第16話 陥穽

それは…余りに突飛で、誰もがそう思わざるを得ない出来事でした。


「えぇえ~~っ?!な、なんですってぇ?」「そ…そいつは本気なんですかい、頭領!」

「本気も、何もこれは妾自身が決めおいたことじゃ。」

「し…しかし、オレ達の唯一の拠り所を…」「おぉよ―――それにギルドが解体されりゃあ、明日からどうやって食っていきゃあ…」

「その事なら心配無用じゃ、うぬらの受け入れ先もとうに決めておる。」

「は―――?」「へ―――?」「そ…そいつは一体どこなんで?」

「それは…の―――」


そう、アリエリカが彼の国にて不当な処遇に遭っているとの報を聞いたアルディアナは、既に次の日にはギルドに所属している全盗賊たちを集め近日中にはこの組織を解体するとの旨を述べたのです。

―――が、やはり…と、いうべきか、その反発も少なからずあったようです。

そこでアルディアナは、この者達に一つの提案をしてみたのです。


「え゛っ?!ええ~~っ?!」「フ国?」「あのっ―――『中華』の国の事ッすよねえ?!」

「ああそうじゃ、どうじゃな?驚いたであろう。」

「お…驚いたもなんも―――」「あぁんな気位の高いとこが―――オレ等みたいなのを?」「受け入れてくれる…の、か?」「い…いや、前科まえが割れて縛り首になるんじゃ…」


            ―――わぃわぃ・がやがや―――


この組織、ギルドにいる全盗賊の『フ国参入』―――その事に驚きもし、また自分の生命を危ぶむ声…このようにアルディアナが出した案は彼らの間では賛否両論だったのです。

そこで――――


「ナニ、うぬらが心配しておるようなことは微塵ほどにも起こりはせぬ。 それにあすこには妾と顔見知りも幾人かおるでな…妾と共に来るというのなら前科まえなどもみ消してくれるよう頼んでやっても構わぬぞ。」

「え゛え゛え゛…」「まじぇ~~?」「そ…それより、頭領…あんたって一体――――」

「妾から言い置く『火急の用』とは以上じゃ…ここから先はうぬら自身で考えて決めよ。 妾と共にフへと来るもよし―――このまましんから盗賊に成り果てるも、またよし―――」

「お…おい、どうする?」「あ…ああ――――」「オ…オレ、頭領についていこうかなァ…」「でも、盗み癖かついちまってるからなァ…」

「ああそれから一ついい忘れておったが、次に妾と顔を合わせた時には覚悟をしておくようにな。」

「は――――?」「どういう事?」

「ナニ―――これは今後も盗賊家業を続けていく者に対してじゃよ、夜道で遭うにしろ、賊の“掃討戦”で出会うにせよ、次に遭うときには容赦はせぬから…な。」


フ国の上層部と面識のある盗賊共の頭領?

この、彼女の隠されたる一面に少なからずの動揺が見て取れる盗賊達に、釘をさすようなアルディアナの一言…またそれに背筋を凍らせてしまうギルドの盗賊達―――

そしてそのあとで―――


「(…)何か、言いたげじゃなシオン。」

「はあ…しかし、何もあそこまで言う必要が―――」

「あった―――次にまみえた瞬間とき、妾が言い置いた状況になるやも知れぬ。 その時にそれ相応の覚悟をしておいてもらってくれねば――――な。」

「はぁ…そうですか―――では、私は自分の荷をまとめますので失礼いたします。」


この時、シオンはなぜかしらあの言葉はアルディアナが自分自身に戒めていたものではなかったかと、感じていたのです。

もし―――あの時のげんの通りの状況下となった時、実はアルディアナ自身が情に流されてしまい、盗賊たち相手に剣を振るえなくなるのではないか―――それを自問自答していたのが口に出たのでは…と、思っていたのです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それはそうと―――こちら、フ国のアリエリカは――――


「ああっ、ああ…も、申し訳ございません。」

「あ―――ああ~~いや、気にする事はない、気にする事はないよ…つ、次を気をつけてくれれば~~」(はぁう)

「ど、どうも申し訳ありません―――」(しょぼん)

「それより、これを関係省庁に渡しておいてくれんか。」

「はい、かしこまりました。」


なんとも、派手な音と共に爆ぜ砕けた磁気の器…どうやらアリエリカが手を滑らせてしまい落として割ってしまったようです。

しかしイクはそれを咎める様子でもなく、次を気をつければ~~とは……

それよりもアリエリカが関係省庁―――主に法令を制定する処に使いに行く最中に…


「{なぁ、アリエリカ?あれで…何枚目だったのかな?}

(はぁ…五枚目―――で、ございます。)

{そうか…五枚―――はあぁ~なんてことだ、君も私と同じくしてだなんて…似なくていいようなところまで似てしまっているんだな。}

(はぁ?な、なんでしょうって、ま、まぁ確かにそれはと申すべきなのではありましょうけれど…)

{あぁ―――いや、そのじゃなくて『破磁』、またを“陶磁器を破る者”の事なんだよ。}

(陶磁器を…破る、ですか?)

