第13話 古都にて…

さても、アリエリカとショウ王の謁見が粛々と行われていた最中さなか、一方のこちら都見物組の三人は―――と、言うと…

それが一行は愉しみにしていたはずの都見物には興じてはおらず、代わりにウェオブリから南西に外れること一里余りにあるという、とある古代遺跡ドルメンにその足を向かわせていたのです。


それでは―――その古代遺跡ドルメンとは…


言い伝えによると、過去にそこを中心に栄えた或る国…さかのぼること7万年前に伝説上の皇が居住し、また政務を視ていた場所――――『皇城シャクラディア』…そこにいたのです。


「(ふ、う…)ここに来るのも、実に7万年ぶりとは…年は取りたくないもの、だねぇ。 ご覧よ―――私達が植えた庭木、全然手入れしてないもんだから、鬱葱うっそうしげちまって――――」


「あの辺りでしたかね―――あたし達が植えたの…」


「どれもおなしにみえますみぅ。」


そこは―――まさに森の中の都…匂い立つような若葉に囲まれた、癒やしの森の中にひっそりと佇む古代遺跡ドルメン…彼女達三人にとっては懐かしさばかりが残るこの場所で、何に思いを馳せていたのでしょうか。


「ほら―――あそこで『お方様』が…」


「あそこでアタシと顧問様が…」


「あそこで…あたちとじょかりぃぬさまが…」


想いは、巡っていたようです……


        * * * * * * * * * *


それはそうと、彼女達がここに来たのも何も昔の遺構見物などではなく、ある処――――この古代遺跡ドルメンの奥深く、内部に赴いて何らかの報告を済ませることにあったのです。

そして―――その遺構の『正門』『中庭』『正面大門』と抜け…今は城内『大ホール』の中。


大ホールより通ずる一際ひときわ大きな扉―――その扉にキリエ婆が手をかざすと、何かでロックされていたであろう扉が重々しくも徐々に開きだし、やがては彼女達三人を暖かく迎え入れられるように一杯に開ききったのです。


そして、彼女達が、その部屋に一歩入るなり―――


それまで彼女達にかかっていた何かしらの呪縛が強制解除され、キリエは老婆の姿から、うら若き娘の姿に…コみゅと乃亜は幼い子供から大きな動物耳と尻尾をつけた姿に…そう、彼女達本来の姿になったのです。


「元に…戻ってしまいましたみゅ。」 「……。」

「仕方がないわよ、だってここはあのお方が居られた場所、『玉座の間』なんですもの。」


そう、その場所こそは皇が玉座に座り、諸官に対して法の布令や意見の交換、賞罰の見定めなど、あらゆる行事が行われた場所だったのです。


でもしかし――――かつては眩いばかりに輝いて見えた黄金の玉座もすすほこりが付着し、大理石を張った床もそのところどころが割れ欠けしているようでかつての威厳さえもなくなったように見えたのです。


ですが――――…


「それにしても―――さすがにちょっとこれはひどいわね。」


「キリエ様ぁ…ここぉ――――」


「はいはい、判っているわよ。」


7万年という、気の遠くなる時間はかつてはあんなに栄華を誇っていた王国を凋落ちょうらくさせるには十分だったようです。

それでも往時の絢爛けんらんさを復活させるためか、見るに見かねたキリエがなにやらお掃除を始めるようです。


しかしここで一つ勘違いして欲しくないのは、何も彼女が手にハタキ・ホウキ・チリトリの類を持ってすると言う事ではないと言う事。

では、どうしてこのすすだらけのところを綺麗にするというのでしょう―――?

