に位置し、カ・ルマにも地理的に最も近かったから…


「くぅ―――っ…しかもご丁寧に、カ・ルマ癒着の疑いのある州牧をも監視するように―――と、取り沙汰されておるとは…念入りな。」

「そうですか…でも、上からの下命かめい下命かめいです、逆らうわけには参らないでしょう。」

「いやはや、実に申し訳ございませぬ。 こちらも、てっきりレイ州にくだる事かと思っていましたものを…それを―――よりによってガク州に赴く破目になろうとは、これからご苦労をおかけする事になろうとは思いますが…」


「いや―――そう、気にはしないで戴きたい。 これから私が赴くガク州がセキ殿の言われるように余程荒んでいるようならば、この私が手を加えて元のように瑞々みずみずしい豊饒の地に戻して…いや、変えて御覧にいれますよ。」

「(ジョカリーヌ様―――…)」


「(アリエリカ――――様??)…あなた様がその覚悟でありますなら、最早私如きが申すべくことはありませぬ。」

「いえ、とんでもございません、あなた様にはこれからご助力になっていただかないと。」

「その言葉、有り難く頂戴いたします。」


この時―――アリエリカの口を借りてその決意を語ったのは…なんとジョカリーヌだったのです。

でも、セキにはそんなことは分かろうはずもなく――――しかし、ある疑念と決意が彼の胸中に芽生え始めたのです。


「(この方は実に不思議な方だ…時には何も知らないでいるように装っていたり…それに―――今のように、その決意を述べるにあたってもいにしえの事はとてもお詳しい、それに―――!いつぞやは、私が仁君の信奉者である事も見抜かれた、これはもしや―――取り敢えず今はこの方について行った方が良さそうだ、その上で離反も念頭においておかねば…)」


『離反』とは、ある固定の勢力から“寝返る”ことを意味するものであり、セキがこんな大逸だいそれた事を思いついた背景にも、大国『フ』の腐敗がもうどうにも止まらないところまで来ていた事の、示唆の顕われでもあったのです。


そして、ガク州の州城に着くまでに実はこんなことが…それは、なんとアリエリカが、その途上で乗っている馬車を止めるように要求したのです。


「すまないが、馬車を止めてもらえないだろうか。」

「はぁ?!いや…ですが、しかし―――州城にはまだもう少しありますが…」

「頼む―――」

「はぁ…これ――――御者。」

「へぃーーー」


赴任先のガク州城までにはまだ数里もあるというのに…それをアリエリカは、途中で下車して何かをするつもりなのでしょうか。

でも、それは想像上にかたくなく――――


「セキ殿―――あなたはこのまま、一足先に州城に向かわれて下さい。」

「は??でも…そうしますと、あなた様は…」

「私は―――このまま徒歩かちで直接州城へと赴く。」

「なんと??!徒歩かちで!?それは、また、どうしてで――――」

「私は―――自分の足で、この地を歩き…そして、自分の目で、この地の民達の暮らしがどうあるのか…あらかじめ知っておきたいんだ。 それに―――それこそが州公としての最低限の務め、そうは思わないか?」


これから自分がおさめなければならない土地の実情を宜しく把握するため…それであるためにアリエリカは自分の足で歩いて廻り、それを確かめたい―――と、言ったのです。

それを聞いたセキは――――


「それでは不肖の私めも…」

「いや―――それでは困る。」

「はて―――それはまた、どうしてで?」

「私が、あなたに先に州城に行ってもらいたいのは、事務上の引継ぎの手続きを行ってもらいたいからだ。 この地にて―――見ず知らずの私が行うよりも、永らくフ国にあって重きを成しているあなたが行われたほうが、説得力がありはしないか?」

