第2話 マルクス&アフガーニー
吾輩は繊細なのだ。
そのことをあの男は分かっておらん。
「あんたなら、アフリカの奥地でも大丈夫だろう?」
そんな極悪非道なことを言いだして、アフリカに行くように勧められたのは昨年のことだ。
吾輩はヨーロッパで活動したかった。それがダメならせめてアメリカだ。
しかし、吾輩はイギリス以外からは出禁を食らっているし、アメリカには別に活動している者がいるという。
故に、吾輩はアフリカなのだと言う。
「南アフリカには半分イギリスみたいなところもあるのだし」
などと来たものだ。
今更ながら思うが、あの男は吾輩に対して、全くリスペクトというものを持っておらん。
しかも、横には鬱陶しいこと極まりないアフガーニーまでついてきている。
「……何だ、嫌なら私は離脱するが?」
「待て、それは困る。貴様に置いていかれては、吾輩はここにいる連中と会話すらできないではないか!」
「そうだよなぁ、リンスケは一体、何を考えておまえをここまで連れてきたのだろうな?」
年下のアフガーニーに馬鹿にされるほど腹が立つことはないが、大喧嘩して放置されると吾輩が困ることになる。適当なところでなだめるしかないのが悔しい。
エジプトに着いて、鉄道で移動する先はスエズ運河だ。
前年に完成したばかりで、早くも多くの船が通行しているだけならず、観光名所ともなっているらしい。
「これで地中海とインド洋が完全に繋がり、イギリスの流通は更に広がるというわけか」
アフガーニーが難しいことを言っている。
もちろん、吾輩もこの運河の重要性は分かる。
同じ船のまま大量の荷物が動かせるとなれば、今まで以上に階級社会が広がることになる。
非常に望ましくないことだ。
だから、世界は吾輩を必要とするはずなのだ。
なのに、何故、リンスケばかりもてはやされて、吾輩はアフリカまで行かなければならないのだ!
不平等だ!
「おや、何だかうるさいのがいるかと思えば……?」
と、唐突に背後から声をかけられた。
振り返ると、浅黒い肌をした髭を伸ばした男がいる。
というか、ここエジプトには浅黒い肌をした髭を伸ばした者しかおらん!
吾輩には区別がつかんのだ!
「いや、逆に我々がロンドンに行けば、全員おまえさんみたいに見えるのだが」
「久しぶりじゃないか。変なオッサンに、変なオッサン」
「「区別できてないじゃないか!」」
「俺を覚えていないのか?」
こんないい加減な奴を覚えているはずなかろう。
と思ったが、アフガーニーは覚えているようだ。
「確かムハンマド・アフマドだったかな?」
「おぉ、そうだ。同じムスリムの民だけあって、記憶力は良いようだな」
こやつ、暗に吾輩を馬鹿にしている?
何度も言うが、どうしてアフリカくんだりまで来て、人に馬鹿にされなければならないのだ!
「……今は何をしているんだ?」
アフガーニーがムハンマド・アフマドに現状を尋ねている。
「今は白ナイルで『クルアーン』の講義をしている。有望な若者を育てて、大事を成し遂げたいと考えているからな」
有望な若者?
仕方ない、宣伝をしておくか。
「有望な若者といえば、ここから北に行ったギリシャのアテネでは、半年後に世界中から若者たちを集めて色々な運動をさせる大会を行うらしい。貴様も時間があるのなら、ギリシャまで来てはどうだ?」
「はぁ?」
アフマドは目を白黒させておる。何のことだか分からないということのようだ。
「そんなものに参加して、何か意味があるのか?」
「主催する奴の言うことによると、貧富やら宗教やら年齢やらの垣根を超えて、ただ頂点を目指して参加することに意義があるということらしい」
「……良く分からんな」
「吾輩もよくは分からん。ただ、実際に世界から多くの者が集まりそうだ。貴様もこんな砂漠の奥深くで過ごしているだけだと、発展がないだろう。一度行ってみてはどうだ?」
吾輩の勧めに、アフマドはピンと来ない顔をしているが。
「ムスリムでも認められるのか?」
「オスマンのスルタン一族も主催者の1人だ。ムスリムが差別されることはない」
アフガーニーが代わりに話す。
というか、正確には吾輩とアフマドの話についても、全部アフガーニーが通訳している。
吾輩は語学が全くダメだからな!
「……考えておこう」
アフマドはそう言って去っていった。
「さて、次は副王のところだな」
アフガーニーがカイロの建物を見た。
そこには、以前はエジプト総督だったが、最近、多額の献金をしてエジプト副王として認められた領主がいるという。
憂鬱だ。
吾輩は偉い者も嫌いなのだ。金をくれるのなら別だが……
リンスケめ、いつまで吾輩にこんなことをさせるつもりなのだ……
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