それは…キリエ自身がこの部屋のほぼ中央に来た時―――そして彼女自身の『言の葉』によって出てきた或る物体に対し、自分達が昔よく使っていた『言の葉』を用いる事でそこは往時の色を取り戻し始めたのです。


〖来たれ―――光よ甦りて我が言の葉に耳を傾け給え〗


それこそは彼女が唯一…いえ、当時の官吏を目指す者ならば最低限は覚えておかなければならない『言の葉』だった、そしてその言の葉の一つによりこのすすけた場所は見違えるように綺麗になったのです。


「わぁぁ~~っ!すぐに綺麗になったみゅ!」

「うんっ…。」


「(ふふふ…)さ・て―――それでは早速この宝珠に、これまでの経緯いきさつのご報告を。

〖我は皇のおみにして龍騎師団中隊長キリエ=クォシム=アグリシャス、真の皇にかしこみをもって申し上げる〗」


キリエは―――自身の目の前に存在する、とても不思議な七色に輝ける宝珠に向かい、当時からの官職名と自身の官姓名を述べ、今までの経緯いきさつの報告をしたのです。

するとそんな最中さなか、或る異変に乃亜が気付いたのです。

ではその異変とは…


「え…? あー--っ!」

「どうしたの、乃亜…今はキリエ様がご報告の最中なんだから邪魔しちゃダ…あ―――ああ、あああっ!」


「どうしたの、二人共騒がしいわよ。 今はご報告の最中なのだから…」

「キ、キリエさまぁ―――」

「ぎ、玉座のほうを―――」


「玉座に? 一体誰…が―――」


スピリッツの仲良し姉妹の一人である乃亜が、普段なら人気ひとけの感じられない玉座に何かしらの気配を感じたのか、ふと背後を振り返って見てみると驚嘆の声を上げてしまったのです。

それをいぶかしんだコみゅも、一体何事か…と玉座のほうを見てみれば、また彼女も。

そしてその二人に対し、背中越しに『騒がしい』と注意するキリエも、この姉妹二人に釣られてようやく玉座のほうを見てみれば…


「えぇ?! あ…あなた様―――は!」


玉座にて鎮座する見覚えあるお姿…頭上には黄金作りの冠を頂き、頭髪は小豆色をなし―――その慈愛のこもった瞳は瑠璃色、その身にも紫を基調とした衣服を纏っているそのお方こそ………


「ジ――――ジョカリーヌ様!」


{(ジョカリーヌ=シャラソウジュ=イラストリアス;約7万年前にこの大陸に君臨していた『皇』であり、今までに述べられてきたところの『伝説上の仁君』…しかし、亡くなられたはずなのでは?)

やぁ―――…}


そう、そのお方こそが今までに数多くの逸話を遺し、ふるき昔に『皇』としてこの世界に君臨し、その治世は『世紀の人徳のまつりごと』として知られ、『伝説上の仁君』として万民に親しまれ、愛されてきた存在…ジョカリーヌ=シャラソウジュ=イラストリアスその人だったのです。


「あっ―――あぁ……わ、我らが君主様が―――」


{永い間―――本当に苦労をかけたねキリエ、すまなかった。}


「いえ――――いいえ!どうして済まなかったなどと…勿体の無いお言葉でございます。」


「ぅわわ~~ん! ジョカリーヌ様ですみゅー--!」(←抱きつき攻撃)

「ふぇえ~~ん」(←連られて…)


ふるき昔に既に亡くなられているはずの人物が、自分たちの目の前に往時の姿で佇んでいた…これだけでキリエは涙ぐみ、コみゅ・乃亜姉妹は懐かしさのあまりに抱き着こうとするのですが、どうしたわけか“するり”とすり抜けてしまい…