「はぁーそれはまぁ、そうですなぁ。」

「では、そう言う事で―――」


「あぁ、それでしたらしばしお待ちください。」

「(ぅん?!)何か?」

「ならば、せめてこちらを身にお付けになってください。」

「(これは―――)“州公”の『印綬』…これを?」

「はい、それを今お付けにならなければ、あなた様の要求を受けるわけには参りません。」

「そうか、分かった。 これで、いいかな?」

「はい、大変結構でございます。 それでは、あなた様が到着するまでにはすべからく手続きの方、終わらせておきますので…」

「うん、では―――宜しく頼む。」


この時、セキが言っていた事が理にかなっていたのであれば、アリエリカが言っていた事も理にかなっていたのです。

けれどその前に、このガク州を治めるのが一体誰であるのか―――を、あらかし゜め示しておくため、セキはこの時点からアリエリカに州公の印綬を帯びておくよう、指示をしておいたのです。


そして―――馬車を降り、領内を見回りに歩き出した新州公を、見送る形となってしまったセキ…するとこの馬車の御者から、今までのやり取りについてこんな事が…


「いやぁ―――このたびのここの州公様は、なんとも立派なお考えをお持ちでねぇですか。 オラはジン州の出だけんども、あすこの州公様もよく出来たお方だ…と、そう思っていましたに、この州公様はそれ以上に行動力がおありでねぇですか。」

「ほぅ―――お主でもそう思うか。」

「だぁって、そうでねぇですか…普通、州公様や太守様といやぁ、こんな馬車で領内を見回りするもんなんでしょう?それを―――新しくガク州を治める方は、自分の足でそれをなさろうとしていなさるだ…それが、オラたち民にとってはどんなにありがてぇこったか―――」

「ふむふむ、さもあらん、さもあらん…」


この馬車の御者の言うとおり、事実上地方を治める立場にある者が、その足で領内を見回る…と、言う事は、事例としては非常に稀だったのです。

でも、それをあえてする新ガク州公・アリエリカに、悪い印象など芽生えようはずもなく、評判は上々と言ったところのようです。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


それでは、当のアリエリカは…と、いうと、すでに耕作の終わっている土地の上に立ち、それからおもむろに耕された土を手に取り―――


「…いい土―――かおりもよく、しっとりとしてて…これなら良い作物も沢山に取れるでしょうに…ただ残念な事には―――」

{うん…ここまで見てきただけで、その殆んどが遊ばされているのは非常に残念なことだ。}

「はい…。」

{そうがっかりする事はないよ、お蔭で当面の目標が出来た事だし…ね。}

「はい。」


耕作された土地の一部を手にとり、その土地の確かさを知りうるアリエリカ、この一見いっけんして不思議に思える彼女の行動も、実はアリエリカ自身が以前より土に親しんできていた実績の顕れでもあったことなのです。

ただ―――アリエリカも、ジョカリーヌも言っていたように、彼女達がここまでに来る間に目にしたものとは、耕されながらもそのあとに何の手入れもされていない、いわば“休耕地”が目立つばかり…これでは折角のいい土地も宝の持ち腐れなのでは――――と、半ば嘆いていたのです。


それから―――そうこうしているうちに、この土地を耕していた主(であろうか)が、休憩から戻って来てみると、自分の土地には見知らぬ女性―――アリエリカの姿が…


「おィ、ちょっと、そこのあんた―――オラの畑の上で何をしているだ。」

「これは申し訳ありません、いえ、丁度この辺りを散策していた折に『大変良い土地をお持ちだ…』と、そう思いまして―――それで、ちょっとだけ確かめさせていただいたのです。」

「はぁ~~―――ん…(うん?)いい着物を着ていなさるが…ひょっとするとここの役人なんだか?」

「いえ、違います。 わたくしが、ここのお役人だ…なんて、とてもそんな―――」

「そうかい―――だったのならそこ退いてくんろ。」

「あ、はい―――あの…つかぬ事を伺いますが、ここら一帯を耕されたのはあなたお一人なのですか?!」

「ン~~?!ああ、そうだよ…それにさぁ、オラが兵役で取られてさえなけりゃ、ここもこんなに荒れずにすんだのによ――――それを、お上の方々はなんも分かっちゃくんねェんだ。」