{そう、それよりアリエリカ―――君も不思議に思わなかったかい?}

(えっ?なにを…でしょう?)

{君だけ、なぜかしら壊れにくい樹の器だった―――って事がだよ。}

(……あっ!い、言われてみれば!)

{それとね、その『破磁』の言葉の由来となった者って誰だと思う?}

(えっ?この言葉の由来となった者…ですか?さぁ…どなたなのでしょう?)

{何を隠そう、私の事なんだ。}

(え―――ええっ?!ジ…ジョカリーヌ様が…ですか?)

{そう―――私が触れてしまった、こういった壊れ易い物は皆ことごとくに形を失くしてしまってね…そこで付けられてしまった仇名が『破磁』というわけなんだ。}」


そう…いにしえの皇にあった、たった一つの欠点がこれだったのです。

しかもその難癖といっていいものを時限ときを隔てたアリエリカが受け継いでしまっているとは、なんと言う皮肉もあったものでしょうか。


        * * * * * * * * * *


しかし―――この『お使い』の最中さなかに一事件が起きてしまったのです。


「あぁっ…す、すみません、よく注意していなかったもので…あぁっ!あなた様は―――」

「『よく注意していなかったから』―――じゃと?うぬはワザとにぶつかってきて妾に恥をかかせてやろう…そう思ったのであろうが!」

「そ―――そんな、とんでもございません、ナゼにわたくしがそのような事を…」

「ふん―――よく言うわ、これからクー・ナの使者と大事な会合をせねばならぬものを…それを、裾が汚れたままでどうして出られようか!」

「も…申し訳次第も…ございません。」

「ええい―――目障りじゃ!さっさと妾の目の前から退かっしゃいっ!」


そう…なんと宮城の通路の曲がり角でアリエリカと王后リジュとが鉢合わせ…しかもその時王后の持っていた真鍮製の容器まで落ちてしまい、その中身(おそらくはお茶)がこぼれてリジュの着物の裾を汚してしまったようなのです。

そこで、日頃からアリエリカの事をよろしく思っていなかった王后は、ここぞとばかりにわめき立て、その上アリエリカを蹴飛ばしてその場を去り、自分の部屋に戻ったのです。


「――――…。」

{仕方がない…今のは、君が悪かったな。}

「……はい。」

{そう気にする事はないさ…次を気をつけよう。}

「………はい。」


―――――が、しかし悪いことは続くもので、その出来事があった日より数日間隔てたある日の事、なにやらここの女官達がこそこそと話しているのを見たアリエリカは…


「~~~―――だったんだってさ…」(ぼそ) 「まァ…本当に?」(ぼそ) 「この事が禍いにならなければいいのだけれど―――」(ぼそ) 「あらっ―――噂をすれば~~~よ。」(ぼそ)


「あの―――皆さんで集まって何を話し合っておられるのでしょう?」


「いえ…さて私はこれで――――」(そそくさ) 「では、私も――――」(そそくさ) 「やだやだ怖い怖い、何も知らない~と、言う事は…」(そそくさ)


まるで腫れ物にでも触るかのようにアリエリカを避け、そして何かをささやきあい去っていく女官達、このことに首をかしげるアリエリカなのですが、次にセキに会った時に彼女達がナニをささやきあっていたのか分かったのです。


