第14話 アリエリカの介護
紆余曲折ありながらも自らの心情を吐露し相互の理解を得ることが出来たジョカリーヌとアリエリカ。
そして互いに一つになることで氷解したある出来事が頭を持ち上げてきたのです。
「あの、キリエさん―――」
「あ…は、はい。」
「ひょっとして―――あの時…あなたのお店でわたくしが品物を落としてしまった時あなたの態度が急変してしまったのは…」
「(…)はい、その通りでございます。 私の身体の一部から作り出されたあれは、人間達の免疫力を高める事と他の魔物から人間達を護るという効力があるのです。」
「まぁ…そうなんですか。 それと、何ですって?あなたの…身体の一部?」
「はい、それともう一つ…七万年前より最高顧問閣下から施された『輪廻転生』の秘術により、大体この時代にジョカリーヌ様の魂を宿せる方がお生まれになる…その事の見極めを行うために私の『鱗』が使用とされたのです。」
「ええっ?う、鱗?でも、あなたは―――」
{ はは、これキリエ意地悪していないで見せてあげなさい。}
「ハハッ―――
「ええっ?えええ??」
{いいかい、アリエリカ…驚かずによく見ておくんだよ。}
アリエリカはあの時、キリエのお店で売り物である商品を不意に落としてしまったとしても
なぜならば―――
キリエの影から突如として這い出たある存在―――青緑色の体色をした竜にその身を
「(は…あ、あ…)キ、キリエさん?これは一体…」
{驚いたかい、アリエリカ。}
「は…はい、でも…こんな方でもジョカリーヌ様の臣下だった―――ということは…」
{はは―――それはちょっと違うね、『だった』じゃなくてこの子は今でも私の臣下なんだよ。}
「えっ?!そうなんですか?」
{うん…ああそうそう、実はこの子達も…}
「はぁ~~い、アタシもですみゅ!」
「あたちもですみぅ。」
「そう…あなた達も。 あ…キリエさん。」
「申し訳ございません。 どうやら今のこの私の姿を見て驚かれたようですね。 ですがこうでもしない限りは人間達の中にいる…今はアリエリカ様と言う存在を知る事が出来なかったもので。」
「そうだったのですか…それにしても姿形が違うだけで驚いてしまって、こちらこそ申し訳ありません。」
「いえ…アリエリカ様が気になさる事ではありませんよ。 それでは、これからはこの私めがアリエリカ様と言う存在をお護りいたしますので、よろしくお願いいたします。」
「はい、それではこちらこそ―――」
そして、ここで改めて臣下の礼をとり、アリエリカの新たな護衛役第一号となった者…それがキリエだったのです。
* * * * * * * * * *
それから三人は都であるウェオブリに戻り…
「あの…キリエさん、またその…お婆さんの姿にならなくても…」
「いえいえ、これでよいのですよ、アリエリカ様…。 私もこんな姿になって判ったのですが、若い姿より、こういった年寄りの姿の方が、相手の方から油断してくれる事が多くて、都合がいいときがありますので…。」
「そうでしたか―――あ、セキ様…。」
「これはどうも、ところでそのご老体と一緒ということは――――」
「はい、ただ広い遺跡の中で迷っちまいましてねぇ。 おまけに小さいこの子達ともはぐれちまって…イヤイヤ、この人が着てくれたお蔭で助かりましたよ。
「はあ…そうですな。 ところでアリエリカ殿、お時間がございましたら少々よろしいですかな?」
「え?あ、はい。 それではこの子達をお部屋に連れて行っておきますので…」
「そうですか、分かりました。 それではここでしばらく待つことにいたしましょう。」
この時、またしてもキリエは老婆の姿になり、スピリッツの二人…コみゅと乃亜までも幼さな
しかしそれこそは『擬態』というものであり、敢えて“年寄り”などの姿を模するというのも他からの目を逸らせる―――いうなれば警戒されないような…そういうものだったのです。
そしてしばらくすると官僚の一人であるセキに会い、諸事情を話しておいて理解を得たあと、どうやらこの良臣はアリエリカに何用かあったようですが―――…
「どうも、お待たせをいたしました。」
「では、参りましょうか。」
「はい。 それで…あの、どちらへ?」
「それは、まぁ…道すがらお話しする事として―――ところでアリエリカ殿はあの