「……。」

「しかも~~さ、兵役や土木作業のような、きつい賦役を課す上に、六割もの祖を税で持っていきやァがる…オラたちに死ね―――ッてェのか?!!」


{な…に―――?!六割??そんなバカな!!}

「(ど、どうされたのです?ジョカリーヌ様。)」

{アリエリカは知らないのか?このフ国のガク州に関わらず、ガルバディア全土においての租税は、その年に獲れた内の全体の二割だということを!!それに、残りの八割に関しても、そこから二割は義倉に…一割を次の年の種籾に…だから実質上、作り手の取り分は獲れた内の半分があるはずなのに―――}


そう、“祖”という税を取り立てるのに、獲れたうちの半分以上を収めていた―――ということを耳にするに及び、ジョカリーヌはとても奇妙に感じていたのです。

それもそのはず、ご自身が統治していた頃には民達の生活が潤うよう、その半分を民達の取り分に決めていたはず―――なのに…そして、それは不変のものになるであろう…と、思っていたのに……

しかし、ここまで巡察してきて、耕作地の半数以上が遊んでいる…その理由がこれならば、非常に由々しき事態であることには変わらないのです。

そこで――――…


「あの、失礼ついででなんだけども、その鍬を貸してもらえないだろうか。」

「はぁあ?!なして~~だ。」

「ナニ、ほんの僅かだけれども私も手伝おう…と、こう言う事なんだよ。」

「はぁ~~ん…そりゃ、かまやしないけれど……」

「ああ、この服が気になるのかい?心配しなくとも手伝うときには脱ぐよ。」

「ふぅ~~ん…まぁ、いいっか。」


なんとアリエリカは、自らこの土地の農耕を手伝う―――と言ったのです。

(それも、自分が新州公であることを伏せたまま)

でも―――元々自分の土地を耕していた民は、その時のアリエリカの身なり服装を見、とてもいぶかしく思ったのです。

それというのも――――普通の散策者にしては、上等の服を着ていたから…そこでアリエリカは、それを払拭させるために上着を脱ぎ、少し動きやすい姿になったところで農耕のお手伝いをしたのです。


「ホホぉ~~へえぇ~~あんた、中々手馴れた手つきでねぇだか。」

「はは―――そう褒められた事じゃあないよ、 私も以前は、土に親しんだことがあるからね。 どれ、もうひとつ…」


「(本当に、手馴れた手つきですこと…)」

{うん?どうかしたのかい、アリエリカ―――}

「(いえ…この方の言われるように、『皇』であられたあなた様がこんなにも農耕作が上手―――だなんて…)」

{おや、言わなかったかい?以前にも土に親しんだ事がある―――って。}

「(ええっ?で、でも…あれは、わたくしの事を言ってらしたのでは?)」

{そうか、アリエリカは知らなかったんだね。 実をいうとね、ナニを隠そう私もシャクラディアの城で自分なりに農耕作を愉しんでいたんだよ。}

「(えっ?!それは、本当なのです??)」

{こんな事を嘘吐いても何にもならないよ、まぁ…そのお蔭で周りの官達からは白い目で見られたりはしたけれども…ね。}


そう…その時、実際にこの土地の耕作をしていたのはいにしえの皇であったジョカリーヌだったのです。

が―――これが宜しく上手だったみたいで、この土地の農民やアリエリカをも驚かせたようです。

しかも、アリエリカからの問いかけにも『以前にも土に親しんでいた』―――とは…そう、このお方こそ『物を作る悦び』を知っていたのです。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


それからしばらくして――――ガク州城に到着したアリエリカは…


「どうも申し訳ございません、予定より大幅に遅れてしまいました。」

「あっ!?アリエリカ殿…どうなされたのです、全身が泥だらけになられて。」

「いえ―――あの…その…実は、この地がどうなのかを巡察していました折に、誤って転んでしまいまして…ちょっとはしたないところをお見せして、申し訳ありません。」

「はぁ―――そうでしたか…(うんっ??この方の―――手の爪に土が?ただ転んだだけなら、あのようなところには土は入り込まないはずなのだが…まさか―――?)」


ご覧のように、農耕作を手伝っていたお蔭でアリエリカは土まみれ、しかしアリエリカはそのことを言わなかっただけでなく、自分の不注意でこうなってしまった―――と、言ったのです。

