サンダルウッド

檀家だんかのみんなーーー!!!今日は俺達『ドット虚無コム』の最後のライブに集まってくれてありがとーーー!!!檀家ダンケシェーン!!!」


しーーーーーーーん。


「おいおい、なんだぁ?葬式かぁ?僧だけに!?」


うぉぉぉぉぉぉぉ!!!


「今日も涅槃見せてやるぜぇ~~~!!!」


うぉぉぉぉぉぉぉ!!!うぉぉぉぉ……うぉぉぉ……うぉぉ………ぉぉ




 あの伝説の解散ライブから2年―――私は抜け殻と化していた。


 高校生の時からずっと追いかけていた伝説のインディーズバンド「ドット虚無」。深編笠を被ってそれぞれのカラーの絡子らくすを纏った虚無僧姿の5人のメンバーが、派手なパフォーマンスを繰り広げる。

 最初は罰当たりな覆面コミックバンドかと思ったが、演奏技術は確かで歌もすごくいい。ファンの事は「檀家」と呼び、最後はみんなで合掌して終わる。

 あの日のセットリストは「釈迦釈迦ロック」「如来さまにお願い」「千の手を君に」「禅禅禅武」「一切合切金輪際」「八面六臂BOUZ」「煩悩の数だけ」、どれも最高だった。

 特に私が好きだったのはボーカル&ギター担当ピンク絡子の「阿弥陀如来アミターバ」様。私はいつも阿修羅のTシャツを着て最前列で見ていた。

 荒魂ロックのパフォーマンスはかなり激しくて、一度など客席にダイブしたアミターバ様の絡子も小袖も檀家に剝ぎ取られ深編笠まで取られてしまうところだった。その時見えた腕に彫られた阿弥陀如来、上半身をはだけたまま「喝!!!」と叫んだ荒々しさ。もう、興奮が最高潮で心臓が止まるかと思った。

 なのにお腹に響く美しい低音で歌う彼の和魂バラードは本当に心洗われるようで、檀家たちの大半は涅槃ニルヴァーナが見えていたと思う……。

 最後まで決して正体を明かさなかった彼等だけど、一度奇跡的にアミターバ様に握手をしていただいた時は、白檀サンダルウッドのものすごく良い香りがして、そのままうっかり昇天するところだった。

 ああ、なんで解散しちゃったの。うっ、うぅ…私の人生もう光明が見えない……。


「うるさいわねぇ、海鈴みすず、あなたまたそれ聞いてるの?」

「だって…だって……昨日会社で嫌なことがあったんだよぉ……」


 我が家に遊びに来ていた従姉の紗月さつきちゃんが私の部屋を覗いて、ドアの枠に凭れかかり細い眉を優雅にひそめる。ゆさゆさ揺れる大きなお胸の前で腕を組んで小首を傾げると、なんてことない仕草なのに、妙に色っぽくて女の私でもドキドキしちゃう。同じ血筋とは思えない。Aカップにも満たない私にちょっと分けて欲しい。


「そんなに好きだったのね、そのバンド」

「そうよ、私の救い、私の光明……」

「ねえ。そんなにお坊さんが好きなら、お寺にお嫁に行ったら?」

「お坊さんが好きな訳じゃないもん!!ドット虚無が好きなの!!アミターバ様がいたから辛い今生を生き抜いてこられたのよ!」

「あらそう」


 紗月ちゃんは綺麗に塗られた赤い爪の先を気だるげに見つめながら、興味なさそうにしている。

 私はベッドの上に起き上がって涙を拭い、音楽を止めた。いつも身綺麗な彼女に比べて、社畜生活3年目、金なし・色気なし・彼氏なしの苦海浄土を生きる私はパジャマ代わりのバンドTシャツと短パン姿。肩までの髪はぼさぼさだし、お肌もカサカサ。

 最近若い彼氏ができたらしい紗月ちゃんはますます色気に磨きがかかっている。羨ましすぎて阿修羅 (帰依前)になりそう。


「今日はどうしたの?」

「ん?あ、そうそう。明日暇ならヨガと座禅体験でも行かないかと思って誘いに来たの」

「よがぁ?ざぜんん?私が体硬いの知ってるでしょぉ?」

「体の柔らかさは関係ないわよ。凝りに凝ったその体、ほぐしてリラックスしなさいな。あなた顔は可愛いんだからその猫背なんとかしなさい?胸も大きくなるかもしれないわよ?」

「やーだー寝るー。胸なんか今さら大きくならないもーん!出かけるくらいなら惰眠を貪るー」


 ベッドの上にひっくり返ってバタバタする私を呆れたように見つめて、紗月ちゃんはまたお胸を揺らした。ぐぬぅぅぅ。くそぉぉうらやま……。


「まあ聞いて。それは建前で、海鈴についてきて欲しいのよ」

「なんで?」

「お寺で座禅体験も一緒にするんだけどね。そこの若住職が超イケメンで予約もなかなか取れない人気コースなんだけど、折角彼氏と2人分取れたから行こうと思ったらあの子急に行けなくなって……」

「ああ……察し」


 紗月ちゃんの彼氏は嫉妬深くて彼女が行くとこ全部チェックして干渉してくるらしい。坊主とはいえイケメンがいる場所に一人で行かせるはずがない。まあ、気持ちは分からんでもないけど。弁財天もかくやなこの麗しさ。

 私は紗月ちゃんの豊満なお胸を横目に考え込んだ。このまま腐っていても胸が膨れる訳じゃない。ここは人助けついでに女子力とやらを磨きに行ってみますか!