{あぁ――――っ、これ、お前達…}


「いっ…たいですみ゛ゅ~~~☆」

「すりぬけてしまいまちた…。」


{もう―――仕様のない子達だね、今の私は精神体アストラルボディなのだからすり抜けてしまうのは当たり前じゃないか。}


「あッ、そうでしたみゅ。」

「ねぇちゃまおっちょこちょい。」


「それより―――陛下、どうして今こちらに? 私はてっきり保有者ホルダーであるアリエリカ様とリンクなされていたものと…」

{ぅん? うん―――ちょっとね、権能チカラが必要になってきてしまって…それで今は一時的に“器”の方を離れているんだ。}

「『カレイド・クレスト』…・陛下が一時的に亡くなられる直前に、ご自身の総てを凝縮された宝珠ですよね…でもどうしてこの宝珠の権能チカラが?」

{それは―――…言いにくい事なんだが、どうやら北の古代遺跡ドルメンに異常があったらしいんだ。}

「『北』の? あの…『ハルヴェリウスの地下迷宮ラビリントス』で? しかしかの地には最高顧問閣下の『ヴァーミリオン・クレスト』が安置されているはずでは…ま、まさか?!」

{うん、そこに安置されているはずのあの宝珠の気配が、今はなぜかしらコキュートスの位置から漂ってきているんだ。}

「コキュートス―――どうして彼奴きやつめの居城から最高顧問閣下の権能チカラを封じたものが?」

{判らない…だが、今はそのことを憂慮すべきではない。}

「―――と、申されますと?」

{うん、実は近々私の宿主ホストに私自身の事を知らせておこうと思うんだ。}

「アリエリカ様―――に、ですか。」

{うん…これ以上騙し続けるのはさすがに忍びなくてね。}

「『騙す』―――だ、なんて…それはさすがにご自身を卑下しすぎでございます!」

{いや―――違うよ、キリエ。 私の時代で決着のつかなかったことを、それを違う時代の関係のない者までを巻き込んでしまっている。 しかも今に於いてさえも本来の目的すら語っていない、これを『騙していない』とでも言えるだろうか?}

「―――…。」

{それに…こんな頼り甲斐のない者が『皇』で『仁君』だって? 全く…聞いて呆れる。}

「ジョカリーヌ様…」

{だって、そうじゃないか。 『種族平等法』にしろ、『私田法』にしろ…あれらの法の数々は私の姉でもあった最高顧問の提案を私が受理しただけで――――}

「いいえ、いいえ! そんなことはありません! 『良策も取り上げてもらわねば愚策にも劣る事』―――と、最高顧問閣下も常々そう申されていたではありませんか!」

{そうか―――そう、だったな。}

「申し訳…ございません。 曲がりなりにも私如きが意見をするなど、差し出がましいことを…」

{いや、いいんだよ、キリエ…お蔭で目が覚めた気分だ。 それに思えば私は恵まれ過ぎている…最高顧問やお前達のような優れた良臣―――そしてこんな私でも親しんでついてきてくれた民達…こんな恵まれ過ぎていることに私はもう少し慎まなければならないだろうね。}


そこには―――たとえ『皇』なりとて慢心するではなく、しかし立場上弱い者達にココロを割いてやれる者――――『仁君』が、紛れもなくいたのです。

何分にも驕りもせず、ただ―――ただ―――慎ましやかなる者が…

そして、その昔からのなされように古来からの臣下は、『ああ…やはりこの方こそ、我らの主であり、あの姫君こそがこの方の魂を―――崇高なる意志を継ぐに相応しいのだ』と、思っていたのです。


        * * * * * * * * * *


ところ変わってアリエリカは…


「(昨日は大変な一日でしたけれど、今日は平穏無事でなりよりでしたわ。)それにしてもあの声の方、一体どなたなのでしょう?」


未だに諸事情が上手く飲み込めていないアリエリカは、姿は見えないけれど声だけはする存在に、今更ながら…のようですが、少なからずの興味を抱き始めたみたいです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして―――明けて翌朝。 朝の支度をしている時に、またもやあの声が―――


「{やあ、お待たせ、昨夜はよく眠れたかな?}

(あっ、あなたは…わたくしの、気の所為ではなかったのですね。)

{ははは、頼むからそう邪険にしないでおくれアリエリカ。 実は…今日君に頼みがあるのだが、聞いてもらえるかい?}

(また、わたくしの身体を借りる―――と言うご相談なら丁重にお断りさせて頂きとうございます。)

{相変わらず厳しいね、アリエリカ。 実は―――君も兼々かねがね疑問を抱いている私自身の事なんだけども…}

(あなたが…ご自分が何者であるか語って頂けるのですか?)

{『語る』―――か…まあ確かに私自身から何者であるかを語ってもいいんだけれど、それでも君は納得いかない部分が大半にはあるだろう。 そこで―――だ、君に…いや、君の曇りのないそのまなこで君自身が何者であるのかという事と、そしてこれから君自身がしなければならないことを確認して欲しいんだ。}

(わ、わたくしが何者で―――これからしなければならない事?何の事を…言っているのか、さっぱり――――)

{その事をる、第一の条件として君にはこれから或る場所に行ってもらいたい…それも、君一人で。}

(或る…『場所』?一体、どこの事なのです?)

{それは―――…}


それは―――   紛れもなくの、――――


「(『シャクラディア』?!でも…それは古代遺跡ドルメンで―――しかもこの国の最重要文化財として指定保護されているという…?!)

{異論は、あると思うよ。 けれどその事なら『学術調査』と称しておけば、事足りるのじゃあないかな。 現に最近全く同じ事を。}

(『学術調査』に…『三人』?!はっ!そ、そういえばキリエさんは?コみゅちゃん、乃亜ちゃんは? あぁ―――いけないわ…わたくし、自分の事ばかり気になってしまって、あの人たちの事をすっかり―――)

{そのことなら何も気に病むことはない。}

(ど、どうしてそんなことが言えるのです?キリエさんや…してやあの子達にもしもの事があったら…わたくし、どうすれば――――)

{なぁに大丈夫、あの三人の事に関してもその古代遺跡ドルメンに行けば判る事だよ。}

(そうですか…分かりました。 でしたらシオンさんにそう申し上げておきましょう。)

{ああそうそう、あの人に言うのだけはよしてくれないかな。}

(どうしてでございます?第一今、頼りにせざるを得ないのはあの方をおいて他は…)

{あの人は…君のお目付け役でもあるだろう?それにもし、こんな事をあの人が聞いて御覧、絶対君に付いて行くというのじゃないかな。}

(そ、それは確かに…)

{それに、この事は君と私との問題だ、だから―――関係のない人間を巻き込みたくはないんだよ。}

(そう…ですか、分かりました。)」


その声だけの存在は、今にしてようやくアリエリカに自分の事を語りたいと、そう言ってきたのです。

けれども、それはアリエリカ一人にだけであって、アリエリカ以外の人達に自分の事を知られるのを極端に嫌っていたようにも思えたのです。

その事に、『それほどまでに大事な事なのでしょうか』―――と、そう思ったアリエリカは、自分のお目付け役を通さずにこの国の役人の一人であるセキに、この事を申し出たのです。


「は―――あ…『シャクラディア』、あの遺跡に興味がおありとは、中々勉強熱心にございますな。」

「い―――いえ…」

「そう言えば…先日もあの遺跡の中へ入りたい―――と、申されていた御仁がおられましてな?いやはや昔をる―――と、言う事は、何にもまして良い事でありますよ。」

「は、あ…それで、その方は?」


自分よりも年若い―――それも女性が、この国が保有している最重要文化財を見学したいのだと言う。 けれどアリエリカと同じ年頃の若い女性は『カビの生えた昔の事』にはさらさら興味を示さないものなのに…?そのことに関心をするセキだったのですが、アリエリカよりもほんのちょっと前に、同じくして古代遺跡ドルメンを巡りたいと申し出ていた人物の事を思い出したのです。 けれど…それは紛れもなく――――


「確かー--ご老体で、二人の小さなお子を連れておりましたなぁ、名を確か――――」

「キリエ――――」

「ああ、そうそう―――その、キリエというご老体でしたが…はて?どうしてあなた様がその御仁の事を?」

「わたくしの…連れの一人だった方ですから。 そうでしたか…分かりました、それで、許可を出していただけるのでしょうか?」

「ええどうぞ、この事に関しましては私のほうからイクに伝えておきますので…では。」


「(キリエさん…コみゅちゃん、乃亜ちゃん―――あの三人が昨日あそこを訪れている?それに―――昨日から宿に帰ってきていない…と言う事は!?)


そう―――それは未だに遺跡の中へ留まっているという事。

その原因として何らかの事故に巻き込まれ、そこから出られないでいるのか――――はてまたは幼い二人が広い遺跡ではぐれてしまって、それを探すのに三人とも未だ遺跡を彷徨っているのではないのか――――などと、ついよからぬことばかりが頭の中をよぎってってしまっていたのです。


しかし―――そのいずれもが杞憂に過ぎてしまった事だと、アリエリカは知ることとなったのです。


        * * * * * * * * * *


そして今は―――かの古代遺跡ドルメン『シャクラディア』の正面にて


「(こっ―――これは!? わたくしも故国テ・ラでは、その存在が遺跡であるとしか知らなかったのですが、これはまるで―――)

{古代王朝のお城みたいかい? まぁ―――とにかく中に入ってみよう。}

(は―――はい…)」


声だけの存在に促されるまま、その遺跡の中奥深くへと入り込んでいくアリエリカ。

すると―――そこでアリエリカを温かく迎えに出たのはなんと…


「ああっ! あ、あなたは!」


「ようこそ、『皇城シャクラディア』へ。」

「あたし達は、アリエリカ様を心快こころよく歓迎いたしますみゅ~♪」

「いたしますみぅ―――♪」


そこにいたのは―――年老いた老婆でも、幼い子供でもなく、うら若き女性とスピリッツの三人だったのです。


「ど―――どうして…あなた達が…」


  {それよりキリエ、早くこの人を玉座の間まで案内してあげてくれないか。}


かしこまりました…では、こちらに―――」

「今の声は―――わたくしの頭の中で聞こえていた『影の人』の声…それがどうして、この空間に響いて聞こえるの…?」

「その事も、今から足を向かわせて頂く事となる場所にて明らかとなる事でございます。 さあ、こちらへ…」


今までは―――頭の中へ、思念に直接語りかけているような感じだったものが、それが今となってはその空間を通じて直接耳に入ってくるものに代わった事に著しく驚いてしまったのです。

そして若くなったキリエに案内されるままにこの遺跡…いや、城の中核ともいえるべき『玉座の間』までその足を向かわせる事となったアリエリカは―――


「こ―――この扉の向こう側に、なにが…」

「しばしのお待ちを…

〖我は皇のおみにして龍騎師団中隊長キリエ=クォシム=アグリシャス、真の皇にかしこみをもって申し上げる〗」


「え―――? キリエ…??」


そして、今までにも聞いた事のない肩書き…名前―――これがどうしてあの老婆と同一人物であったと思えたでしょうか。 しかし今はそのキリエに促されるまま『玉座の間』に入ってみれば…そこには黄金造りの玉座と―――部屋の中央に置かれた『宝珠』があるだけ…そして――――


「あの…これは?」

「それに触れられて下さい、あの方の魂をお持ちでいらっしゃるあなた様なら可能なはずですので…。」

??」


アリエリカはキリエが促すままに、しかし畏る畏るながらもその宝珠『カレイド・クレスト』に触ったのです。

するとその宝珠は虹色に光り輝き出し、アリエリカの目の前に信じ難い光景を映し出し始めたのです。


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そこには―――今現在に於いて『中華の国』とたたえられているフ国にも負けず劣らじといる諸百官達、その中にはキリエの姿やコみゅ・乃亜達の姿も見えているようです…

