第5話 アブデュルハミト②

 スルタンはすっかりウメガヤ達日本のレスラーが気に入ったらしく、ナカオカとともに宮殿へと連れて行ってしまった。


 そのため、サカモトと他の選手達が残ることになる。


「せっかくだから街を案内しよう」



 日本の一行とともにイスタンブールの街を練り歩く。


 数年前と比べると街の雰囲気は歓迎すべきものではない。


 コーヒーの飲めるところなど、少し人が集まっているところに行けば、スルタンに対する不満の声が聞こえてくる。


 実際、スルタンの措置は褒められたものではない。


 自分の好きなことには糸目をつけずに金を使うが、そうでないものには全く出し惜しむ。


 また、ここ数年、軍事行動も多くなり支出が過剰なので税の取り立てを厳しくしている。


 ただ、税の取り立てを厳しくすると、更に不満が集まり、反乱を起こそうとするものが増えてくる。


 それによって強権的な措置をとり、不満を持ったものが更に増えるという悪循環が続いている。



 こうした状況に対して、憲法を制定して不平等状態を解消しようという動きもある。


 兄のムラト5世がそうだ。自由を広げることでヨーロッパの援助を広げようとしている。改革派の官僚と密かに交流しているらしい。


 しかし、このオスマンで自由を広げることなどできるのか?


 バルカンもそうだし、コーカサスの連中もそうだ。自分達の主張ばかり繰り広げている。こうしたものを認めていけば、全部がギリシャのように独立していくだけで、僕達に残されるのはトルコのみになるのではないか?


 オスマン帝国をオスマン帝国たらしめていたものは何か?


 スルタンの絶大な権力ではないか。


 偉大なるスルタンの前では、自分も他人も変わり映えがしないと思えば、つまらない民族紛争などしなくなるものだ。それをハーレムの女どもやイェニチェリが口出しして弱体化したのだから、スルタンの絶対性が傷つけられ、オスマンは弱くなっていったのだ。



 改革派の動きなど認めるべきではない。


 そんなことをしてもオスマンにとっては自殺行為となるだけだ。



 日本の一行は無言のままついてきている。


 僕も無言だったから、全く会話もない状態だ。これはさすがに良くないな。


「日本という国は、最近政体が変わったそうだな?」


 確かリンスケは、スルタン(将軍)の下で色々問題が起きたので、カリフ(天皇)に政権を返したと言っていた。


 中々面白い手だが、この手はオスマンでは使えない。


 オスマンのスルタンはスルタンであると同時にカリフでもある。この両者を切り離すということが不可能だから、だ。宗教的権威を失えば、コーカサスやアラビア地域に自称カリフが蟻のように湧いてくるはずだ。


「はい。その上で3年前に憲法を施行して、現在は議会制度の準備段階にあります」


 サカモトが語る。


「カリフはそうしたことを良しとしているのか?」


「当然でございます。カリフは数年前にイギリス皇太子と会談をし、以降、各地の王族と話をしています。それらとの会話から、日本が良くなるためにはその方針を貫くしかないと信じております」


「そうした大きな変革に、反対派はいなかったのか?」


 リンスケの話を聞いていて、どうにも納得できないのは、日本という国には大きな対立がないということだ。


 もちろん、日本という国は、オスマン帝国のように多くの民族を抱えるということはないようだ。


 ただ、トルコ人だけを見ても、全く相いれない連中は多い。日本はそうしたことがないのだろうか?



「……ないとは言えませんし、争いもありました。ただ、山口一太がいたことで国内がうまくまとまり、更に燐介がいたことで、海外のことがつぶさに知れたことが大きかったのだと思います」


「リンスケか……」


 まあ、確かにリンスケが大した男であることは認めざるを得ない。


 何を考えているのか、全く分からないが、これほど世界中に影響を及ぼす者は他にいないだろう。


 そして、あいつが外務大臣を務めるギリシャという国がトルコの隣にあるということは実に厄介なことだ。オスマンがどんな政策をとっても、反対派がギリシャに言ってあることないことを広め回るに違いないからだ。


 ギリシャ民族自体もバルカン民族の例にもれず自己を過信した連中だが、リンスケがうまくまとめてしまった。周りの馬鹿がギリシャに逃げれば逃げるほど、ギリシャは強力になる可能性がある。もちろん、イギリスどころかロシアとも提携している強みがあるし。



 ……まあ、もうしばらくは今のスルタンに任せて、今のスルタンがコケたら兄に任せるべきだろう。


 僕がやりたいようにやるには、もう10年後くらいだろう。


 その時、リンスケが日本に戻るか、別の国に行っていることを期待するしかない。

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