第7話 エドワード・ザクセン=コーブルク=ゴータ②
「シシィ姉、近々ハンガリーに行くことはあるの?」
この人はウィーンが嫌いだが、ハンガリーは大好きだ。
この前、オーストリアがプロイセンに負けた後にハンガリーと二重帝国を結成することになったが、その裏にもこの人がいたのかもしれない。
「何、行きたいの?」
「時間があるから、ハンガリーの馬でも見ておこうと思って、さ」
「あぁ、アンタ、本当に馬が好きよねぇ。じゃ、一緒に行きましょ」
ハンガリーに行く理由があるなら、とにかく行くと言わんばかりで、早速行くことになった。
「ここ二、三年、イギリスでもフランスでもアンタの馬が勝っているらしいわね」
「ハハハ、それほどでも……」
「陛下が『イギリス皇太子はよほどやることがないんだろうな』と呆れたように言っていたわ」
「や、やることはやっているから」
オーストリアと違って、内閣がほとんどやってしまうし、女王もまだまだ頑張っているから、皇太子がやらなければいけないことは少ないんだよ。
「どうやって、そんなに馬を持っているわけ?」
「いや、俺が持っているという扱いではない。俺とリンスケで出資した厩舎に管理を任せて、それでレースに出している」
不良皇太子の名前があまり前面に出るといけないから、表向きはリンスケとマルクスがやっている体をとっている。でも、馬を厳選したり、ジョッキーを選ぶのは俺だ。
「リンスケも馬をやるの?」
「あぁ、あいつは馬のことはさっぱり分かっていないのに、時々、『こいつはいい種牡馬になる!』って言いだすんだ。で、あいつが連れてきた馬の仔は確かに良く走るんだ」
俺の話に何故かうんうんと頷いている。
「リンスケってそういうところがあるのよね。本当に不思議な人よねぇ。もっと早く会えなかったのが残念だわ。陛下にあれだけ詰め寄られる前にリンスケと会っていたら、リンスケと駆け落ちしていたかもしれない」
……この皇后、さらっととんでもないことを言いだした。
この人に、不良皇太子なんて言われたくないよ。
とはいえ、三度の飯より旅が好きなシシィ姉には、常にどこかに旅しているリンスケみたいなタイプは合っていたのかもしれないな。
「……でも、今度の大会、馬のレースはないのよね?」
「オリンピックはあくまで人がやる、という話だからな。馬は馬で別のレースをやるのもいいんじゃないかって提案はしたんだが……」
リンスケは日本の土と、アメリカの土とヨーロッパの土は違うから、長距離移動させて世界最強決定戦をやるのも難しいと言っていた。
そういうものなのか、とも思うが、まあ、気候や風土も違うのだし、移動してそんなところで走るのは馬も大変だろうことは間違いない。
ハンガリーは古くは馬上で生活していた者達が定住したところという話もあるし、草原地帯が広い。
そうしたところで馬が育てられている。
シシィ姉はハンガリーでは名士で、ことハンガリーに関しては皇帝よりも顔が広いと豪語している。
年間の半分くらいはハンガリーにいて、残り半分くらいをイタリアや地中海地域、更に半分をその他のところにいて、残りの期間は仕方なくウィーンにいるという。
いや、本当にこんな皇后にだけは、文句を言われたくはないんだが。
その最大の牧場はキシュベルにある。
シシィ姉に連れられてきて、馬主達に「プリンス・オブ・ウェールズ」と紹介すると、全員どよめいて「よくぞお越しくださいました」と歓迎ムードだ。
幸いというか、ハンガリーまでは俺の悪事も届いておらず、馬主としての評判が上回っているようだな。
ここに繋養されている馬の名簿を渡され、ざっと流し見している。
イギリスから払い下げられた、あるいは購入された馬も結構いるようだ。
「カンバスカンがいるのか、懐かしいな」
「カンバスカン?」
「おふくろが育てたってことになっている馬だよ」
「なっているということは違うわけ?」
「もちろん、俺が見ていた」
あれはいい馬だったが、俺が面倒を見たからセントレジャーを勝つ馬になったんだ。
などと自慢げに話していると、呆れたような視線を向けられる。
「このバッカニアって馬の娘フォルモサは二年前に、2000ギニーとオークス、セントレジャーを勝ったんだ。牝馬のメジャーレースを全部勝ったのはこのフォルモサが初めてだな」
「……そういう話はさっぱり分からないわ」
あ、やばい。
シシィ姉が「自慢話は聞いていられん」という顔をしている。
馬の話は馬主達とした方が良さそうだな。
楽しいな。ここでなら二か月と言わず半年でも過ごせそうだ。
昔見た馬が健在な様子や、仔馬の走りっぷりを見ているだけで面白い。
色々、情報交換もできそうだし、もっと強い馬が出来そうだ。
あとは馬が好きな女の子でもいれば、最高なんだが……
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