第9話 山口一太②
3月、江戸と横浜間の鉄道が開通した。
鉄道は史実より早く、広い範囲で工事が行われている。
これは単純に燐のもたらした情報によるものが大きい。鉄道技術はイギリスに頼るしかないのだが、彼らは当然ふっかけてくる。
ただ、燐は先にアルゼンチンやブラジルにいる技師から色々聞いており、両国の技師を日本に連れてくることにも成功した。これで競争入札をすることが可能となり、ブラジルやアルゼンチンでの最新工事を基とした試算データもあるので、費用を抑えることができたのである。その浮いた分で、関東平野の広い範囲で工事を行うことが可能となった。
広い範囲で工事が行われているということは、その分、井上勝が指揮をとっている日本人技師の成長も早くなるはずだ。
最初の区間は2年であるが、他の区間については今後どんどん前倒しになっていくだろう。
ダイナマイトもかなりの安価で入ってきているし、開発にも有利になることを期待したいものだ。
明治天皇は開通第一号に乗り込み、戻ってきた。
満足そうに、「この調子で京まで走らせてほしいものだ」と言っている。
傍らにいるものが少し不満げな顔をしている。
「陛下、京は長らくの歴史がございます。さすがにこのようなものを走らせるのはいかがなものかと……」
天皇が不満げな顔をして返事をする。
「京には父もおるし、祖先の墓所もある。ここから京まで一本で行くことができれば、朕は公務の合間を縫って忠孝に励むこともできる。それはならんというのか?」
「あ、いや、そういうつもりで言ったわけでは……」
このやりとりが広まることで、「早く鉄道を」という意識が国中に広まるのではないだろうか。
山も多いので、京都まで一本で行けるようになるのは相当先になるだろうが、関東平野、濃尾平野といった地域の着工は進むことになるだろう。
鉄道の開通を見届けて、今度はギリシャに行くことになる。
オリンピックに参加する選手の派遣については既に坂本龍馬と中岡慎太郎の2人に任せてある。
選手団は総勢で97人。土佐出身者を中心として編成されている。
土佐出身が多いのは坂本と中岡が主に選抜したという部分ももちろんあるが、山内容堂がラグビーや野球のできる藩士を何人も揃えていたことも大きい。山内容堂はこれもあって、日本スポーツ局局長にも就任し、形式的には日本オリンピック委員でもトップという扱いだ。
それを受けているので坂本と中岡は商用の話もすることになっている。
ある程度は信用しているが、土佐関係者に全て野放図に任せるのもまずいので、政府からも派遣する必要がある。
ということで、私と桂、勝海舟が行くことになった。
あとはイギリスで病気療養をしている小松帯刀も体調が良ければやってくることになっている。
スケジュールを提出したところ、勝海舟は不満そうだ。
「一太よぉ、まだ半年もあるのだし、今すぐ行かなくてもいいんじゃねえのか?」
ギリシャまでは二か月、多少余裕をもって三か月もあれば十分だ。
半年は早すぎると険しい表情をしている。
「途中でビルマや上海、香港にも寄りたいので」
「ビルマは分かるが、上海や香港は何で今更?」
「妻の故郷でもありますので……」
「ああ、そういやそうか……」
勝はボリボリと頭を掻いて、「ま、しゃあねぇか」とつぶやいた。
「おまえさんが長期休暇を取るとなれば、日ノ本で俺が最後のずっと働きづくめということになるなぁ」
「いや、小栗さんは勝さん以上に働いていますよ?」
「あいつは仕事をしないと生きていけないから仕方ねぇ」
勝手な解釈を立てている。
「……まあ、仕方ねえ。しかし、そうなると一太が一年近くいないことになるわけか。日本は大丈夫なのかねぇ? 主上も総理も一太に頼り切りなわけだからな。何かあった時の保証はできんぞ」
「怖いことを言わないでくださいよ」
そんなことを言えば、史実では岩倉使節団を派遣して、国家中枢を担うような面々が2年近く出ていたのである。
私1人が3ヶ月余分に出かけるくらいで騒がれても困るところだ。
船の手配が済み次第、西へと向かうこととなった。
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