最終章・1870年(明治3年)
第1話 ジョージ・デューイ
昨年12月にボルティモアを出発したオリンピア号は、1月3日にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに到着した。
祝砲に迎えられて港に入ると、各国の国旗がいたるところで揺れている。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、ペルー……その他いくつも。
海兵とともに港に降り立ち、進み出て来た恰幅の良い人物に敬礼する。
「アメリカ海軍大佐・ジョージ・デューイです!」
相手も敬礼して答える。
「アルゼンチン大統領ドミンゴ・ファウスティーノ・サルミエントだ。アメリカからはるばるの来航まことに感謝している。既にアルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ウルグアイ、ヴェネズエラからの参加者が全員揃っているので、連れていってくれたまえ」
サルミエント大統領はそう言って名簿を取り出して、俺に渡す。
受け取った俺は早速点呼を取り、呼ばれた人物から随時船に案内する。
9か国からのべ60人の参加者がおり、全員揃っているようだ。
残念なのは、三国同盟戦争で壊滅的な被害を受けたパラグアイからは参加者がいないことだろう。
とはいえ、パラグアイは戦争で総人口の半分以上が死んだとも言われる状態だ。
これではさすがにどうしようもないだろう。
「出発!」
号令をかけると、船はブエノスアイレスを出発した。
ジャマイカを経由して、メキシコ東部ベラクルスに立ち寄り、最後はニューヨークに向かう。
そこから、大西洋を渡り、ジブラルタル海峡から地中海に入り、目的地のギリシャへ向かう日程だ。
この航路のどれも、俺は経験している。
今回唯一違うことは当時一緒にいたアイツが、ギリシャで待っている側になったことだけだろう。
オリンピア号はジャマイカのキングストンに到着し、ここでジャマイカの参加者20人とその他のカリブ海諸国からの参加者7人を乗せる。
南米9か国で60人を考えると、ジャマイカの参加者の多さは際立っているが、かつてアイツがここで多くの選手を連れていったことによるものだろう。
彼らの大半はニューヨークで乗せることになるが、現在でも中々の高収入で各地をまわっているという。その話を聞きつけ、一攫千金を狙って参加する者が多いのだろう。
2日後にはベラクルスについた。
ここではベニート・フアレス大統領が港で待ち受けていた。
彼と会うのは二度目だ。そして、彼の隣にいるポルフィリオ・ディアスと会うのは三回目になる。
「デューイ艦長、お役目ご苦労」
「いえいえ、わざわざベラクルスまで来ていただき恐縮です」
「他の国にも誘いをかけたのだが、何せねぇ」
「……そうですね」
メキシコの南部にある五か国(※)……ニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカ、グアテマラは、我がアメリカ合衆国への編入を希望していたこともあり、アメリカがそれを拒絶したことから若干複雑な関係になっている。
だから、アメリカの要請に従うつもりにはなれないようだ。
ベラクルスを出発したオリンピア号は当初の予定とほぼ変わらず3月13日にニューヨークに戻った。
ここではかなり多くの者を乗せることになるし、当然、知り合いも多い。
まずはイリノイ・フットボールチームの面々だ。
続いて、ベースボールの関係者も数人を乗せることになるが、その中には日本人もの姿もある。
「えっと、あんたがイゾウ・オキタ?」
「オカダ・イゾウじゃ!」
「あ、そうか。オキタはソウジだったか……。あいつは元気にしているのかな?」
「知らん。日本にはおるようじゃが」
「ま、とりあえず乗りなよ」
「船はいつ出るんじゃ? ワシは船酔いするからできるだけ最後に乗りこみたいんじゃ」
「ダメだ。この船は大型だからそんなに揺れないからさっさと入れ」
そう言って、イゾウを無理に船の入り口の方へ案内した。
しかし、こいつも意外としぶとい。後ろから名簿を覗いてくる。
「お、だけど全員揃ったようじゃの?」
「いや、まだだ」
「……何でじゃ? 全員の名前に線が入っておるじゃないか」
「もう1人いるんだよ。おまえはさっさと船に入れ」
今度こそイゾウを船の中に押し込み、最後の1人を待つ。
30分が経過した。
再びイゾウの声が聞こえてくる。
「おーい、まだなんかー?」
「一々うるさいな。きちんと待っていろよ」
全く……。
まあ、1人だけ40分遅れてくる、というスケジュールは他の者からすると迷惑だろうとは思うが。
40分が経とうとする頃、ようやく足音が聞こえてきた。
長身の人影が二つ見えてきた。
俺は無意識に敬礼をする。
「お待ちしておりました。大統領閣下」
彼は、俺の言葉に笑みを浮かべて軽くたしなめるように言った。
「おいおい、アメリカ海軍大佐が大統領を間違ってはいけないよ。今の大統領はユリシーズ・グラントじゃないか」
※ちなみにパナマはこの時代はコロンビア領
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