第15話 嵐の前日
自分のお目付け役と供をする者の二名を欠いた後、アリエリカは宮城に行く事はせず静かに二人の帰りを待ちわびていたのです。
そして二日余り経った日の事、誰かがアリエリカ達が泊まっている宿の部屋に訪れたようです。
「(もしかして、キリエさんか紫苑さんのどちらかでしょうか?)はい、お待ち申し上げており…セキ様―――」
「ほぅ、アリエリカ殿は私が来るのを存じ上げておったのですかな?」
「い、いえ申し訳ございません、勘違いでございまして…」
「そうでしたか、いや、あれ以来顔も見せていただかないのでイクの方もどうしたものかと気にはしていたものですから、そこで至急私どもがあなた様がお泊りしている宿を探させたのですよ。 ところで―――今はお一人なのですかな?」
「違うもんっ―――」
「あたいたちがいます―――」
「ほう、これはこれは可愛らしい…このお二人のお子は?」
「コみゅです、アリエリカ様をお守りする一人みゅ。」
「おなちく乃亜いいまちゅ、おねぇちゃまといっちょなのみぅ。」
「はは―――そうかそうか、二人して小さな
「ホ…ホントなんでしよ?だから…からかわないで下さいっ!」
「ねぇちゃま…ないちゃだめ。」
「あっ―――あぁこれは悪かったね。(いや、しかしどう見ても『お守りされている側』にしか見えないのだがなぁ)」
「コみゅちゃん、乃亜ちゃん、セキ様もあなた達の事を何もウソだと思っていないのだから…ね?泣くのは止めて、いつものように笑って―――」
「う、うんっ―――」
「わかりまちた―――」
「あの…ところでセキ様、ナゼにこのようなところに?」
「はい―――実はあれからあなた様が
「えっ?わ…わたくしが―――フ国の家臣に?!で、でも…」
「ええ分かっております。 この国の内部に出来ている潰瘍も…そして
「でしたら――――ナゼ…」
「無論、このようなことであの時の溜飲を下げてもらおう…などとは思ってはおりません、いや―――それ以上にアリエリカ殿に対しての風当たりも強くなるであろう事は必定かと思われるのです。 そこで、不肖の私からご提案申し上げるのは、何もいきなりフ国の臣になってもらうのではなく、私の主でもあるイクの秘書官として実績を上げてもらおう―――と、こう言う事なのでございますよ。」
その“誰か”―――とは、フ国の忠臣の一人セキだったのです。
そしてこの忠臣がアリエリカの
それではその提案とは…当時としても異例とも取れるフ国家臣団への参入―――この厚遇とも取れることに対しアリエリカは…
「そのお気持ち…実に嬉しくはありますが―――今しばらく考えさせていただけないでしょうか。」
「ええよろしいですとも。
「はい―――どうもご足労をおかけしまして…」
「いえいえ、かまいませんよ…では―――」
* * * * * * * * * *
「なんだか、とっても困ったことになってまいりましたわね、これからどうすれば…」
{なにいいじゃないか、これも機会なんだし受けてみたらどうだい。}
「ジョカリーヌ様―――ですが
{おや?そうかな。 君は、自分自身では気付いていないかも知れないけれど何気なくやっているその事それ自体が
「わ、わたくしが、何気なくやっていること―――が、ですか?!でもこれは…」
{ふふ、『当たり前の事』―――だと言いたいのだろうけれど、その当たり前の事を当たり前のように出来る人のほうが少ないんだよ。 苦しんでいる人達、困っている人達を手助けすると言う事が本当は当たり前のはずなのに、『無償』ではなく『有償』で物事を捉えてしまう…それは今も昔も変わりはしない―――全くもって皮肉な事だけれどね。 でもアリエリカが本当に嫌ならこの話しは断ったほうがいい、嫌な事を強制的にさせられるよりもヤル気になったときにする事の方が好いのは言うまでもないことだからね。 まあ私からしてあげられる助言は以上だけれど、他に何か聞きたいことがあるのなら言って御覧?}
「有り難うございます―――何から何まで…お蔭でわたくしの決心もつきました。」
{なに別にお礼を言ってもらえるほどの事はしていないよ、当然の事をしたまでじゃないか。}