「アリエリカ様――――」

「あぁ、これはセキ様…どうかなされたのでしょうか?」

「はぁ―――実はちょっと…イクのところまで私と共に来て欲しいのですが。」

「宰相であるイク様のところへ?それは構いませんが…でも、どうして―――?」

「それは、来て頂かれれば分かることです。」


この国での唯一の味方と言っても過言ではないセキのこの言葉に、少々戸惑いながらもこの国の宰相であるイクの部屋まで赴いたアリエリカ、するとそこで―――


「アリエリカでございます―――あの、どうかなされたのでしょうか。」

「(…)すまんな、アリエリカ殿。 実はな…覚えておろう、ワシがそなたを使いにやらせた日の事を、その途上で何がござった。」

「わたくしと…王后様が鉢合わせになってしまって―――でも、悪いのはわたくしのほうなのです、それをどうしてイク様がすまないなどと…」

「なるほど、そうか――――そう言う事だろうとは思ってはいたが…いや実はな、リジュが汚れた着物から着替えるのに手間取りおって、その時丁度見えておったクー・ナの使者をいたく怒らせてしまってな、その時に決めておかねばならない今年下半期の穀物の取り引きの量と相場を反故にしてしまいおったのじゃよ。」

「え―――そんなことが…」

「しかもその理由の如何いかんを問うてみれば、総てはそなたの所為だとぬかしおる、だがワシはそのようなことはない―――とくまで突っぱねたら、今度は女官にまでそのことを言いふらしおったのだ。」


{なんと…用意周到な―――}

「……。」


「しかも、まださらに王后の言われるのには『田舎娘を官に据え置くからこのようなことになるのじゃ』とのたまう始末で…」

「そこで―――そなたには真にもって申し訳ないのだが、今の官位を剥ぎ地方の州公として出直してもらうことで折り合いをつかせたのだ。」

「お気を、悪くなされるな…これでも首を縦に振らぬ者を、譲歩に譲歩をさせて得られた結果なのですから。」

「いえ…とんでもございません、わたくしが知らないところでそのようなことがおありでしたとは…本来ならばわたくしのほうが謝らねばならないことなのに、それをイク様やセキ様にまでご迷惑をおかけする事になるなんて…わたくしは、なんと申し開きをしてよいやら…言葉知らずで真に申し訳ございません。」


セキやイクから事の顛末を聞かされ、その時に自分がやらかしてしまった事の重大さにその責を痛感するアリエリカ、しかしこのままでは下の官吏達に示しがつかないため、現在いまの官職を落とすことで一応の決着を見ようとしていたのです。


「ところで―――『地方の』と仰っていましたが、一体どこの州なのでしょう。」

「そこは一向に心配するには及ばない。 ここウェオブリよりそう遠くない『レイ州』じゃ。」


アリエリカの新たなる任地は、フ国の都であるウェオブリがある州『チ州』よりそう遠くなく、治安も比較的安定している『レイ州』、しかしアリエリカは…いや―――フ国に巣食っている“蟲”に抗っている者達は知らなかったのです。、アリエリカが真に赴こうとしている任地の事を―――


         * * * * * * * * * *

  

それはさておき――― 一方のこちらギルドに於いても、フ国に移る…と言う計画の最中さなかに―――突如にして鳴り響いた、天を揺るがすかのような大音響、またそれと共に…


「う…うわぁぁ~~!」 「な、なんだあぁ~~?ど、どーしてこんなところに~~」 「たあっ―――助けてくれえぇ~~!」 「か、怪獣だアぁ~~!!」


この近辺では聞かれない魔獣・グリフォンのけたたましい咆哮、またその怪異なる姿を見て逃げ惑う盗賊たちやこの街の住人…


「ご注進―――!」

「どうしたというのじゃ、シオン!」

「そ、それが…北門が何者かに襲撃され奪取、またそれに伴いゴブリンやグレムリン、ミノタウロスなどの魔物と―――」

「ナニ―――?!」

「それに併せ、カ・ルマの軍旗が翻っている模様です!」

「なんじゃと―――カ・ルマ?!じゃが…しかし、この騒動はいかがしたことか!」

「そ―――それが信じたくはないのですが、数匹のグリフォンまでもがここを強襲している模様なのです!」

「な…に!?グ、グリフォンが?(それに…ゴブリンやグレムリン?なぜに魔物がカ・ルマにくみしておるというのじゃ…)」

「公主様―――ここは最早長くは持ちません、今のうちにここをお棄てになられて落ち延びて下さいっ!」

「(…)じゃが、他の者はいまだにここから出られていないのであろうが―――」

「公主様――――」

「そんな―――そんな配下の者達を見棄てて妾だけ生を拾う事などできぬ!そのようなことをして次に姫君にどの面を下げて会ってよいやも妾は知らぬ!どうせ負け戦ならばせめてもの死に花を咲かせて見せてくれるわ!!」


