カモミール
「髪留め変えたん?可愛いやん。似合っとる」
「そのお弁当自分で作ったん?すげー、一口ちょうだい」
「スカートみじかない?唇青いやん。はい、カイロあげる。そうそう、猫なんよそれ、可愛いやろ?」
「歯磨いて来た?ほっぺに歯磨き粉ついとる。はい、ウエットティッシュ」
ああ、今日もやってる。オカン男子。
昼休み。私は素知らぬ顔で頬杖をつきながら、愛想を振りまく彼、
グループで仲良くしてる内の一人だけど、とにかく彼は誰にでも親切で世話焼き。
さらっと女の子褒めまくって、ほんの些細な変化も見逃さずフォローする。前髪を少し切っただけの子にも「髪切った?」って某司会者?あれで無自覚なんだから
軽く色を抜いたほわほわのウエーブヘア、優しそうなアーモンド形の茶色の瞳。腰までのまっすぐ黒髪、乱視気味で目つきの悪い私からすると羨ましい柔らかさ。背はそんなに高くないけど、立つと私の目線と合ってちょうどいい。ちょうどいいって何が?ほんともうこれやめたい。
「あ、ねえ、ふみちゃん。ちょっと相談あるんやけど、今いい?」
振り向いた田路君が私の方へ歩いてくる。やば、見てたの気付かれた?私が内心慌ててるのは気付かない様子で、空いてた隣の席に腰を下ろす。
「……なに?」
「この前みんなで遊んだ時の写真なんやけど、ふみちゃんも映っとるやつ上げていい?いちお許可取っとかんとね」
彼のやってるSNSに私の写真をあげていいかどうかってことね。うーん、正直写真写りには自信ないから上げて欲しくはないんだけど。お願いする時の上目遣いが憎い。
「……いいよ。でもうちに選ばせて」
「もちろん」
田路君はいそいそとスマホを取り出して写真フォルダを開いた。いくつかのサムネを見せながら「これなんかどう?」とオススメしてくる。
遊園地で撮った7~8人のメンバーが映った集合写真。指先でスライドしながらいい感じのを探していく。なんか変な顔ばっかり。
だってこの時は……。少し寒くて。
みんなで並んだ一番後ろで「手が冷たい」って騒いでたら、隣にいた田路君が「俺の手あったかいよ」ってさらっと繋いできて、写真撮ってる間ずっと私の手を握ってたから顔が赤くなるのを止められなくてカメラをちゃんと見るどころじゃなかった。
「これなんかええやん」
「え、やだ、それうち変な顔してる」
「そう?めっちゃええやん。ふみちゃんの貴重な笑顔!これにしよ?」
ね?と優しく駄目押しされて思わず頷いてしまった。天然タラシめ……。
確認は私が最後だったのか、田路君は早速写真を上げて私に見せてくる。見たくないけど、見てしまう。ハッシュタグ#みんな仲良し#笑顔かわいい、とか何?恥ずかしい……。
「みんないい笑顔やね」
「うん」
田路君はにこにこしながら同意してくる。一緒に写ってるのは同じクラスの亜美ちゃん、芽衣ちゃん、私、隣のクラスの
亜紀ちゃんはしっかり者のお姉さんキャラだけどちょっと抜けてるとこが可愛いし、芽衣ちゃんはゆるふわ系、環ちゃんはミステリアスな感じだけど笑うと可愛い。にやけないように奥歯噛み締めてた私は中途半端な笑顔。可愛くない。
画面をスクロールして、ふと目に留まったハッシュタグに心臓が嫌な音を立てる。「好きな子」。他愛ないいつものみんなの集合写真だから、誰の事を言ってるのか分からないけど、多分田路君はこの中の誰かが好きなんだろう。見なきゃ良かった…。好きな子いるのにみんなに優しくできちゃう田路君が信じられない。
「ありがとう。携帯返すね」
「うん、あ、あのさ……」
「優希、いる~?」
田路君が何か言いかけた時、隣のクラスの環ちゃんが教室の入り口に現れた。背中までの緩いウエーブの髪を横にまとめたすらっとした美人。猫っぽい感じがミステリアスで、田路君だけじゃなくて他のみんなのことも名前で呼んでる。いいなあ、私もさりげなく呼んでみたい。
「どうしたの?なんか用?」
「ちょっといい?」
「何?」
「ここじゃちょっと」
環ちゃんは教室の中を見回して、その猫っぽい大きな目でちらっと私を見た。あ、なんかわかった。
「行ってきなよ、田路君」
「うん……」
「話してたのにごめんね、ふみ」