「はぁ…そうですね、
どうやらこの良臣は何かの目的のためにアリエリカを案内するようです。
しかし―――目的地は明確には答えず、その代わりとしてその目的地に到着するまでに、今回アリエリカが訪れた
すると…なぜか今、その総てを知りえていながらアリエリカは敢えて核心から離れた事を申し述べていたのでしょうか。
* * * * * * * * * *
その理由は―――今より数分前にアリエリカとキリエ、そしてコみゅと乃亜達が自分達が泊まっている宿の部屋にて…
「あの、アリエリカ様―――呉々も申しておきますが…」
「はぁ、なんでしょう?」
「(な、『なんでしょう?』じゃ…)」
「大丈夫かなァ…」
「しんぱい…とてもしんぱいでち」
{つまりだね、多分これからあのセキという人物から色々な事を聞かれたりするだろうけれど、肝心なところはぼかすように…と言う事なんだよ。}
「えっ?どうしてなのです?」
{おいおい、しっかりしてくれよ?私達が存在しえていた七万年前の事を、どうして君が知っておく事が出来るんだい?}
「それは―――先程『皇城シャクラディア』で…」
{そこだよ。 今の人達は―――と言うより、アリエリカもあそこが且つて私達が居住していた『城』だった…と知るまでは普通に『
「はい…。」
{それに、現在ではあそこの存在意義が二分されていてね…『昔、何かの儀式を執り行っていた神殿』だとか…あるいは、『交易の盛んだった商業都市の一部』だとしか認識はされていなかったんだ。 だけども誰一人として『城郭』とか『城塞』と認識する者はいなかった…そこへ君が『
「そう…だったのですか。」
「それに―――私達の事も気を付けていただかないと…」
「そうでしたね、そう言えばコみゅちゃんは一度夜ノ街で―――」
「(…)はい。」
{さてと―――そうと分かったのなら、早速行くとしよう。 待ち人を待たせ過ぎるのは礼儀に反する事だから…ね。}
* * * * * * * * * *
現代を生くる者が太古の昔である7万年前の事を
ですが―――
「(ふ、ぅ…)そうですか――――いや…実に残念な事だ。」
「は?({ぅん?})」
「あなた様だけは…また違った見解をお持ちだ―――そう信じていましたのに。」
「な、なんでしょう…それは、どう言った意味合いで申していらしているので?({もしや―――この人物…})」
「はは―――いや、なんでもありませんよ。 いけませんなぁ、年を摂るとどうも独り言が多くなって適わない。」
「({やはり――! すまないアリエリカ…至急この私に代わってくれ!})(え…あ、は、はい。)」
「(………)お待ちいただきたい、セキ殿―――」
「………。」
「ひょっとするとセキ殿は、あそこが
「ハッハッハッハ―――まさか…そう、聞こえましたなら、誤解を与えた事をお詫び申し上げる。」
「いえ…ここで余さず語っていただきましょう―――そなた…よもやジョカリーヌなる者の『信奉者』なのでは?」
「(む、ぅ)…。」
「それに―――ここ数百年に一人の割合で『その方の魂』を奉ずる者が輩出していたようだが…そう言えば、ここ最近では14年前にお一人…」
「フ――――フフフ。 どうやら、いらざる事を申して誤解を招いたようですな…どうかそこのところは、さらりと聞き流して―――」
「そのようなわけにはいかない―――さぁ…その心情の内を吐露していただこう。」
「(ふぅ…)そうか…バレてしまったのではいた仕方がない。 然様、私はウェオブリにある遺された文献によって、その方のやり様に
「その願いは叶わず…ですか。」
「はい…。 その方の訃報がなされた時には実に残念なものでありました…。」
「それでは―――セキ殿は、今一度そうしたお方が現れはしないものか、と?」
「(フ…)それは無理というものでしょう―――云われの通りならまたこれから百年は最低待たないと…それに、その時にはもう私の命も尽きているでしょうしな。」
「(フフ)いえ―――もう現れている…・もしれませんよ。」
「はあ?今、なんとおっしゃって――――」
「それより、先を急ぐとしましょう…」
それは、端から見ると少し奇妙な会話でした。
それと言うのもあの
けれども今のセキのように根強い『信奉者』は、やはりあのドルメンがそうではないか―――そうであって欲しい―――と願って