忠実なる部下であるシオンから事の詳細を耳にし、今この地に何が起こっているのかを知るアルディアナ、そう…魔物に魔獣たちがひしめき合っている中にあってひるがえっているカ・ルマの軍旗が如実にそのことを物語っていたのです。

そのことに憂慮を浮かべ、せめて主だけでも逃がそうとするシオンなのですが…まずは第一に己の保身よりも配下の者達の事を心配してやれるとは……


いや――――それよりも――――


「シオン――――妾はこれより有志の者を募って迎撃に当たる!」

「ハハッ―――なれば不肖の私めも…」

「いや―――そなたはここから脱し、ヴェルノアにおる者にこの事を伝えるのじゃ。」

「え―――で、では、私だけ逃げよと仰せで…?い、いやでございます―――!アルディアナ様でさえそうはなされないのに、ナゼに私にだけそれが出来ましょうか―――!」

「よいか、シオン―――勘違いをするではないぞ、そなたを一旦故国に戻すというのはそれなりの理由があるからじゃ…そなたはアルル・ハイムの城に戻り次第すぐに一軍を率いて北上せよ…」

「し――――しかし、それでは…」

「関の事は案ずるな、妾が持つ―――――を掲げればすんなりと通してくれよう。」

「こ――――これは!アルディアナ様!これはあなた様がお持ちでならなければいけない『公主の印綬』ではありませんか!どうしてこんな大事…(はっ!)ま…まさか―――アルディアナ様、お死にになるおつもりなのでは…」

「冗談を申すものではない、妾はあの姫君と共に生くるを選択したのじゃ…それがナゼにこのようなところで―――してやこんな事で約束を違えられようか!」

「ア―――アルディアナ…様ァ。」

「そのような表情かおをするでないシオン、それではまるで妾が死地に赴くようではないか、しかし心配するではない、どのようなことがあろうと妾はきっと生き続けて見せようぞ。」


アルディアナは――――シオンにそう微笑んで言い聞かせてみてはいたものの、不思議とその瞳は笑ってはいなかった―――少なくともシオンにはそう感じぜずにはいられなかったのです。

けれどそのことはまさにアルディアナが『死を覚悟していた』事のあらわれであり、いくら腹心といえどシオンがいさめたところでかたくなままであったのです。


そんなことより――――自身の白銀の鎧に身を包んだ女頭領アルディアナは…


「聞けぃ―――――!不埒ながらも、この夜ノ街を侵そうという者がおるようじゃが…うぬらはそれでよいのか?!盗賊が、そうでない者に自分の居場所を掠め奪られようとしておるのじゃぞ!」


「あんだってぇえ~~?」 「どこのどいつだ!んなバカげたことを考え付くヤローは」 「他人様ひとさまのモノをっていいのは、オレ達の専売特許だぜぇ~~?」 「おぉよ―――それを…逆にオレ達のモノを盗るだとぉ~~?」 「オツム…ちぃとばかし足りないんじゃねぇのかい、そいつ等。」


「(フ…)その通りじゃ―――ここは妾達の街、そこを略奪しようという不逞のやつばらに思い知らしめてやろうではないか!」


「オぉ―――――っ!」 「そうだ、そうだ―――――っ!!」 「頭領、オレはあんたについていくぜ―――――ッ!」


「よし…ならば己が武器を手に取れ!奴等に一泡吹かせてやるのじゃ~~っ!!」


             おぉ――――――っ!!!


今、夜ノ街に起こっていることを包み隠さず盗賊たちに伝える頭領アルディアナ…そしてその事を聞き、一部には動揺が見て取れるもののアルディアナの『激励』により士気を奮い立たせる盗賊たち…これにより、『徒党』から『軍団』となったこの集団は一丸となってカ・ルマの軍と当たる模様です。


         * * * * * * * * * *


その一方―――夜ノ街から遥か南、サ・ライのシャルナよりこの地に向かっていたキリエは…丁度この時―――そう、夜ノ街が強襲されている最中さなかに自分が出しているお店『キリエ堂』から出ようとしていたところだったのです。


「(なに…?この地鳴りは―――)―――あれはグリフォン!どうして魔獣がこのようなところに…もしかして―――行ってみよう。」


そう、かの魔獣グリフォンがこの地にいることを知り、ある予感がしたキリエ…そして急ぎその場所まで駆け付けてみれば―――魔獣、魔物、人間が入り乱れ蹂躙のしほうだい…物云わぬ親や子、伴侶の名を必死になって叫ぶ戦争弱者達―――せ返るような血の臭い―――まさしくの阿鼻叫喚の修羅場がそこには存在していたのです。