 そう思っていたこともありました………。


 やってきました金全寺。午前中はヨガでひいひい言った後、精進料理をいただいて、これから座禅体験の予定。身体が硬すぎてリラックスするどころか股関節ががくがくしてきた。


「紗月ちゃん………私もう駄目」

「まあそう言わずに」

「ちょっとトイレ……」


 ふらふらと本堂から出てトイレを目指す。足元が覚束なくて玉砂利を蹴散らして転びかけたその時。


「大丈夫ですか?」


 深い深い、お腹の底まで響くような美声と共にしっかりした腕に抱き止められる。ふわりと漂う甘く爽やかな薫香。衝撃に備えて閉じかけていた私の目がクワッと開く。

 この声、そしてこの香り。あの日アミターバ様から香ったインド産「老山白檀」ではないかっ!!あの一瞬が忘れられずオタクの執念で鼻がいかれるほど探しに探したこの香り、嗅ぎ間違えるはずがない。

 ガバッと顔を上げると、日輪を背に剃り跡青く煌めく禿頭とくとうが見える。丸く美しいフォルム、宇宙から見た青い地球を縁取る最初の太陽の光、私は知らず知らずのうちに涙を流し手を合わせていた……。


「どこかお怪我でも?」


 心配そうに見下ろしてくるその顔は、名彫刻師ですら再現は不可能と思われる麗しくも男らしい美貌。すっと通った鼻筋に墨を刷いたような黒く形の良い眉、切れ長の一重の瞳には柔和で知的な光が溢れ、薄く上品な唇に慈愛の笑みが浮かんでいる。


「アミターバ様……」


 思わず呟くと、その唇から笑みが消えた。


「……よくご存じですね。阿弥陀如来は梵語サンスクリットでアミターバと呼ばれています」

「いいえ!!ドット虚無のアミターバ様でしょ!?その声、その香り、忘れる訳ないわ!どうして解散しちゃったんですか!?」

「え!?ちょっと、しーーーっ!!」


 彼は慌てて私の口を押えて本堂の陰に引っ張り込んだ。覆い被さるように目の前に立った彼の袈裟からあの芳香が漂ってくらくらする。


「君、ファンの子?もしかして……アシュラちゃん?」

「アシュラちゃんとは……?」

「あ、ごめん。いつも最前列で阿修羅のTシャツ着て見ててくれたよね。名前が分からないからメンバーが勝手にアシュラちゃんて呼んでたんだ」

「そうなんですか。覚えて頂けて光栄です!」

「………変わってるね。いや、あのバンドのファンて皆変わってたな……」


 アミターバ様、戒名・とうしん様、本名・金田かねだ当真とうまさんは、頭痛を堪えるように形の良い額を押さえた。


 彼の話によると、ドット虚無は元々高校の軽音部で組んだバンドだが、寺の跡継ぎである当真さんがステージに立つと何かと不都合があるので、身バレを防ぐ為に深編笠を被って出ようと冗談で言ったら採用されてしまったのだそうだ。

 一時はメジャーデビューの話もあったが当真さんが家業を継ぐのをきっかけに解散、その後は僧侶として地域に貢献してこられた、と。なんと素晴らしい。そういう理由であれば仕方がない。うんうん、と頷く私に彼が言った。


「あのさ、ずっと手を合わせて話聞くのやめて?僕も若気の至りだからさ……」

「うう……合掌の癖が抜けません……」

「ほんと変わった子だね」

「アミターバ様の和魂バラード『煩悩の数だけ』、本当に素晴らしかったです。♪どんなに修行を重ねても君への煩悩は消えない♪」

「わあああ!!こんなとこで歌わないで!!」


 大きな手が私の口を塞ぎ、肺いっぱいに甘く痺れるような香りが流れ込む。真っ赤になった白皙に映える墨色の袈裟。仏と崇めていた彼の人間らしいその表情に心臓が止まりかける。


 ああ、このまま昇天したい―――!!


 実際、感激しすぎてその場で気絶した私だけど、その後お寺に通いに通いつめ、いつかの紗月ちゃんの言葉通り、お坊さんの押しかけ嫁になったのはまた別の話である。



◇◇◇◇◇


【ちょっと長いバージョン】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650264524775


【後】

美貌の僧侶とバンドおっかけギャル。

「ロータス」の翔真のお兄さんです。


すみません。各方面からお叱りを受けそう…。

生温かい目で見守ってください。

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