それが…初めは
その事を多少は
そしてこの官僚の一人がアリエリカ殿を伴って連れて来た処というのが…
「ここでございます。」
「ここは―――
「は? いえ、陛下におかれてはお年を召されているだけであって、実に健康体であられますよ。」
「それでは一体どなたが?」
「(…)実は、あのお方のご子息なのです。」
「ご…ご嫡息が?!」
「そうです――――ヒョウ
そこはウェオブリ郊外にある、閑静な
そう―――こここそは、主に重病人が入院をし回復をするために治療を受ける処、それであるがためにアリエリカは思わず高齢のショウ王が急な病に倒れ、ここに担ぎ込まれたのでは―――などと思ってしまったのです。
しかし実は…ここに入院をしているのはショウ王ではなく、彼の息子―――嫡流である『ヒョウ=アレキサンダー』だったのです。 その彼がいるという病室に入ってみれば…アリエリカよりもまだ若い―――そんな彼が、鼻や口から透明な管を通され、しかも咽喉や胃の辺りから穴を開けられ、また同じように透明の管を通されていた者が――――そう…端から見ても『
その様相を見てしまい、思わず目を覆ってしまうアリエリカ――――
「ヒョウ
「(ヒョウ=アレキサンダー;23歳;男性;病床に就いているこの男性こそがフ国の次代を担う者)
…………………。」
「この方は、本日あなた様をお見舞いにこられた名をアリエリカ―――と、申される方です。」
「アリエリカ=ガラドリエル―――と申す者でございます、どうかご希望をお棄てになりませぬよう…。」
何かしら、会話をなそうにもそれはまるで陸に上がった魚のように口をパクパクさせているだけのものであり、しかも時たまに咽喉の管から空気が洩れているような音が聞こえるとあっては思わず顔を
「セキ様…ちょっと―――」
「はい…。」
「どうしてこの国の太子様がこのようなことに?原因としてはなんなのでしょうか――――」
「それが…判らないのです。 目下の処医師団総がかりで看てはおるのですが…その原因の追究までは。」
「そんな―――」
「まぁ確かにヒョウ
「え?『公主』?(一体誰の事?)」
「はい…歳の頃は―――そうですな、アリエリカ殿と同じくらい、お顔立ちもよくて芯のしっかりした方でいらっしゃる…『ヴェルノア公国』の『公主様』でいらっしゃいますよ。 あの方は歳の差もそう変わりはないヒョウ
「そんな方が…いらっしゃったのですか。」
“彼”―――フ国太子の生命を蝕んでいるナゾの病魔…そしてナゼこんな容態になるのかも定かになっていない今―――それと時を同じくして知るその存在『ヴェルノアの公主』に、フ国太子が
そして再び病室に入ったアリエリカは―――
「(それにしても…なんてお可哀想な、こんな時わたくしはどうしたら―――)
{なに、手立てがないわけではない。 『全快』…とまでは行かないけれど、現状より快方に向かえばそれでいいのだろう?}
(出来る事であれば、全快させていただきたいのですけれど…)
{おいおい、カンベンしてくれないかな、私は名医ではないのだよ?}
(ああそうでした、でも―――このような重態から
{あるさ、でもそれは何も『投薬』だとか『手術』などというものではないんだ。}
{えっ? でも…それをせずして快方に向かわせる手段など……)
{それが、あるんだよ。 持ってきているだろう?キリエからもらったアレを…}
(あっ!もしかして『鱗』?!}
{そう…
(これに…そのような効果が―――)
{では、それを枕の下に入れて御覧}
(こう―――ですか?……あの、何もならないようなのですけど。)
{何も付けてすぐに―――と言うわけではないよ、そう言った
自分の内に入っているジョカリーヌは、一つの手段として以前にキリエから貰った『青緑色の鱗』付きの装飾品をこの重病人の枕の下に入れてはどうか、と提案してきたのです。
ではナゼそのような事をさせようとした背景には、そのアイテムには秘められた力が存在していた事に他ならなかったからで、けれどもそれはすぐに効果の現れるものではなく、徐々に効き目が出てくる
そこで根気強く待って見ることにしたアリエリカは今日のところは一旦引き上げる事とし、また日を改めてくる事としたのです。
そして明けて翌日―――ウェオブリ城から
「これ―――待ちやれ。」
「は、はい。 あの…どちら様でしょう?」
「妾は―――この国の『王后』リジュ=アレキサンドリアなるぞ。 ナゼにそなたのような田舎娘がこのような処をうろついておるのか。」
「わ―――わたくしは…この国に招かれた者でして、アリエリカ=ガラドリエルと申す者です。 お后様とはお気付きもせず、ご無礼を…」
「(リジュ=アレキサンドリア;32歳;女性;この国の王であるショウの正室…つまりは『王后』)
(フ・ン―――)全く…あの人もイクもやっておることがわからぬ。 このような肥やし臭い小娘を宮中に招きおるとは風紀の乱れにも関わるわ。」
「も、申し訳ございません――― 何分にも、まだここでの日も浅く、
「フン! どうやらいっぱしの口だけは利くようじゃな、やはり兄上の言っておった通りじゃったわ…」
「(え?『兄上』?)」
一見しても絢爛豪奢な着物に身を包み、黄金造りの冠に装飾品の
だが、しかし―――その口から
「これは―――お后であらされるではありませんか。」
「なんじゃセキではないか、成る程なそう言う事であったか―――うぬとその飼い主が結託してこの薄汚い小娘をこの
「お后様―――お言葉が過ぎますぞ。」
「なんと?うぬは、うぬが主である王の后である妾に意見しておるのか?!うぬもまた、随分と偉くなったものよの。」
「お言葉を返すようですが―――私はあなた様に『意見』を申し上げているのではありません。 されど『言葉の乱れは心の乱れ』とも申します、ゆえに他人を
「(………)まあよいわ。 そう言えば―――昨日あすこへ行ってみたのじゃが…何者か粗相をしたのかえ?」
「なんですと?昨日? またどちらの方へ…」
「
「お言葉ではございますが…お后様、昨日恐らくあなた様の前にお見舞い申し上げたのはこの臣でございますれば―――」
「なんじゃと?じゃがうぬはあのような酷い匂いをしておるのではなかろう。」
「恐らく…それは不肖の私めが、ヒョウ
「えっ―――でもセキ様、それは違……」
「それとも―――お后におかれてはヒョウ
「(むぅぅ…)まぁよいわ…今日のところはそう言う事にしておいてつかわす。 じゃがな、妾はそこの小娘を認めたわけではないからな!」
そうこの時、偶然か否かアリエリカの助け舟として現れた存在こそ、この国の良臣の一人であるセキだったのです。 そして彼はアリエリカに対しこれまでにない言い
こうして
「申し訳ございません―――お恥ずかしきは今の方がこの国のお后様なのでございます。」
「いえ…それにしても、どうしてセキ様はあのような事を? 昨日はわたくしもあの場所へ行きましたものを…」
「あのお方は―――ご自分より優れている者がお嫌いなのです。 今では取り分け若さも美貌も兼ね備えているあなた―――と言う存在が…それはあの男とよく似ていることでありますよ。」
この時アリエリカの脳裏には
* * * * * * * * * *
「それはそうと少々疑問があるのですが…」
「はい、なんでしょう。」
「ヒョウ様はお后様のお子にしては年齢的にも不釣合いではないのか―――と。」
「ははは―――それはそうでしょう、リジュ様は後妻であられますので。」
「後妻?――――と、言う事は…」
「はい…
「そうだったのですか…」
「しかし―――『中華なる国の王が独り身であってはいかん』と、あの男が実の妹を『后』に推挙した事により、この国は変わってしまったように思えるのです。 己の利だけを求める『佞臣』ばかりが中央に集まり、良臣は隅に追いやられて肩身の狭い思いをするばかり…そんな憂悶の日々を送っていたところにアリエリカ殿のようなお方に来ていただいて感謝をしている次第なのでございますよ。」
「まぁそんな…わたくしもそう潔癖すぎる人間ではございません、何から何まで褒めちぎられますと実に面映ゆくあります。」
「いえいえ―――私は、当然の事を申し上げたまでの事…何の偽りなどございましょうか。」
こうして紆余曲折がありながらも本日の予定である
「(あぁ、良かった…)わたくしは、昨日も見えたアリエリカと申す者です。 若君様には一日でも早くご回復なされますよう……」
「……そうやって………私の事を心配してくれる………そうか、あなたは………………『公主』。」