しかも――――大事な人を亡くしてしまい、打ちひしがれている者達に対しても、その剣で血の雨を降らせようとしたのですが…なぜか、その剣は、二度と弱者に対して振るわれることはなかったのです。


            ――――なぜならば――――


その剣を振るっていたカ・ルマの兵士は、どういったわけか近くにあった壁に貼り付いたまま――――『凍結死』していたのですから。


「大丈夫?立てるかしら。」

「え―――?は、はい…」

「それよりも、一刻も早くこの街から離れて逃げてください。」

「えっ―――で、でもあんたは…」

「私なら、大丈夫です―――あるお方とのお約束がありますから…こんなところで死んでしまうわけには行きません。 それよりも、さ――――早く…」


夫と子供を同時に亡くしてしまった女性が頭をもたげた時に、そこにいたのはキリエでした。

それからキリエはその女性に対しこう言ったのです、『一刻も早く逃げるように』…と、そして比較的手薄な南門から街の住人達を逃がしたキリエ…


  もう――――

      誰もいなくなった、この場所で――――

                        本来の彼女が――――


          目覚めようとしていたのです…


しかし、ここに逃げ遅れてしまったのでしょうか…一人の子供が取り残されてしまっていたのです。

それを目聡めざとく見つけ、襲いかかろうとする魔物グレムリン――――

けれどグレムリンの魔手が逃げ遅れた子供に届くより先に、別の何者かがグレムリンを襲ったのです。

その…魔なる者を襲った存在こそ―――この怪異なる者達よりも、さらに怪異な存在…

い伝えによるならば、現在よりも遥か太古の昔に伝説上の『皇』の勢力に加担し―――その勢力に抗ってきた勢力をことごとくに滅殺してきたという…


      ―――青緑色の鱗をもつ竜と同化している存在――――


またその鎧兜も、往時おうじや現在に見られるような形容かたちではなく、その奇抜なまでの形態フォルムたぐまれで例を見ないかのような近未来的なモノ――――そして常にそのかいなたずさえたるは『凍結てつきの画戟』と呼ばれたる武器。

そう、その存在こそが―――『竜眷属ハイランダー』…


≪何をしている―――早くここから退きなさい。≫


しかし未だにそのあぎとに遺るグレムリンのかいなが見えているからなのか…それとも今までにも目にしたことのない甲冑をその存在が着ていたからなのか…また、この街を襲っている魔物たちよりも怪異なる存在が『人語』を解し、操っているからなのか…そのヘルメットのシールドより覗いて見える爛々らんらんと洸る瞳がその存在の怒りを反映しているからなのか…その子供はその場を動けなかったのです。

しかしそうしている間にも侵略者達はわらわらと集まりだし、自分達とその存在意義を同じうする者が仲間をくらっていることに対し憤慨し始めたのです。

そして侵略者達は自分達の憤慨をその竜に向け、一斉攻撃を仕掛けたのですが…どうしてかその昔より自分たちと同じ存在を討ち平らげてきた者に敵う道理がありますでしょうか。


              ウォオオオーーーーー


≪ハウリング・ハザード≫―――またを『凍結を招く雄叫び』と呼ばれるこの竜の咆哮は、ただそれだけで『麻痺』『混乱』『士気低下』を招くだけでなく、『凍結』の耐性の低い者達を瞬時にして凍らせてしまう畏るるべきモノ…

そう…今、この者達を襲おうとしていた魔物達は、その竜の咆哮一つにより即座に凍らされてしまったのです。


そして――――その竜の騎士が未だに動けないでいる子供を見ると…


≪さぁ、もう大丈―――(うん?)成る程…足に傷を負ってしまっていたのね、ちょっと待ってて―――さ…これを傷に当ててごらんなさい。≫

「え…こ、これ―――鱗?これ…を?」

≪ええそうよ、しばらくかかると思うけど私の鱗はその傷を塞いでくれるはずよ。≫

「……ありがとぅ。」

≪どういたしまして―――それより、鱗を貼り終わったら皆のところに行くから、こっちにいらっしゃい。≫


そう…その子供は余りもの恐怖で動けなかったのではなく、足を負傷していたのです。 それを見た蒼の竜の騎士は、自分の体の一部である鱗を一枚剥ぎ取り、それで傷を癒すように説いたのです。