「いいよ。用事終わったし」
私は顔が引きつらないように気を付けて、連れだって教室を出ていく2人を見送ってから机に突っ伏した。田路君は面倒見がいいからよく色んな子の相談に乗ってるけど、呼び出される半分は告白。
今のところ誰とも付き合ってないみたいだけど、あの雰囲気は告白だよね。好きな子って環ちゃんかな。もし環ちゃんが告白したらOKするのかな。嫌だな。2人が並んでるところを想像したら予想以上にダメージを受けてモヤモヤした。2人とも友達だから祝福したいのに、出来ない。
昼休みが終わる前に戻ってきた田路君はいつもと変りなくて、何があったのなんて聞けないから放課後までモヤモヤした。帰ろうとしたら「バイバイ」の後に何か言いたそうにしてたけど、走って帰ってきちゃった。なんだか田路君の顔見てるの辛い。家に帰ってもずっとモヤモヤする。
誰にでも優しくて、勘違いさせる達人。「ごめんね」なんて優しい笑顔で告白を断ってる場面を何回も見かけた。私も勇気出して告白してみようかな。でもあの笑顔で断られちゃったら次の日から普通に顔合わせられる気がしない。
ベッドの上で仰向けになって、あの日田路君が握った左手を天井にかざす。友達だから気軽にああいうことするんだよね。「髪切った?」と同じくらいの気軽な口調で、あんなことする?他の子にもやってる?普通、特別、どっち?ああもう分からーん。
「よし!」
私は勢いよく起き上がった。モヤモヤするから髪を切りに行こう。スパッと切って彼がいつもみたいに「似合っとるやん」なんて言ったら「誰にでもそういう事言うんやろ」って嫌味を言ってやる。
って、勢いで腰まであった髪をばっさり肩で切り揃えてみたけど、帰り道寒い!首がすーすーする。
美容院の帰り、家までの並木道をトボトボ歩いていたら、今一番会いたいような会いたくなかったような田路君が前から歩いて来た。
「あれ、ふみちゃん?」
「田路君」
ささ、なんと言うのだね?田路君。挑むように見つめると、彼はアーモンド形の目を逸らして、挙動不審に手をわきわきした。なにそれ可愛い。
「切ったんやね」
「うん。切りすぎて
「ふうん」
あれ、なんか思ってたんと反応違う。彼は近づいてくると、自分の首に巻いていたマフラーを私の首に掛けてくれて、ご丁寧にぐるぐる巻きにしてくれた。なんだ、いつものオカンか。
ほわほわした彼に似た、カモミールの香りが私を包む。切りたての後ろ髪が撥ねてくしゃくしゃになるのが新鮮。
田路君が誰にでも優しいのは分かってるけど、ほんと勘違いしそうになるよね。こんなポエムみたいなこと思うの私の柄じゃないのに、気持ちが溢れそう。
こっち向いて。私だけ見てって。
でも田路君は明後日の方向を向いたまま、いつもの彼らしくなく少しぶっきらぼうに言った。
「……さっき、ふみちゃんち行ったんやけど」
「そうなん?何か用やったん?寒いからメールで良かったのに」
「学校で元気なかったから気になって」
「それでわざわざ?」
「あと、昼休み言いたかったことあるし」
「なに?」
通りを渡る北風に手も冷たくなってきて、指に息を吹きかけながら尋ねると、なぜか田路君の頬が少し赤くなった。言いにくそうにしながらチラリと私を見る。目線が近いから、少し見下ろすだけ。
「今度遊びに行かへん?」
「うん、いいよ?皆で相談しよ」
それこそグループで繋がってるアプリに送ればいいのに。私が首を捻りながら携帯を取り出すと、田路君は慌ててそれを止めた。
「いや、ちがくて」
「?」
「……2人で行きたいんやけど」
らしくない。ポツリと言った声も。さっきから目を合わせないままなのも。寒いのに、お腹の奥が温かくなって、自然に頬が緩む。
ねえ、こっち向いて?
――環ちゃんの相談は、優希君の親友の香月君の事だって、後で聞いた。
◇◇◇◇◇
【後】
オカン系沼らせ男子とクール系女子。
にゃごや(名古屋)辺りの方言です。
歯磨き粉ついたまま出かけてコンビニ店員さんにウエットティッシュ貰ったのは筆者です。きゅん。
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