それから、あの玉座の左隣にはひときわ巨きな存在が…

そして何よりも一番に驚いたことには、その玉座に鎮座していたのは、自分の夢の中に出てきていた…小豆色の御髪みはつ―――瑠璃色の瞳―――をしたが…

それにこの時は、丁度何かしらの合議の最中なのか…激しい議論のやり取りがなされていたのです。


今―――余り見慣れぬ真紅の鎧をその身に纏った女性の将校が、自分の意見を申すべく、立ち上がったようです…


「そんな―――! 何を於いて今更講和などと…虫の良過ぎる話です―――!もう一度お考え直し下さるよう!」


しかし、それを一喝し打ち鎮める存在が…それこそあの玉座の左隣にいる者だったのです。


「お黙りなさい―――!これは皇、御自おんみずからが打ち立てた方針です、お前如きが口を出すべき問題ではない!」

「し…しかし、最高顧問―――!」


「もう、よい…お前はもう座りなさい、龍騎師団師団長―――」


「っっ――――くうっ!」


「申し訳ございません、陛下…この事は絶対口出しせぬよう堅く言って聞かせていたのですが…。」

「しかし―――皆にも申し訳ないことをしたと思っている…。 折角大陸にある諸侯を説き伏せ優勢に持ち込めたものを…だけど判って欲しいんだ。

私も或る人からよく言って聞かされた事がある…『勝つ事、それ自体そのものは問題ではない、ただそれが余り持続しすぎるとおごりを生じてしまい、返って手痛い目に遭ってしまう事もある、程よく勝って手を結ぶべきが最良なのだよ。』…と。」


「し―――しかし! あやつら…カ・ルマ共がこの期に及んで和議を申し立ててくるなどというのは、新たなる防衛線の構築…それと崩れた軍の立て直しを図るためのものなのでは…」


アリエリカは…ただ、ただ―――驚くしか他はありませんでした。

自分自身見覚えのある顔が玉座に鎮座し、またその者を前に頭を低くする者達…その者達を纏め上げている『最高顧問』―――そして何よりも驚いたのは、自国テ・ラを襲い滅ぼしたカ・ルマという存在―――その事に、ただ驚くしかなかったのです…。


         * * * * * * * * * *


そして、場面は流れ――――その者と最高顧問と呼ばれた者とが親しげに会話をしている場面に遭遇したのです。


「ところで姉様は…マエストロは、此度のカ・ルマの申し出―――どのように思っているので?」

「そのことは―――あなた様がもうお決めになられた事でございます。 私如きがとやかく言う筋合いは…」

「そう、言わずに…」

「そうですか…でしたらば―――今少しばかりその時期は尚早だったように思われます。」

「だったら…どうしてそのことを―――」

「言えば、お取り上げになってくれたでしょうか?」

「(うっ―――)そ、それは…」

「この永きにわたって争いを繰り返しているがゆえに、兵も―――また民も疲労困憊し始めている…だからこそ一挙に攻めるべき―――と、そう申し上げておいたはずでございます。

ですが…あなた様は以前に非戦論者のげんを取り上げなかったがために、この度はその者達のげんを取り上げた…確かに、戦をせずに勝利するという事は最上の策と思われますが…非道なる者達にその憐みは通じません、下の下だと思われるのです。」

「――――…。」

「申し訳ございません…少々口が過ぎてしまいました、お怒りでございましたならこの最高顧問めをお罰し下さいますよう。」

「いや―――この私の思慮のなさが招いてしまった誤解であり、失策だったようだ…それに怒るべきはマエストロ以下の臣下の者達へではない、この―――至らない皇…私自身にだ!」

「いえ、この私の口の足らなさにも因があったように思われます。 皇に於かれましてはもう少しご自愛頂かれますよう…。」


そこでまた、その者―――『皇』は言っていた…『自分の思慮のなさが招いてしまった、誤解に失策だ』――――と、そのことにアリエリカはあの時の事…そう、ショウ王に招かれた宴の席にてこの人物が漏らしていた事にある共通点を見出していたのです。