そこで―――その子供は感じたのです…今ここを襲っている者達よりも、怪異の姿をしているのに…またその顔の殆んどを蒼碧色のシールドで覆って表情とかが分かり辛くあるのに…その時微笑んでいた唇を見て、実は竜の騎士が心優しい存在ではないのかと思うようになったのです。


そして――――その子供を小脇に抱え、竜の騎士が一跳躍して着地ついた場所、それは竜の騎士自身が住民達にここから逃げるように指示した場所―――南門だったのでしたが…


≪さぁついたわ…よ――――(うっ!)≫

「うん、ありがとう…ああっ!」


残念な事に、そこには生きている者はただの一人としていなかったのです―――なぜならば…


≪な…なんという事を―――『待ち伏せ』とは!≫


そう―――わざと南門の手勢だけを手薄にしておき、そこから逃げる者を片っ端から殺傷する…そのことは兵法の中でも初歩の一つだったのです。


≪そ、それより…己らよく見てみればカ・ルマにくみしおる人間ヒューマン!ゆ、赦さんっ―――私は断じて赦さぬぞ―――!≫

「はん―――ッ赦さないんだったらどうだってぇンだ…それに、お前みたいな化生がたった一匹で何が出来るか!バカめが!」

≪そうか…己らやはり心の底から腐りきっているようだな、よかろう―――!己ら全員我が画戟の錆にしてくれよう!≫


敵の計略にかかり多くの弱者たちに対して申し開きの出来ないことをしてしまった竜の騎士は、この計略がカ・ルマ軍のものであることを知るとその怒りの度合いを増していったのです、しかしその前に一足おくれで助けあげた小さな生き残りを、自分たちの戦闘の巻き添えで亡くさないよう物陰に…街の門の影に隠れるように促したのです。


「フン――――バカが、我らと共に来れば、人間など好きなだけ弑せようものを。」

≪(ジロ…)己らのようなヒューマンクズしぃしてよいという断ならば、すでに我が主より下っている…見ておれよ――――楽には殺しはせんぞ!!≫

「な―――なんだと?オレ達の事をクズ…だと?! ぐぬぅ~~―――キサマぁぁ!」

≪悪いが――――それ以上は聞く耳を持たぬ!!≫


≪フロスト・ヴェイト≫またを『躍動せし、凍てつきの閃光』と呼ばれるこの技は、竜の騎士自身が醸し出したる凍気をたった一点に集約し、そしてそれと共に突進をすると、敵全体及びフィールド上が一気に凍結…その後に画戟で総てを粉砕してしまう畏るべき技。


しかし―――この畏るべき技で、その場にいた敵全部を蹴散らしていくのですが…相手もる者、それ以上のある事をして、この竜の騎士に意趣返しをしてきたのです。 では、その“ある事”とは?


≪う・ぐっ―――…≫


多寡たかが、人間如きに―――それも、カ・ルマに組する者に屈せられようはずはないのに…竜の騎士ハイランダーは、不覚にも彼らの攻撃を受け、その膝を折ってしまったのです。


               ナゼ―――?


当時ある製鉄技術では、その蒼穹の甲冑を貫ける存在モノは、あろうはずがないのに…


              何故―――??


でも、そのハイランダーの背には、飛杖の先に括りつけられた、あるモノが存在していたのです。

それはなんと―――


≪痛ッ―――!…こ、これは!『ドラゴンスレイヤー』!!な…何故に、わが身に唯一あだなせるこの武器を、キサマらが…≫


「ふっふふふ――――存外に効くものよ、なぁ。」


≪ナニ?キサマ…何者?!≫

「(ダイン;その狡猾たる頭脳は随一)ふっふっふ――――この度、この軍(いくさ)の軍酒祭謀ぐんしゅさいぼうを預かる、ダインと申す。」

≪ナニ?!軍酒祭謀ぐんしゅさいぼう?すると、この計略はキサマが…≫

「だ――――としたならぁ~?!」

≪ゆ、赦せんっ!何故に非戦闘員である民達に刃を加えるなどと…≫

「フ―――ククク…だが、まぁ――――しかし、ここの総責任者をいぶり出すつもりが…それが、お前のような異形の戦士と出くわす事となろうとはなぁ―――!! やれいっ!」


それは―――刀剣すらはじく竜の鱗をも貫ける“人知の奇蹟”『ドラゴンスレイヤー』だったのです。

すると…敵兵の中より出てきた初老の小男――――ダイン、そうナニを隠そうこの者こそ、この度の計略を執り行った者…そして、さらにハイランダーめがけ、いくつも投擲されたドラゴンスレイヤー付きの飛杖…