「(公主!)いえ…でも、わたくしは………」
「…よかった………あなたが来てくれて………………以前は…よく来てくれて…励ましてくれていたのに………それが………………ここ最近では来てくれなかったから…見棄てられたのかと思った………」
「そんな…『見棄てる』などと、誰が身重のあなた様を放っておかれましょうか?」
けれどこの時、重病人は現在見えているアリエリカを、以前にはよく自分を看てくれていたヴェルノアの公主と取り違えていたのです。 そしてアリエリカも『自分はその人自身ではない』と否定はしてみるものの、その励ましの言葉が彼にしてみればかの公主と重ね合わさってしまっていたのです。
それから病室をあとにしたアリエリカは…
「(わたくしは『公主』という方ではありませんのに…でも、どうして――――)
{それは恐らく、あの者の目が見えていないからだろう。}
(ジョカリーヌ様、でも、だとすると…)
{さて―――ね、熱に冒されて視神経が麻痺するというのはよく聞く話だけど、永らくそういう状態にあると『失明』と言うことにもなりかねない。 けれど、今のあの者の枕の下にはアレがある。}
(キリエさんの『鱗』。)
{うん。 まあ幸いに耳も聞こえるようにはなっているようだし、口もたどたどしいながらも利けるようにはなってきている、と言う事は
この時ジョカリーヌは、ヒョウがアリエリカと公主の存在を間違えた経緯に『彼の目が視えていない』ことを述べたのです。 けれどもまたすぐに『あるモノがあるから』と、アリエリカが気落ちしないように述べてもおいたのです。
それから―――アリエリカは日を置いて二・三度
いつもと同じようにアリエリカが
「失礼いたします―――」
「あれ?お姉ちゃん誰?」
「(えっ?)わ、わたくしは、今日もヒョウ様をお見舞いに来たアリエリカと申す者ですが…そういう坊やは?」
「これ、ホウ。 その
「はい、
「(え…『お兄さん』?)こ、これはとんだご無礼を―――ヒョウ様のご親族の方でありましたとは。」
「いえ、これは私の義理の弟に当たる者ですよ…アリエリカさん。」
「義理の?…と言う事は。」
「(ホウ=アレキサンダー;5歳;男性;義兄ヒョウと18の歳の差がある義弟。)
ねぇ
「こ、こら!ホウ! だめじゃないか、そんなことを言っては…ああ―――も、申し訳ない、お気を悪くされたか?」
「いえ…そんな事はございません…。」
「(あぁ…)コラ、ホウ、ちゃんとこの人に謝りなさい!」
「ぇえっ?どうして?」
「『どうして』じゃない!この人はね、死に掛けていた私をとってもよく看て下さった方なんだよ?そんな、ご恩のあるお人に対して…ダメじゃないか―――」
「え…でもぉ…
「いえ、よろしいのですよ…事実わたくしは片田舎の小国に生まれ、その民と共に土に親しんできた者ですから…。」
「そう…ですか―――でも、義弟の代わりに謝らせていただきたい、申し訳ないことを言いました。」
「(…)あっ、そうですわ、ちょっと花器の花と水をやり変えておきましょうね。」
この時、同じくして病室に見えていたのは年の頃はコみゅ・乃亜と同じくらいの男の子で、名を『ホウ=アレキサンダー』と言うようです。
実はこの坊や、病床に就いているヒョウとはその年の差が18も開きがある彼の義理の弟だったのです。
では…と言う事は―――そう、その母親とは想像に
そして少なからずも場の雰囲気が悪くなったと感じたアリエリカは、花瓶に供えられていた花と水をやりかえる…そのことを口実に病室を出たのです。
でも―――よく考えて下さい…齢5歳の男の子が、義兄の見舞いをする…と言う事にしろ、たった一人で
そう…そこには当然―――――
そしてアリエリカが無事、花と水のやりかえを終えその花瓶を大事そうに抱え、ヒョウの病室に戻ろうと
「これ―――待ちゃれ。 ナゼ…うぬのような肥溜め娘が、このような処におるのじゃ。」
「あっ…あの、わたくしは…」
「ええい黙らっしゃいッ!うぬのような小汚い娘に清潔さが第一のここを穢されては敵わぬ。 それに第一、この国の太子様がこれ以上身重になられたらどう責任を取るというのじゃ!それが判ったのなら…とっとと出ていかっしゃいっ!」