そして…『優秀な官』と『何もしていない施政者』―――その事が判ったところでまた場面が流れたのです。


         * * * * * * * * * *


しかし今度の場面は、今までのとは違い慌ただしさが見て取れたのです。


「ご注進にございます!」


「何事ですか、騒がしい―――」

「お畏れながら、申し上げます――――」


「カ・ルマ、再軍備の件――――ですか…」

「な―――なんと…ご存知だったのですか?!最高顧問!」

「昨晩天文を見ていましたら、北西の空に暗雲が立ち込めるのが見て取れました…あの者達が何か企んでいると睨んでいたのですが…それがこれほどまでに早かったとは―――」


「で、では―――至急諸官を招聘しょうへいして…」

「いえ、それはしてはならぬ事です。」

「(な…)ど、どうして―――」

「もしそれをなさろうとすると、またもや非戦論者からの横槍が入り遅きに失するおそれがあるからです。」

「そ―――そうか…ならば、どのようにすれば…」

「なに、ご心配なさらずとも、それにはうってつけの策を用意してありますゆえに…」


和議はなった――――しかし、その後一年を待たずして龍騎師団師団長からもたらされたカ・ルマ再軍備の一報…けれどその有事をも最高顧問は見通していたのです。

そして今度は後手に廻らぬよう―――最高顧問は取って置きの秘策をもってあたったのです。


では、その秘策とは…


病でもないのに皇を偽りの病で倒れた事にし、他の者(これは非戦論者とカ・ルマの両者)を牽制しようとする策だったのです。


そして皇の自室には皇と最高顧問が…


「しかし―――なんだか後ろ髪が曳かれる想いだ…」

「そうは申されずに―――万が一はこの私めが総てをひっ被ればよいまでの事…」

「で―――でも、それでは姉様に…」

「それよりも、早くお支度を――――」

「(ん?)こ…これは!」

「今より私と共にコキュートスへと乗り込むのです。」

「(!)で…でも、私達二人だけでどうにかなるものなので?」

「いえ…すでに先遣隊として『槍』と『盾』に先行させております。」

「あの子達が―――?!」

「そうです…それに奇襲を行うのなら、敵も―――してや味方も知らないでいるを於いて他はないのです!」

「(………)よし、判った! 姉様がここまでお膳立てをしてくれたんだ、それにここでこの私が出ないわけには行かない、ここで…総てを終わらせるんだ―――!!」


        * * * * * * * * * *


そして、ここでまた場面が流れ――――今度は敵陣の、それも本拠と目される城塞の中のようです。

するとそこでは既にあの見慣れぬ真紅の鎧を纏った猛将が―――大方おおかた敵方のさぞかし名のある将であろうか…を、相手に、自身が持つ焔より紅い『槍』をその将に向かって振りかざしていたのです。


その猛将…『槍』の最終極奥義とも取れるその技を喰らい滅していくその敵将…と、ここで後から現れた皇と宰相が合流したようです。


「あっお師様、見てやって下さい、この人が――――(あら?)」

「(ね、姉様?!)」

「(最高顧問―――?)」


敵国カ・ルマの名のある武将―――それを倒したとしても最高顧問は喜ばずにいた…しかもこの時最高顧問は実に思いも寄らぬ行動に打って出たのです。

それは…今猛将の一人『槍』が打ち倒した敵将の亡骸なきがらを改めた―――と、言う事…


ナゼ―――? それは……


「(クッッ!)どうやら遅きに失したようです…。」

「えっ? お、遅きに失した―――って、どう言う事なんですか? 現にこいつはこの人の槍に貫かれて…」

「それは―――この者の残骸から出ている残留瘴気濃度が余りにも低いからです。」

「な…にぃ?! 瘴気濃度が?」

「と、言う事はつまり――――」

「そう―――お前達はこの者達の抜け殻と闘っていたに過ぎないと言う事…考えても見なさい、今までに苦戦を強いられてきていた相手が奇襲を受けたにせよ、こうも容易く滅せられることの出来る存在だったのか―――を!」

