ムスク
故郷のお父さん、お母さん。
今、何故か
行く先は血の池地獄か
「じゃなーーーい!!!何!?なんなの!?あんた誰!?」
「だから
「誰が呼ぶかーーー!!手え、離せ、このっ、変態!!」
走りながらだと息が切れるけど仕方ない。だってどう見ても不審者でしょ?お坊さんが着るみたいな黒い着物着た大男が私の手を
背中には黒いギターケース担いでるし、未だに虚無僧の笠脱いでないから顔も分かんないし、パニくるなって方がおかしい!
なんでこんなことになってるのかって、話は数時間前に遡る。
その日、私は実習先の本多総合病院でやらかして「困りますよ
親元を離れて希望していた看護大学に入学して2年、実習では失敗続きで叱られてばかり。注射は針が上手く挿せないし、今日なんか入院中なのに元気なおじいちゃんに「色気ねえなあ」なんてお尻撫でられて思わずひっぱたいちゃった。でもセクハラされて黙ってられないでしょ?
落ち込んでたら先輩に合コンに誘われたけど、それがまた酷かった。看護師の卵ってだけで何か幻想でも抱いてるのか男性陣が妙な優しさを求めてくるから場は白けるし。「ママの所に帰れ」と思わず言ってしまった。看護師だって癒されたいのよ!
こんなんだから20歳になっても彼氏の一人も出来ないんだわ。確かにあんまり色気もないし、色白だけどそばかすが多くて特別美人て訳でもない。髪はほわほわでまとまりないからナースキャップに収まりにくいのが小さな悩み。これは遺伝で家族全員この髪質だからもう諦めるとして。
ムカムカしながら繁華街を歩いてたら、ガラの悪そうなスキンヘッド3人組に絡まれてる虚無僧に遭遇した。「坊主VS坊主!!」じゃないわよ、野次馬の酔っ払いどもめ。
それに、1対3は卑怯よね。つい、出さなくてもいい正義感出しちゃって「おまわりさーん、こっちですう」って大声出しながら虚無僧の袖掴んじゃった。
少し肩の所が破れてたけど、私が破った訳じゃないからね。多分スキンヘッドのうちの誰かと揉み合ったんだわ。すぐ嘘がバレて何故かそのまま虚無僧に手を掴まれて逃げ出した訳だけど。なんで私まで!?
「離してよ!」
「今離れたらきみあいつらに俺の仲間だと思われて拉致られるかもよ!?」
「ぎゃあ!迷惑ーーー!今日は厄日か!」
「あはははは、助けてくれてありがとなー!きみ、名前なんだっけー!?」
「はあ!?教える訳ないでしょ?」
笠を被った男は楽しそうに笑いながら、私に向かって尋ねた。声は若そうだけど、全く顔が見えない。怖いってば!
「俺は、大日如来、マハーヴァイローチャナでーす!ローちゃんでーす」
「頭おかしいんじゃないの!?なんで坊さんが如来なのよ!」
「こまけーことは気にすんな、色即是空だぜ!俺達のバンド『ドット
「バンド!?仏に謝れ!!」
「あははは、きみ気ぃ強いね!最高!!」
私が怒鳴り返すと男はますます楽しそうに笑った。風に乗って、男の小袖から微かにムスクの香りがする。ワイルドな口調と相まって、危険な予感しかしない!!
で、その後どうなったかと言うと―――。
走りに走って私もお酒が入ってたから酔いが回っちゃって、正常な判断もできないうちに近場のホテルに逃げ込んだ。
笠を脱いでみたら整った厚めの唇に、高い鼻筋、彫りの深い目元、太い眉、赤い髪の美丈夫が現れた。
だからってほだされた訳じゃないよ?帰ろうとしたのに「殴られた脇腹が痛い」「肋骨折れたかも」「看護師なの?診てくれる?」「寝てたら治るよ」「お腹撫でて」「添い寝して?」と段階的にほざく坊主に騙されて介抱してたらなし崩しにえっちに持ち込まれ、そのまま美味しくいただかれてしまった。
これがストックホルム症候群!?だって、ほら、看護学生としては怪我人ほっとけないでしょ!?