なんとタイミング悪くそこで鉢合わせになったのは王后リジュ、そしてここでリジュはアリエリカを見つけるなりそこから先…つまりはヒョウの病室に入らせないようにするようにアリエリカが持っていた花瓶を取り上げ去るように促したのです。
そして今まで以上に罵られたアリエリカは、こみ上げてくる泪をこらえながら
こうしてアリエリカの手から花瓶を取り上げたリジュは、何喰わぬ顔でヒョウの病室に入り―――
「ヒョウ殿、お加減はいかがかえ?」
「お
「心配なさりませぬよう…あなた様はこの国になくてはならぬ大事な身―――あのような小汚らしい小娘に
「(え?)――――と言う事は…帰したのですか? あんな…あんな性根の優しい方を、帰したというのですか?!」
「それよりも若君には一日も早く好くなってもらわねば…ささ―――これにあるは妾が西国より取り寄せたお薬でございますぞ一服飲んでみて下され。」
「(薬―――)やだな、薬…それに、以前服用したら気が遠のいた事があって――――」
「若、なんて事をおっしゃるのです!あなた様は義理といえど母なるお方が苦心して手に入れて下さったモノを『毒』だとおっしゃられるのですか?!」
「い…いや―――何もそこまでは…判ったよ、お
「おお―――そうか、では必ず服用して下されよ。」
これは病室での、ヒョウとリジュ…そしてこの
そして、次にはリジュが持ってきたという薬―――これは紛れもなく西国はラージャから取り寄せたという薬だったのですが……
その一方、サナトリウムで酷い事を言われたアリエリカは…明らかに気落ちし、しょげていたのを察し、ジョカリーヌが慰めては見るものの余り効果は得られず―――と、そこへキリエ婆が姿を見せ暗い表情をしていたアリエリカに何があったのかを聞き出そうとしたところ、日頃…滅多と人前では泪を見せたことのない者の目からは、大粒の泪が――――今までに
でもしかしこのままでは一体何の理由でアリエリカが泣いてしまったのか分からないので自分達が泊まっている宿に手引きをしたのです。 そしてアリエリカが落ち着いたところを見計らい泣いた理由を聞いてみれば…
「な―――なんですって?!ここの…王后に、そんなことを?!」
「はい―――」
「ひ…酷い奴ですみゅ!」
「しどいやちゅ…ゆゆさないみぅ!」
「う…ぬぬぬぅ―――ゆ、許せない。 我らの主になんという侮辱を――――よし、そっちがそのつもりなら!」
「待て、キリエ――――」
「(えっ?!)ジョカリーヌ様―――?」
「お前はこれから何をしでかそうとしている。」
「な…『何を』―――と、言われましても…」
「まさかかの王后に対し、よからぬ事をしようと考えているのではないだろうな。」
「うぅ…」
「図星…か、ヤレヤレ…いいかい?キリエ―――そう短慮を起こすのは分からないでもないが、もう少しアリエリカの事を考えてもらえないか?」
「ア…アリエリカ様の事を―――ですか?でも、そうは申されましても…今時分の私の行動原理にはこの方の事を第一に考えて――――」
「そうか、ならばこの際だからよく頭に入れておいて貰おう。」
「は、はい。」
「一介の客人に過ぎない者の従者が、一国の…それも大国の王の后に手を出したとあれば、その客人であるアリエリカ…ひいてはアリエリカを紹介してくれたアルディアナとかいう人物も立場上悪くなってしまうのではないだろうか? それに身分が対等であったとしても、一国の家臣が他国の貴人を害してしまったならその結末は火を見るより明らかな事だろう。 だから…アリエリカが我慢しているのだからお前が短慮を起こすべきではないんだ。」
「申し訳次第もございません。 私はもう少しで取り返しのつかない過ちを犯すところでした、どうかお赦しを―――」
「いえ―――よいのですよ、キリエさん…わたくしは、その心情を吐露できる方々がいるだけまだましかもしれません。 この世の中にはそれすらも出来ずに迷う方が多くいらっしゃる事ですから。」
自分が仕えている主を侮蔑された事に激昂し、その相手に対し何かしらの手立てを思い立ったキリエ――――しかし、これから好からぬ事を考えている者を戒めたのはジョカリーヌだったのです。 そしてその行動は分かるものの正義ではない―――と諭し、何とかキリエを思いとどまらせたのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからまたしばらくして、その宿の泊まり部屋に今度はこの人物が…
