第3話・童夢?ドリーム?〔ラスト〕
◇◇◇◇◇◇
次の日──ドリームは、芸能プロダクションの事務所でテーブルを挟んでスーツ姿の専務と会っていた。
専務が言った。
「精密検査の結果が異常なしで本当に良かった……マネージャーから聞いたら。明日、メンバー五人揃ってのグラビア撮影があるみたいだが……撮影できそうか?」
「ご迷惑をおかけしました、もう大丈夫です」
「アイドルのスケジュールは会社勤めと違って、変則的で時間も不規則で、かなりハードだからね……本来のライブとかだと控室でリハーサル用のジャージに着替えて。
ステージでの立ち位置や曲順、パフォーマンスの確認をしたり、楽屋で取材を受けたり。
移動の合間に食事をしたりと、場合によってはオフの日も無い週や月もある。
体調の自己管理だけは、しっかりしてくれよ」
「はい……わかり……?」
ドリームの動きが一瞬止まる、スーツ姿の専務が作業服に変わっていた。
壁に貼られていた、プレシャス・ハートのポスターも、金属製品加工製作会社のボスターになっている。
「えっ?」
数回のまばたきで、専務はスーツ姿にもどり。壁のポスターもプレシャス・ハートのポスターにもどる。
(どこか、病気なのかな……あたし)
◇◇◇◇◇◇
童夢は、就業時間中に、作業服姿の専務に社員食堂に呼ばれていた。
専務が言った。
「労災認定外だからね……就労中にケガだけはしないように、注意してくれよ」
「はい……すみませ……」
我が目を疑う童夢。
専務の姿がスーツ姿に変わっていて、壁に貼ってある会社のボスターが、アイドルのポスターに変わっていた。
そのポスターの中央には、アイドル衣装を着た童夢の姿があった。
「えっ!?」
両目を擦って、もう一度、専務を見るといつもの作業服姿の専務がそこに座っていて、壁のポスターも会社のポスターにもどっていた。
「どうした? 不思議そうな顔をして……もう、今日は帰りなさい《雑誌のグラビア撮影があるから》」
「すみません」
童夢は、頭を下げながら。
(聞き間違? 幻聴? グラビア撮影ってなに?)
童夢の頭の中は、混乱していた。
◇◇◇◇◇◇
プレシャス・ハートは雑誌の表紙を飾るグラビア写真の撮影をしていた。
今日のグラビアテーマは『魔女の休日』
尖りの魔女帽子をかぶったプレシャス・ハートのメンバー。
「似合っているよ、マジカル」
「ありがとう、ドリームも可愛いよ」
順調に終わるかと思われたグラビア撮影だったが、ドリームが脚立に登ってポーズをとった時に悲劇が訪れた。
ドリームこと、夢見野童夢が。
(あれ、この脚立少しグラグラする?)
そう思った次の瞬間、脚立の留め具が外れ、バランスを崩したドリームの体が、脚立ごと横転する。
「きゃあぁ!?」
「ドリーム!」
床に側頭部を強打するドリーム。
薄れていく意識の中でドリームは「救急車を!」の声を聞いた。
◇◇◇◇◇◇
製作会社の倉庫で少し高い脚立に登った童夢は、棚の上に置いてある加工前の金属片が詰まった段ボールを取ろうと手を伸ばす。
脚立に登った童夢を心配そうに見上げている、同僚の女性事務員。
「一人で大丈夫? 男の人の手を借りた方が」
「平気、平気、それにしても誰がこんな棚の上に乗せちゃったのかしね」
段ボールを引っ張り下ろそうとした、童夢は段ボールの予想以上の重量に驚く。
(重い!?)
傾いた段ボールに、積もっていた埃が童夢の顔に降り落ちて、バランスを崩した童夢は金属が詰まった段ボールごと脚立から転げ落ちる。
測頭部を強打して意識を失う童夢の耳に。
「夢見野さん! 誰か! 夢見野さんが!」の声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
病院のベットの上で頭に包帯を巻いた、ドリームは力無く天井を眺めていた。
病室にいた、マネージャーのグレースが言った。
「それじゃあ、あたし仕事にもどるから」
マネージャーのグレースが病室から出ていくと、ドリームは自分の指先を眺める。
機械油の臭いが爪の隙間から漂う、アイドルとは思えない荒れた手。
ベットから起き上がったドリームは、開いている窓に向かう。
「仕事しなきゃ……あたしの仕事を、旋盤の仕事を」
ドリームは、そのまま窓から身を空中に投じる。
数分後──窓の下には、転落死した作業着姿のドリームの姿があった。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、あたしは会社にもどるから」
班長の暮巣が、頭に包帯を巻いた童夢の病室から去ると。
呟きながら、童夢はベットから起き上がる。
「仕事しなきゃ……インタビューの仕事が入っていたんだ。あたしが抜けたら、みんなに迷惑がかかる」
窓辺に近づき、病室の窓を開けて空中に身を投げる童夢──数分後、その姿は可憐なステージ衣装のアイドルに変わっていた。
時をほぼ同じくして、さまざまな場所で、四人の女性の自殺があった。
投身、入水、
~おわり~
夢の仕事・仕事の夢 楠本恵士 @67853-_-
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