第4話 アブデュルハミト①
イスタンブールの郊外。
簡易で作られた建物の中で、無数の男達が汗を流している。
それを満面の笑みで眺めているのが伯父にしてスルタンのアブデュルアジズだ。
3年前、1867年。
彼はパリで行われた万博に賓客として誘われた。
そこで西洋文明を目の当たりにしたスルタンは前にも増して、国内の利権を西欧に渡して、自分だけが西洋文明の粋を楽しんでいる。
リンスケが新しい大会を開くと知るや、その大会は文明の差を競うのではなく、人の能力を競うものだと知るや、「勝てるだけの競技を勝ち、オスマンの名を轟かせるのだ」と厳命を出した。
馬鹿馬鹿しい。
とはいえ、僕はその委員の1人に何故だか名前を連ねている。
オスマンでこの大会に関わる資格をもつのは僕だけだから、スルタンもさすがに無視することができなくなって、今までの籠の中の鳥状態から脱することができた。
オスマンチームの責任者として、色々なことを任される自由を得ることができた。
この点はリンスケに感謝すべきなのかもしれない。
感謝すべきという点では、場所がアテネという点もありがたい。
何といってもトルコはアテネからの距離が近いし、環境も似通っている。
はるばる南米やアフリカ、日本からやってくる選手はここが大変だろう。
オスマンの選手が地の利を生かして、多くの競技で勝てば、僕の立場も更に上がろうというものだ。
立場という点では、委員の1人だから、東の方からやってくる他国の者達と会えるのも大きい。
「選手達の世話をする」という名目で、外交活動ができるわけだ。
いずれ、僕がこの国を牛耳った時に、こうした活動が役に立つだろう。
今日、やってきているのは奇しくもリンスケの母国である日本からの連中だ。
全く言葉が分からないが、幸いにしてタケコがいるから、通訳は簡単だ。
日本の責任者はリョウマ・サカモトとシンタロウ・ナカオカと言うらしい。
どちらもいかつい顔をしている。軽いノリのリンスケとは大分違う雰囲気だ。
「この度は、日本人選手の宿泊と練習場の提供をいただき、誠に感謝しております」
態度も非常に重々しい。
リンスケと一緒にいた連中は「よっ」とかそういう軽い感じだったが、この2人は苦虫を嚙み潰したような顔をしていて、何か気に入らないことがあれば殴りかかってきそうだ。
「……まあ、気にしなくていい。どうせ僕の金じゃないし」
いい顔をしたいスルタンがどんどん出してくれるから、な。
「しかし、日本はかなり選手を連れてきているみたいだな? 総勢100人近くもいるんだって?」
隣のオスマンですら60人程度なのに、その倍近く連れてくるという。
さすがにリンスケの母国だけのことはある、というべきだろうか。
「はい。クリケットやフットボールのように多くの人数が必要な競技もありますので」
「ああ、そういえばそんな競技があったな」
オスマンはレスリングとか水泳とか個人でやる競技が中心だから、な。
クリケットやらフットボールはそれだけで11人必要だから、確かに人数が膨れ上がるだろう。
オスマンでもやらせても良かったのだが、そもそもルールが分かる者がいないからな。僕もわざわざ新しいことを知りたいとも思わないし。
「せっかくだから、共通する競技では一緒に練習してはどうだろうか?」
僕が提案すると、2人とも喜んで引き受けた。
翌日、イスタンブールの練習場で両国親善の練習をすることになった。
オスマンがもっとも狙い目としている競技はレスリングだから、まずはレスリングからやることにする。
「日本ではレスリングなるものはメインではありませんので、日本式の近い競技を行うものを連れてまいりました」
リョウマが言う。
まあ、確かに細かいルールは色々と違うらしいことは、イギリスのエドワードやロシアのニコライからも聞いている。
日本が主流と外れたものがあるのなら、こちらが有利だろう。
そう思ったのが間違いだった。
日本から出て来た男は、僕より少し年下……のようで見た目にものすごく大きいわけではない。
しかし、滅法強い。完全に待ち受ける形で組み合った後、簡単にひっくり返したり投げ飛ばしたりしている。
僕達トルコは形無しだが、スルタンはあまりの強さに喜んでいる。
「すごいではないか! 名前は何という?」
「はい。フジタロウ・ウメガヤと申します」
聞くと、日本のスモウレスリングと呼ばれる種目の期待の星らしい。
スモウレスリングは日本ではメジャーな競技だったが、西洋文明との交錯が多い中で人気が低迷しているらしく、日本だけでなく世界でもスモウを広めようと、ウメガヤを派遣することにしたらしい。
「日本には彼より更に強いサカイガワという男もおりますが、さすがに年配者ゆえ国の外には出たくないということでありまして」
「そ、そうなのか……」
日本、侮れない国なのかもしれないな。
※ゲーム、ストリートファイターのエドモンド・本田は相撲の良さを世界に広めようと世界に出たということで、その明治版(笑)
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