「うふふ…」
{うん?どうした―――笑ったりなんかして。}
「いえ、だってあなた様もわたくしと同じなんだなぁ…そう思いまして。」
{えっ?何が?どう言う事なんだい?}
「あら、おっしゃっていたではありませんか、『当然の事をしたまでだ』…って。」
{それが? あっ!そう言う事か…参ったなぁ自分で言ってて気が付かなかったよ。}
アリエリカが日頃何気なく行っていることも『当然の如く』ならば、今ジョカリーヌが言い於いた助言も『当然の
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それはさておき―――前回、夜ノ街にいる直属の上司に報告に上がるためウェオブリの宿を後にしたシオン、その四日後ようやくにしてギルドへと到着した様子です―――
「ハハハ―――」
「ハッハッハッ―――」
「失礼いたします。」
「(…)いかがしたのか、シオン。 血相を変えて荒々しく入ってくるなどと、そなたらしくもない。」
「あの―――お人払いを…」
「(ふむ…)すまぬな、妾はこれより部下の報告を聞かねばならぬのでこの話の続き、また後日――――と、言う事で…。」
「いえいえ頭領殿が話の分かってくださる御仁であってくれて実に助かりますよ、それではまた後日にでも。」
「…あの者は?」
「それより―――何か言いたい事があるのではないのか、そなたほどの者が礼も
「はっ―――申し訳ございません。 ならばご無礼ついでに今ひとつ、お耳を。 実は…(ぼそぼそ)」
「(うん?)………ナニ?!それで―――ふむ、ふむ…」
丁度その時この街の古老と思われる男性とアルディアナが談笑しており、そんなところへシオンが慌ただしく入室してきたのです。
その慌ただしさも
そこでシオンはこの報告が外に漏れないようにと、人払いをし――――耳打ちをしたところ…するとアルディアナはこの部下がどうしてこういう手段に踏み切らざるを得なかったのか―――が分かってきたのです。
そう…ウェオブリにてアリエリカが被ってしまった事の
「うぬぅ~~おのれ!以前より『蟲』の噂は耳にはしておったが、忌々しきは彼の一党か!斯様な心お優しき方を卑下しおくとは…高々その美貌のみで王に
「ははっ――――かしこまりまして!」
アルディアナは知っていたのです、フ国という『獅子』の身中に巣喰うという『蟲』の存在を、しかしそれがよもやこのような
* * * * * * * * * *
その一方で―――僅かながらシオンから遅れて宿を出たキリエは…
その足をなぜか北西に位置する『夜ノ街』に向かわせず、南方の――――南西に位置する『サ・ライ』方面に向かわせていたのです。
なぜならば…そこには自分の直属の上司が逗留していたのだから。
そしてウェオブリの宿を出立して六日余りが経ったある日の昼下がり―――どうやらサ・ライの官吏とみられる者が、客人として訪れている一人の少女に面会を願っている者がいる、と取り次いできたようですが… でもそれは紛れもなく―――
「やはり、お前だったのキリエ。 それで?」
「はい―――実は相互のご理解を得られたとのご報告をと。」
「ふぅん、あの方と依り代の者が…と言う事は『皇城』にて―――と言う事ね。 それで…それだけじゃないのでしょう。」
「は・あ…実は、この事はご報告するにも
“老婆”の姿ではない“若い女”の姿をしたキリエ―――それでも見た目にもギャップのありすぎるこの二人こそ、永い年月を隔てても朽ちる事のない『主従』なのです。
そこでキリエは、まずジョカリーヌとアリエリカの両名がお互いの存在とその意義を確かめ合いその相互の下に認め合った事を報告したのですが…あの事変―――アリエリカの身に降りかかった嫌疑を報告するに及び、その口は急に鈍ってしまったのです。
そして――――そのことを逐一キリエから聞いたこの少女は…
「(…)成る程―――そう言う事がその方の身に…だけどあのお方はお前にもただひたすら耐えよ――――そう言われたのね。 ならば、仕方がないわね…お前にとっては不本意ではあるかもしれないけれど、あのお方の―――ジョカリーヌ様の