やがてその中の一つが、竜の騎士のヘルメットを割ってしまうこととなり―――この、異形の戦士の、意外な素顔が…白昼の下に晒される事となったのです。


「あっ―――ああ!!あの人…キリエのお姉ちゃん?!!」

「ほほぅ―――」


兜代わりのヘルメットが割られ、そこから覗いてしまった顔を、助けられた子供は知っていました。

時々、店の前を通りかかった時に、老店主の代わりに店番をしていた彼女―――こっちから微笑みかけると、微笑み返してくれた彼女―――近所のいじめられッ子にいじめられていた時は、あのお婆さんより迫力のある声でいじめっ子を追い散らし――――でも、自分を慰めてくれたときは、なんとも優しかった…


              あの瞳―――


              あの声―――


              あの表情―――


それが、たった一人で数十人の兵士達を向こうに回して相手をしていた、あの竜の騎士と同一の存在であろうとは…それも、苦手としている武器を幾つもその身体に喰い込ませ、子供をかばっていた存在だったとは――――!!!

しかし皮肉な事には――――


「フッフッフフ―――――よい余興だったが、お前もそのままでは立っているのが辛かろう。 どれ…止めを刺してやれ――――」


「ぅ…ぐ!!も、申し訳、ございません…お方様―――陛下―――キ、キリエ=クォシム=アグリシャス…志半ばで、堕ち逝く事を――――お赦し……あ………」


最期の一投は、無情にもキリエの胸元深くに突き刺さり――――そこからは大量の血飛沫ちしぶきが、そして大音響と共に膝から崩れるようにして倒れる、ハイランダー・キリエ…


ここに、無敵伝説は――――幕を閉じてしまった…の、でしょうか??


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


その一方で――――こちら、北門付近では…


「よいか―――!なんとしても、ここを奪取し返すのじゃぞ!!」


「「「「応ぅっ―――!!」」」」


「(さぁ…かかってくるがよい!非人道的なる者共よ、妾の最後の意地、篤と見せてくれようぞ!!)」


軍団の兵士(元は盗賊達)を鼓舞し、士気を高めるアルディアナ。

しかし、攻め手であるカ・ルマの将、フォルネウス=クシィ=ダグザは、そのようなことなど意に介さず…と、言ったところか―――


「伝令―――依然、あちら側の士気は高まりつつあります。」


『棄ておけ…』


「はっ?」

『棄ておけ―――と、言っている。 所詮…惰弱な人間如きが…我らにあらがおうなどと、さかしいに過ぎるわ』


魔将の一人は、不敵にもこのギルドの抵抗など、『窮鼠』くらいにしか感じていなかった…だが、窮鼠は猫を噛んだりもする―――それであるにしても、所詮は鼠…猫には敵うはずもあるまい―――と、多寡を括っていたのです。


そのことを知ってか知らずか、こちらギルド陣営ではアルディアナが恐るべき計略をして、形勢を逆転させようとしていたのです。


「むぅ…(中々にやりおる…兵一人一人の練度では敵わぬか―――流石に、その武をして、ここまで成り上がった…と、するべきか)じゃが…これから、妾がなする事に澄ました顔でおれるかなぁ?」


「用意が整いましたぜ―――お頭ァ。」

「うむ、ご苦労―――これより、妾は敵陣深く斬り込む、そして、相手が浮き足立ったところを見計ろうて、全員で畳み掛けるのじゃ!!」

「ちょ―――ちょいと待ってくだせぇ、するッてェと…お頭一人で―――ってことですかい?」

「うむ、その通りじゃ。 妾も頭領の座に居座っておるからには、それ相応の事をしてやらねばのぅ…。」


「そ―――それじゃあ、オレも一緒に行きますぜ!」「いや、待て、オレもだ―――!!」「オイラも―――!!」


「ならぬ―――!行けば必ず保障されるは“死”のみぞ!それに…妾一人のほうが、かえって身軽に動けようというもの―――余計な手勢など足手まといなだけじゃ。」

「と…頭領。」

「(フ…)よいな、相手が浮き足立つを見るや否や―――じゃぞ!」


「ま、待ってくだせぇ、な、なら、そうならなかった場合は―――」

「…ここを棄て、フへと落ち延びよ。」

「んな…」

「そういう表情かおをするな、それでは妾が死にに行くようなものではないか。」

「で…ですが、しかし―――」

「(フ…)妾はな、とある方と重大な約定を交わしておる、あに、このようなところで犬死になんぞ出来ようか…よいな!あとはたくしたぞ!!」


その時、彼女は微笑んでいた―――その笑顔は、とても盗賊たちをひとまとめにしている首魁しゅかいのものとは程遠いものだった…でも、盗賊たちは時たまにしか見せないアルディアナのこの顔がたまらなく好きだったのです。