でもセキは、アリエリカの手の爪を見るに及び、それは嘘なのでは―――と、思っていたのです。


それはまぁそれとして――――今は十分に身なりを整え、州の役人達と初顔合わせをする『新・ガク州公』としてのアリエリカ…


「この度―――新たにここ、ガク州の州公に任ぜられたアリエリカ=ラー=ガラドリエルと申し上げる者です。 以後、宜しくお願い致します。。」


「それはそうと―――新州公におかれては、予定の時刻に遅れただけでなく何でも聞くところによると州城まで徒歩かちで来なされた――――と?」

「なんと――――」

「それであの馬車にセキ様しか乗っておられなんだのか―――」

「なにを考えておるのやら――――」


         ―――ザワザワ…わいわい・がやがや―――


「それは、本当の事です。 わたくしは、この地に赴任するに際し、ここに住まう民達の暮らしの実情がどうあるのか―――それを前もって知っておく必要があると思い、敢えて徒歩かちでここまで来たのです。 そして―――実情を知るに及び、とても残念に思ったことも、また事実でございます。 あんなにも…よい土をお持ちなのに――――ここの田畑はその半分が死んでいるではございませんか?!それに…民の一人に、この州での税制がどうあるかも聞いて参りました。」


「えっ――――?!!」

「な、なにっ――――?!!」


…ガク州の税制?!」


「(…)セキ殿、今、都・ウェオブリのあるチ州での税率がどの程度か知っておいでか。」

「ナニを申されるやら…チ州に及ばず、他の州―――いや、この大陸においてその率は古えより不変のものだと思いますが?」

「では―――収穫分の二割…と言う事だな?」

「はい―――それはもう間違いなく。」

「本当に―――その率の分だけ、税を取り立てているの…だな?」

「…はぁ??」

「まぁ、それはいいとして。 私が実際にその民の口から聞いたのは、収穫分の六割――――だ、そうだが…」

「な、なんですと―――それは??」

「ああ―――紛れもない事実だ。」

「む、むむぅ~~だとしたなら、アリエリカ殿が言われおいた『この土地の半分が死んでいる』というのも合点がいく…これ―――州司農、これはどういう事なのか、端的に説明してもらおうか。」

「は――――ははぁ…」

「まァ―――セキ殿…」

「アリエリカ殿?」

「それより、これから州の蔵の点検に、私自ら入る。 案内していただけまいか―――」

「(ぐ・ぅぅ…)か―――かしこまって…」


ガク州の事実上の施政官になったのに、馬車にも乗らず州城までを徒歩かちで来た…という、就任当初から痛いところを突かれたアリエリカなのですが、でも、それ以上の事実を突きつけ州官たちを黙らせたのです。

そしてそのことは、ごく自然と侍中じちゅうであるセキの耳にも届き、『なんとも怪しからん事―――』と、思いつつも、このときのアリエリカの問いかけに疑問も残りはしたのです。


なぜならば―――自分自身の目で、それを実際に確かめたことはないから…


そしてこの州の、苛酷な税の取立てを知るに及びセキは官の一人を厳しく問い質そうとしたのです―――が、アリエリカは逆にそれを遮り、実際に租税が納められているであろうこの州の蔵の点検を実施する―――と、明言したのです。