その…少女の言葉は、聴くだけならば平静さを装ってはいたのですが…その様子は無理に我慢をしている者のそれであり、堅く握り
「あの―――洞主様、実は私なりに考えてみたのですが…これから夜ノ街に戻ってこれから必要となるであろう物と、私のグノーシス『ブリーズ・ジェイル』を取得しようかと思っているのです。」
「なに?グノーシスを? しかしそれを取得してしまっては他の眼からは
「はい―――ですが、もうすでにジョカリーヌ様よりはご承諾を頂いておりますので。」
「なんと…フフ―――お前も中々機転が利く様になったわね。 直属の上司である私に相談をせずに、直接ジョカリーヌ様に奏上申し上げるなんて。」
「申し訳ありません、ですがそう何度も気を煩わせるよりかは…と、思いまして。」
「フ―――まぁ、いいでしょう。 今回の事は特別に大目に見てあげましょう。」
「は―――有り難きは…ではこれからは我等に楯突かんとする者の処理――――いかがいたしましょう。」
「ふむ…仕方がないわね。 ならば、あのお方に楯突かんとするカ・ルマに
「御意――――」
そこで取り決められた事――――それは彼女…キリエを認識する物と呼ばれている
然しながら―――そのことは、僅かながらにも人間に対し『生命与奪の権限』を与えた事であり―――これからの血塗られた道を暗示していたものでもあるのです。
* * * * * * * * * *
ところ変わって――― 一方のこちらフ国のウェオブリではアリエリカがこの国の宰相の邸宅に招かれていたのです。
「あの…イク様?」
「はい、何でござろうかな?」
「な…何も、わたくしを受け入れるためにこんな接待をなさらずとも…」
「あははは―――いやいや、これは飽くまでも今までそなたが受けていた不当な処遇を一日でも早く忘れてもらいたいがためにワシ個人がしているまでの事、そう深く考え込まれるな。」
「は―――はぁ…」
{でもしかし、まぁなんというか太っ腹な御仁だな。}
「(ジョカリーヌ様…確かにこれからこの方の下で働こうというのに、これでは立場が真逆なのでは??)」
{はは、それはそうかもしれないね。 第一にこの仕様―――この前の歓待以上かもしれない。}
「(……あのーーー)」
{あぁそうそう、交代しようという提案は一切受け付けないから、そのつもりで。}
「(あ…ダメですか?)」
{ダメも何も、君もこの人の案を受け入れてしまったのだからね、今までよりかは少し偉くなったんだ。 そうすると他国の者達とこういった会合をする機会も多くなってくる、そんな事で一々変わってばかりはいられないよ。}
「は…そうでございますか。」
「おや?!いかがされたかな?」
「えっ?!い、いえ美味しく頂いておりますですよ。」
「ふむ、どれ―――おおっ!なんといかんでわないか。」
「は―――はい?」
「おー--い、これこれこちらの『宰相補佐』殿の杯には充たされてはおらぬぞ!」
「(え…)ええ~~っ?!さ、宰相補佐? こ…この、わたくしが…ですか?!」
「ぅん?!あぁ~当然でござろう。 このワシの
「い―――いえ…とんでもございません。 ただ、小国の姫であった我が身にこれほどの破格の待遇…身に余る次第でございます。」
「そうですか―――いやよかった。 もしこれが気に召されぬのならば政務大臣辺りも考えておったのですがなぁ?」
「(せ…政務大臣―――なんともありがた迷惑な)はは―――イク様、これからあなたの
「ハハハハ――――冗談ですよ、冗談。 まぁ…お気に
「はぁ―――では、有り難く…ぷ~~旨いっ!さすがは、七国一の美酒でございますね。」
アリエリカが眼をまろくしたのにも無理はなかった。 何しろこの前の宴以上の出し物が卓上にずらりと並んでいたのですから
けれどジョカリーヌはアリエリカのその案を却下―――というのも、今までよりも(遥かに)偉くなってしまったアリエリカは、これから否が応でも他国の高官達と会う機会が多くなるだろう―――とそう予測をし、少しでも慣れてもらう狙いもあった…はずなのですが――――諸兄にはお気づきになったでしょうか?