日頃は厳しい顔しかできない―――彼女の、年に一度しか見せないであろうその笑顔…でも、そこにいた者達は、こうも感じていたのです、『もう二度とあの顔は見れないかもしれない』と―――

しかし、そんなこととは裏腹に、白銀の甲冑に腰に佩いたるクロス・クレイモア、練り絹のマントをひるがえし――――アルディアナはたった一騎で敵陣に乗り込んでいったのです。


「ン~~なんだァ?やけに外が騒がしィ…あっ!!や、奴は――――」

『――――どうしたのだ…』

「はっ、白銀の甲冑を纏いし恐らくギルドの長と思われる者が、単身で―――」

『来ておる…だと?フフフ…中々に―――退屈をさせぬ輩が、おるものよなぁ。 どれ、ワレが一槍教授してやろう…』


「お待ちくだされ―――」


『ムン―――?なんだ、来ておったか、ウォルザ。』


「(ウォルザ;もう一人の軍酒祭謀ぐんしゅさいぼう、前述したダインと比肩するほどの狡猾さを持ち合わせる。)はい…実は―――上のお方から、『万が一敗れるようなことはなかろう…が、万が一にも可能性は可能性、努々ゆめゆめ油断ならぬように』――――と、言われておりまして…そこで、私めを使わされたのです。」

『ナニ?大王閣下がそのようなことを?』

「いえ、ビューネイ様でございます。」

『あやつが―――?!チ…自分が魔将の筆頭だからとて、いい気になっていやがるな…まぁいい、それでどうする。』

「はい―――実はあの者、生け捕りにされてはいかがなものか――――と…」

『なんと、ではこの“トライデント”『アクター・ネファリウス』で、倒すのをやめよ――――と?』

「はい、しかも丁度よいことに相手は単騎で侵入――――それに…“あの者”の所在も知ってか知らず…とか。」

『“あの者”―――『皇の魂』の所持者か!ふふ―――成る程な、よしよかろう、それで…どのようにするのだ。」

「はい―――実は…」


その場にいたのはもう一人の、このいくさに従軍している軍酒祭謀ぐんしゅさいぼうのウォルザだったのです。

しかも恐るべき事に、このウォルザなる者は単騎侵入してきたアルディアナの胆力を気に入り、討ち取る事よりもむしろ生け捕る事を念頭においていたのです。

しかも―――アルディアナが、もしかすると『皇の魂を有する者』=アリエリカの事を知っているのでは?と、し、この魔将の心をぐらつかせたのです。

そして、そのこと―――『皇の魂の所持者』を知っている事に異様なまでの興味を示したフォルネウスは、ウォルザの提案に乗りそこで何かの策を授けられたようです。


そして――――


「あっ―――あやつは!!」

『フッ――――フフフ…中々に大暴れしてくれたな、キサマ…我が陣をこれだけ騒がして、タダで済むと思うなよ。』

「(他の者より、甲冑の造り込みが違う―――よもやこ奴が、この軍を束ねし者か!!)そこなる者―――カ・ルマの将とお見受けする…推して、参る――――!!!」


互いに交差させ、火花を散らす剣と三叉の鉾、だが、魔将は含むところがあるので十合ぐらい打ち合って逃げ出したのです。


「ぬっ―――待てい!逃げるとは卑怯なり!!」

『(ククク…そうだ―――こっちへ来い…)』


そして、やや開けた広い場所に出る両名――――でも、ここでフォルネウス騎乗の馬は大跳躍をしたのです。

――――が、しかし、逆にアルディアナは…



「あっ―――??!(な…? お、堕ち……)」



なんと言うことか、アルディアナ騎乗の馬は彼女もろとも、一丈3mはあろうかという、深い穴の中に落ちてしまったのです。


こうして…いつまで経っても戦線は膠着したまま、一向に崩れる気配のないカ・ルマの陣営に、早、頭領・アルディアナの武運が尽きた事を悟ったギルドの陣営は、速やかに各方面に散らばって行ったのです。





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