「失礼いたします。 アリエリカ殿……どうやらなんともないようですね、よかった―――」
「どうかしたのですか?」
「いえ、少しアリエリカ殿に対し余りよくないお噂を耳に入れましたので…それで、お気を悪くされていないものか―――と思い直接に私がお伺いに来たのです。」
「ほぅ―――で、その『お噂』とは、一体どんなものなのです…かな?」
「お婆さん―――それが、アリエリカ殿が
「な、なんですとっ―――!そのような事を吹き込む輩が~」
「あの―――キリエさん…」
「分かって、おりますよ。 して、何者がそのような噂話を?」
「それが…私もあそこの女官の一人から聞きだした次第なので…」
「と―――なると、王后?」
「恐らく―――は…ですが、確証がない限りでは。」
「恥を掻いて、逆に揚げ足を取られかねない――――と。」
「はい。そこで提案なのですが、私は一時的にここを離れこの事を夜ノ街のアルディアナ様の下に持ち帰ってみようと思うのです。」
「そうですか…分かりました。 幸いにこちらにはキリエさんも、コみゅ・乃亜ちゃんもいることですし、わたくしもここしばらくは宮城には参らぬことといたしましょう。」
「は―――ではすぐにでも出立いたしますので…お婆さん、あとの事お頼み申し上げます。」
「はいはい、お任せ下さいよ…。」
その人物とは、アリエリカのお目付け役でもあったシオンだったのです。
でもその彼女は入室するや否やアリエリカを確かめるように見―――無事な事を知って安堵したようです。
しかしナゼ彼女がこんな事を? その理由が、シオンの耳にもアリエリカを誹謗中傷する噂が入り、そのことで心配になったシオンが急ぎアリエリカの下に参じてみれば…何事もなく杞憂に過ぎたものだ―――と、言う事のようだったのです。
でも、このままではいけないと思ったのかシオンはあることを提示してみたのです。
それは―――自分の直接の上司でもあるギルドの現頭領―――アルディアナに事の顛末を話しておくと言う事…その上で何らかの解決策を講じようともしたようです。
* * * * * * * * * *
こうして急ぎ夜ノ街へと帰るシオン…と、そのあとで―――
「(…)あの、アリエリカ様―――実はあれからよく考えたのですが、私も一時的に夜ノ街に帰還してみようかと、思っているのです。」
「え? で―――でも…」
「よろしいでしょうか、私も此度の一件で肌身に感じたことなのですが、これは思ったよりも長引きそうなことになりはしないか…とも思えるのです。」
「成る程、お前もそう感じたか。」
「(ジョカリーヌ様!)はい。 そこで僅かながらの期間あなた様のお側を離れなくてはならなくなるのですが…」
「はいっ―――あとはアタシにお任せ下さいっ。」
「おなちく、あたちも、おねぇちゃまといっちょに、まかちぇてくだちゃいっ。」
「(えっ?コみゅちゃん?乃亜ちゃん? これは…どう言う事なのです?)
うん?はは―――つまりね、キリエはこれから必要となるモノを取りに帰ろうと言う事なんだよ。 それに、この子達二人も私の治世から仕えてきている重要な役人ではあるし、ね。
(まぁ…そうだったの?それに、なんです? 必要な…モノ?)
うん…これからは何かと物入りになってくる事だろう。 それを見込んでの資金となるものや換金出来得るものなどをね、それから―――」
「はい、これからは私の一存でも動けるように自分の『
「(ぐ…ぐのー…しす?)
だが、しかし…一度それを得ると
「それはそれで一向に構わないと思います。 それに…この姿では逆に何かと制限がついて回ることでしょうから。」
「確かに―――な、それに『年老いた者の代わりだ』と述べておけばすむことでもあるしな。 よし―――分かった、そのことは許可しよう…だけどなるべく早く帰ってきておくれ。」
なんと、この時キリエまでもが夜ノ街に戻ると言い出したのです。
でもそれは何も職務放棄云々―――と言った意味ではなく、自身の『
しかし―――これは何かしらの偶然なのか…果てまたは既に仕組まれた策謀だったのか。
この、三者三様の身に置かれた“
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