第3話 沖田総司

 俺がそのニュースを聞いたのはパリで、だった。


 何で俺がパリにいるかって?


 俺は日本陸軍の少将として、パリに留学してきているんだ。


 前年、明治二年に兵部省へいぶしょうが設置されて、大将、中将、少将まで決まったんだけれど、誰を補任するかという点で非常に難航して、さ。


 各地の殿様の下には優れた人がいたはずなんだけど、やっぱり近代化した軍については自信がないようで、ほぼみんな辞退してしまった。


 で、何かよく分からんけれど、フランスで軍事訓練経験したことがあるっていうだけで、俺が少将になってしまったわけ。ちなみに俺より上にいるのは大村益次郎さんだけで、下には山県有朋さんがいる。ただ、ビルマに行っている西郷隆盛さんが戻ってくれば、多分中将か大将になるんじゃないかな。



 で、まあ、まだ若いし、もう一回フランス行って、陸軍のことを学んでこいってなった。


 それで去年の夏から、近藤さんや永倉さん、斎藤さんあたりを連れてフランスに来ている。というより、明治新政府になって仕事をなくした面々を大挙して連れてきている。


 フランス陸軍の兵法を学べば階級アップ間違いなしだろうからね。さっさと戦いたい人はビルマに行って、今後頑張りたい面々はフランスに来たというわけ。もちろん、志望者全員を連れてくることは難しいから、ある程度選抜はしているけれどね。


 で、フランスに来た俺達はバゼーヌ元帥に世話を受けながら、色々勉強している。


 このバゼーヌって人は外国人部隊のトップにいたこともあるので、俺の立場もよく分かっているからね。メキシコで燐介と会ったこともあるらしい。


「日本から来た者は全員強いな……」


 と評判は上々だ。



 もう何年も話していなかったフランス語だけど、子供の時の記憶というものはたいしたもので二、三日もすると普通に話せるまで戻った。


 逆に近藤さんを含めたいきなり組は苦労している。


 話すだけなら英語の方が楽かもしれないね。


 ……近藤さんについて言うなれば、新選組ではずっと近藤さんがトップだったから、今の状況はやりづらくはある。軍となると階級が絶対だから、年下とはいえ近藤さんを立てるわけにもいかないしね。


 ただ、近藤さんはその辺りは割り切ってしまっていて、波風立てるようなことはしない。


 もちろん、言葉の問題もあるから、俺が仕切るしかないこともあるんだけど、それ以外でも協力してくれている。有難いことだ。


 ただ、正直、俺自身、一番上はやりづらいから、近藤さんが大手柄を立てて上に行ってもらいたいのも正直なところなんだよね。



 そんな時に、今年の9月にオリンピックが遂に開かれるというニュースを聞くことになった。


「燐介め、ついに成し遂げたわけか」


 近藤さんも感心している。


 俺も行ってみたいけれど、ちょっと情勢がきな臭いみたいなんだよね。


 前年から、フランスと隣のプロイセンの関係が良くない。


 ドンパチが始まるかもしれないわけだ。



 実際に戦争が始まった場合、どうすればいいのか。


 義を見てせざるは勇無きなり、フランスのために戦うべきなのか。


 あくまで第三国の者であるから、中立であるべきなのか。


 その辺りは日本の桂さんと山口さんにも問い合わせをしているが、幕末の京で戦ってきた面々はやる気満々だ。


 ヨーロッパ風の戦術を身に着けたのだし、戦い方という者が大勢いる。


 一方で、軍ではないんだけれど、プロイセンに行っている者も何人かいるはずなんだよね。


 そうなると、敵味方に日本人がいることになって、信用されないことになる。



 これを仮に船で聞きに行くとなると、半年近くかかってしまうけれど、今ではフランスからインドのカルカッタまで電信が繋がっている。


 しかも、カルカッタから先も香港まで繋がっていて、香港から長崎まで伝えに行けばいいだけだ。


 10日程度で返事が返ってきた。


「実際に両国が戦争をする場合、戦闘には参加しないように」ということだ。まあ、そうなるだろうね。


 これをバゼーヌ元帥に伝えると、元帥も「それはそうだ」という様子だ。



「ただ、実際に戦場まで来てフランス軍の戦いぶりを見るといい。それは凄く勉強になるだろう」


 バゼーヌ元帥が言う。確かに、俺達は訓練はしているけれど、実際の戦争というものを見たことはない。参考にはなりそうだ。


「フランスは勝てますか?」


「無論だ。プロイセンは近年調子に乗っているが、あくまで小国のデンマークと古いオーストリアに勝ったに過ぎない。しかし、我々はフランスだ。世界に冠する大国なのだ。プロイセンごときを蹴散らすのは赤子の手をひねるより簡単なものだ」


 バゼーヌ元帥はもちろん、フランス軍全体にこんな感じの凄い自信が漂っている。


 でも、燐介も山口さんも、プロイセンのビスマルクという人を結構警戒しているんだよね。


 フランス皇帝に関しては「ナポレオン3世(笑)」みたいな、ちょっと馬鹿にしたような感じを受けるのも確かだ。


 あの2人がそう思っている以上、戦争が始まったら、プロイセンが勝つような気がする。


 もちろん、どちらも広い国だから、フランスが負けたとしてもパリまで攻め込まれることはないだろうけれど、最悪、パリまで来た場合には俺達もできることはしなければならないかもしれない。


 そうならないことを祈りたいけどね……



 ただ、開戦は遅れてほしいよなぁ。


 そうすれば、ギリシャに行ける時間もありそうなんだけど。

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