「な―――で、では、彼奴きやつは…サウロンめは?!」

「恐らく…もう既にこの時代には存在していないのでしょう…。」

「そ―――んな…」

「ですが―――ここで手をこまねいていると言う事こそ愚の骨頂というもの、さぁ…一刻の猶予もならない、このまま玉座の間まで踏み入りその証拠となるモノを掲げてこの戦乱が終わった事を天下に知らしめるのです―――!」


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そしてここで総ての映像は途絶え、元のままの『玉座の間』が、あったのです。

しかしここでアリエリカの目の前で映し出されたものとは、その所々が途切れながらも史実として知られているところの『カ・ルマ平定戦』であり、最後の映像も敵の総大将サウロンたおさる―――の、その証拠ともなったの“金”の『力の指輪』を高々とその槍に掲げた、くだんの『真紅の猛将』だったのです。


そして―――今、この信じ得難い事を目の当たりにしそこにへたり込むように座るアリエリカ…


{驚いたかいアリエリカ…今君が見たのが真実―――本当にあった出来事なんだ。}

「これが―――真実? で…では、現在わたくしたちに語り継がれているあの伝承は――――」

{あれは―――後の世に最高顧問が都合のいいように編纂へんさんしておいた…いわば創作話つくりばなしなんだ。}

「で、では…この映像でも見た、あのカ・ルマと申す者達は―――」

{残念ながら…今君が見たものと、現在この世に存在し君の故国を滅ぼしたる者も…その存在性は全くに於いて同じなんだ。}

「そう…ですか、では、あなた様は――――もしかすると。」

{いかにも、もう君にも判ってしまったように君達の時代に『皇』として語り継がれている存在だよ…君には―――アリエリカには本当にすまないと思っている。 私達の時代で起こしてしまった不祥事を…それをこの時代まで持ち込んでしまいあまつさえ関係のないアリエリカまで巻き込んでしまったことを。 がっかりしただろう?『仁君』だのとたたえられている存在が、こんなにも不甲斐の無いものだったということを―――!}


「(…)いいえ、わたくしはそうは思っておりません。」

{(え?)ア、アリエリカ?}

「あなた様は、確かにまごう事のなき『仁君』でございました…それを、その事を知らずに、ついいてしまった暴言の数々…どうか、この私を許して下さいますよう。」

{そうか―――すまないな…}

「どうしてすまないなどと、お止めになって下さいジョカリーヌ様。」


そう―――そこでアリエリカは自分の身体を借りている存在と、先程自身の目で確かめた『皇』としての存在がジョカリーヌであることをったのです。

しかしれそれで終わったわけではなく、ではなぜ太古の偉人がこうして復活しているか―――なのですが…


{それでは、いいんだねアリエリカ…この私が君の身体に留まってしまっても。}

「はい…。」

{でも、それは言ってしまえば君の自由を束縛してしまうことにもなるんだよ?好きな事をすることも…してや好きなひとと一緒になることでさえも―――それでも構わないのかい??}

「わたくしは―――これも宿命と思っております…。 わたくしの故国テ・ラがカ・ルマによって滅ぼされたのも宿命なれば、あなた様がわたくしを見初みそめて下されたのもまた宿命…なれば、私はあなた様とこれから運命を共にし、あなた様の時代で為し得られなかった悲願を成就して差し上げたいと存じます。」

{アリエリカ…有り難う―――本当に、有り難う!}


こうして、ここで改めてジョカリーヌとアリエリカは、運命共同体としての契約をしたのです。

アリエリカは今後一切の自らの自由・倖せを放棄し、始めて自らの胸中を語ってくれたその存在――――ジョカリーヌとその運命を共にする事を誓ったのです。





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