そう…これから動かぬ証拠を押さえるために―――


そして、州の蔵を点検するに及び、事実が露わとなってしまったのです。


「こっ―――これは!!こんなにも溜め込んでおるとは…これっ―――州司農!!」

「ひ―――ひいいっ!」

「まァまぁ…セキ殿。 それより、随分と前から溜め込んでいるようだが…古いものでどれくらい前からのがあるんだ?」

「えっ―――えぇぇ…それは――――」

「:何も怒りはしないから―――正直に答えてくれないか。」

「は・はぁぁ―――4・5年前のモノになるか…と。」

「ナニ??そんなにも前から―――?!!」

「セキ殿…そうか―――しかしそんなにも前なら貯蔵しているのにも限界があるだろう。 セキ殿、そういえば―――確か今年のクー・ナからの搬送分は私の不手際によって反故になっていたのでしたな。」

「はぁ―――確かにそうでしたな…」

「では、これでその埋め合わせをさせて頂こう、とても古いもので申し訳が立たないが、飢えてしまうよりかは幾分かマシだろう―――と、いうことで、これら全部をウェオブリへと廻してもらえないだろうか。」

「えぇっ??4・5年前のを…ですか??」

「ああそうだ―――それに、3年前からのやそれらに批准するのを民達に開放してあげよう。」

「えっ??た、民達にも…ですか?!」

「うん―――それから、これより二年間は税の徴集はしないよう、高札を立てておくように。」

「に―――二年??…も、税を取らないとでも??」

「その通りだ―――見なさいセキ殿、二年間税を取り立てずともここの蔵にはそれに有り余るほどの量がある―――そうは思わないか。」

「む、むうぅ~~―――確かに言われてみれば…しかし、義倉の方は?」

「あれは、飢饉や蔵の備蓄が足りなくなったときに開くべきだ、ここの本蔵にこれだけの量があるのならそれは意味を成していない――――が、万が一の事を想定して今回はそちらには手をつけないでおこう。」


「はぁ~~…」

「うん?これ―――聞いていたのか?!」

「は…はい。」


そこには、五年も前から厳しく税を取り立てていた実情があったのです。

その事実を前にセキは官の一人を叱責するのですが、そこをアリエリカがセキをなだめ、その上である断を下したのです。

それは…備蓄しすぎているモノの開放―――

以前、自分の不手際によりあることが中止になった、その埋め合わせや領民達にすべからく糧食がいきわたるようにしたのです。

しかも、それでいてもまだ有り余る量に、またもアリエリカはあることを…それが二年間の税の免除―――と、いうこと…そのことにセキは反発をしてはみるものの、この州の蔵の実情を知ってしまった今となっては納得せざるを得ないところのようです。


そして、さらには―――


「ああ―――それから、二割の兵役の削減を申し出たいのだが、どうだろう。」

「へ、兵を二割も―――削減?しかしどうして…ここはラー・ジャやカ・ルマにも程近いのですぞ?!それにあやつらが、アリエリカ殿をここに飛ばしたのにも体よく防壁にするために…」

「そんなことは、分かっている―――」

「なら、どうして―――」

「兵も元々は民だ、それに兵役とは外敵から民を宜しく護るためのもの…またその逆も然り―――だ、他の国の兵にしろ、自国を護る兵にしろ―――人間同士が傷つけあうのは、実に愚かしいこと…だけども、それなくしてはどこぞの小国のように蹂躙されてしまうのも明白なことだ―――…」

「アリエリカ殿…様。」

「よいか―――あなた方にもよく肝に銘じてもらいたい。 私は人間同士が傷つけあうのは最も愚かしいことだと考えている、ならば争いごとを行うよりも先に話し合いをして双方に分かり合ってもらいたいんだ。 よく話し合いをして―――それでも折り合いがつかない場合は武力をも辞さない…そう考えている、だから私が武力を行使するときは最悪最後の手段…と、そう捉えてはくれないか。」


驚くべきことには―――兵役に就いている、実に二割の者の除隊命令だったのです。

でも、これは必要最低限の防壁になりうるための最低限度の兵力である…と、アリエリカはそう公示しておき、しかし、その上で渉外を第一とし、それでも相手方が退かない場合での武力の行使を念頭にあげておいたのです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

XANADO はじかみ @nirvana_2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