交替をしない―――といっていたにも拘わらずちゃっかりその人が出てきていたことに。
ではどの場面で? それは―――――…
「(ヤレヤレ―――私も相当に甘いものだな、交替してやらないといっていたのに…それにしてもいきなり宰相補佐とは…破格に過ぎるな、この待遇。)」
それはアリエリカが宰相補佐になった―――と言う所から。
それというのもジョカリーヌも言っていたように、ついこの前まではその辺りにいる一般人と変わらなかったのに、いきなり宮中を往来できる身分となってしまったものだから――――
{お~~い、いつまで昇天してるつもりなんだい宰相補佐殿。}
「(あ…あの、わたくしが…宰相補佐? な、何かの間違いなのでは……)」
{まぁいいじゃないか、この前までは
「(は、ぁ…それは、そうですが――――)」
{まぁ今回は、また美味なるモノを頂けたので文句はいわないでおくよ。}
「(はぁ…あのぉ~~)」
{だぁ~~め!この美酒を飲みたいから…と、いいたいのだろうけど気絶してしまった君のほうが悪いっ!}
「(あ゛…バレてしまいましたか、いいこと続きばかりではありませんのね。)」
{そう言う事、まぁ『どうしても』…と、お願いするのなら別だけどね。}
「(すみません…どうしても――――)」
「あっはははは――――」
「おやどうしなされた?急に笑い出されて―――」
「いえ―――ここのところ愉快な事続きですので、つい笑いの方も…」
「そうですか―――どうやらそなたは見かけによらず『笑い上戸』のようですな。 いや、いい酒であることは好い事だ、ははは―――――」
けれどもこれも何も無作為から―――というものでもなく、ちゃんとした理由…つまりはボウなどの佞臣の一派からとやかく言われないように予防線を張ったことでもあったのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
閑話休題―――――場所、話題も一転してこちら…カ・ルマのコキュートスにて…ある者の部屋の扉をノックする者ありき。
「誰だい―――鍵なら開いてるよ。」
「では、失礼しまして。」
「おや、なんだい…誰かと思えば――――で、何の用なんだい。」
「いえ…それより上手い事を考えたものですな。 “ノック”をしてからの主上の“あの言葉”がなければ喩え『開錠』の呪を唱えたとしてもムダですからな。」
「(フ…)と、言うよりねノックをもしないおバカにはご遠慮願いたいだけなのさ。 それで?」
「は…実は――――」
そう…この冥き魔城の一室で
しかし―――現段階での彼らの実体は仮のものであり本来の彼らの間柄は『
それより…ビューネイがシホのいる部屋に来たのにはわけがあり、しかもそれもどうやら――――
「お報せを持ってまいりまして…」
「ふぅん―――どちらの?」
「『良い方』と『悪い方』の二つ―――で、ございます。」
「ほぉう―――では、どちらから聞こうかねぇ…。」
「ではまず『良い方』から…『故郷より、二つのものが一つとなり共に歩み始めた』…と、言えば分かるでしょうか。」
「ほぉーそいつは本当かい?」
「紛れもなく…」
「そうか―――うんうん、そうかいそいつはよかった…で、もう一つのほうは?」
「それが…実は以前にもお耳に入れましたように、この国を後ろ盾にして独立化をなそうとしていたとある組織の事なのです。」
「なんだい『盗賊ギルド』の事かい? それがどうかしたのかい。」
「ええ―――それがそこの組織の一員と思わしき者が『ギルドが解体されるかもしれない』という
「ほほう――――つまり仲間割れかい、それで…」
「はい―――まぁ幸いな事に、この情報が偶然私のところに舞い込んで来まして、どうしたものか…と。」
「(フフン―――)なぁるほど…つまりあの六人より先―――と、言うわけだ。 フフ…フフフ―――よい計を思いついたぞ。」
「はぁ、なんでございましょう。」
「その
「はぁ?しかしそれでは…」
「まぁ後の操作ぐらいは私が受け持ってやるよ、いいから言う通りにするんだ。」
「は―――承知仕りました。」
そう…この二人が密会をしていたのも、ビューネイが二つもの情報を報告に上がったからで、ではそのうちの一つとは――――それは紛れもなくジョカリーヌとアリエリカが相互の理解の
しかし―――シホはその事を逆手に取ってとある計略を思い立ったようですが…
これから――――『運命』という名の波は、どのようにして彼女達を翻弄していくのでしょうか……
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