……翌朝目覚めてみたら隣はもぬけの殻。何故か手の甲に梵語みたいな落書き。ありえないくらい乱れたシーツに微かに残る心を乱す香り。
なんてことだ。故郷の両親に顔向けできない。分かった、うん、流された私も悪かった。でもね。
あんの生臭坊主!!!今度会ったら絶対●す!!!
泣き寝入りなんかしないからね。多少気が強くないと看護師なんてやってられない。まだ学生だけど、現場に出れば泣き言なんか言ってられないんだから。開腹手術に立ち会って内臓見た後だって平気でモツ鍋食べてやったわよ。
大学に通う合間にライブハウスを回ってあの晩聞いたバンド名を頼りに本名も知らない男を探しまくった。あんなふざけた名前のバンド一組しかないからすぐ見つかったわ。
ライブハウス近くのコンビニ駐車場で張り込みして、赤い髪の男を待つ。
今夜はどこかで着替えたのか、青いTシャツとジーンズにギターケースという姿だったけど、どっちにしろ目立つ風貌なのですぐ分かった。
私はぶらぶら歩いて来た男の前に立ち塞がり、指を突き付けた。
「見つけたわよ!!マハーなんとか!!」
「あ、羽音ちゃん!会いにきてくれたんだ」
「なんで名前知ってんのよ!」
「寝てる間に学生証見ちゃった」
「犯罪だろっ!」
怒り狂う私に奴は悪びれもせずへらっと笑う。見ちゃった、じゃない!言い方!彼氏のうちに急に押しかけてくる女か!
「こないだは先に帰っちゃってごめんな。学校あったからさ。でも電話してくれれば俺から会いに行ったのに」
「学生なの!?てか、電話??」
「手に名前と電話番号書いといたよ?彼氏の名前、忘れちゃだめだろ」
「誰が彼氏よ!あれ日本語?梵語かと思ったわよ」
動揺してたし、どっちみちすぐ残り香ともどもシャワーで流してしまったので、解読なんかしてない。私は怒りにブルブル震えながら男を睨んだ。端正な顔にものすごくいい笑顔を浮かべて男が言う。
「なんだよ~。そのうち会えると思ってたけどさあ。あ、俺の名前、
「意味わからんわ!なんか他に言う事ないの!?」
「ん~?会いたかったよ?」
「はあ!?」
「あれ、違う?愛してる?」
「はああああ!?」
意味が分からない。この男の頭の中はどうなってるんだ。宇宙人なの?如来って宇宙人だった?訳の分からない思考に陥りかけて茫然とする私の頬に手を伸ばし、男がまた笑った。
温かい掌から、あの危険な香りが漂って一瞬ぐらついたけど「騙されるな」と理性が囁く。ダメダメダメダメ!こいつのペースに巻き込まれたら、大変なことになる!
「あの日あそこで出会ったのは運命だよね。
「きっしょ!何とんでもないことサラッと言っちゃってんのよ!この生臭坊主!!」
「あははは、照れちゃって、かーわいーなー」
だ、ダメだ。全然話が通じない……。謎のポジティブ。体力には自信あったのに話が通じなさすぎて目眩がしてきた。
ぐりぐりと頭を撫でまわされついでに顔中キスされ、まとまりのない髪が余計くしゃくしゃになる。もう殺意しかない。
私は男の胸倉を掴み、その腹目掛けて思い切り足を振り上げた。綺麗に膝蹴りが決まった男は、声もなくコンクリートの上に沈む。
「くたばれ!!」
とりあえず目的を果たした私は、鼻息も荒くその場を後にした。もう二度とその
そう、思っていた。
奴、本多蛍が実習先の病院の息子ですぐまた再会したとか、学生証見なくても前から私のこと知ってたとか、あれでまだ高校生 (18歳)だったとか。もうそんなことはどうでもいいの。
どれだけ邪険にしても「運命最高!」と追い回され、結局口説き落とされちゃったなんて、人生何が起こるか分からない。
故郷のお父さん、お母さん。私の行く先って、ここで良かったの!?
◇◇◇◇◇
【後】
主人公を大幅に変えました。
男子目線にしたらR回になりそうだったので。
謎のポジティブ宇宙人男子→巻き込まれ正義感強め女子。
【カモミール】優希の2番目のお姉さん。
男子はこちらにもメインキャラで出ています。
【混む混む♪ドット虚無♪】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650371911310/episodes/16817330650371966864
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます