第12話 燐介のイタすぎる1日②
現代にも伝わるバーバリーブランドの主トマス・バーバリーはロンドンから離れたところにあるベイジングストークに店を出しているが、エドワードが要請を出して、この日はロンドンまで出て来てくれていた。
フォートナムメイソンにスペースを借りて、そこで佐那の寸法を見てもらうついでに様々な既製品も持ってきてくれている。
「こちらはどうでしょうか?」
一緒に来ている琴さんも含めて、様々な服を勧めているが、2人とも反応はイマイチだ。
こちらでは洋服を着ているのだが、やはり本質的には和服の方が良いのだろうか。
あるいは選べというと目移りして決めづらくなるのかもしれない。
「よし、ここら辺は全部買ってしまおう」
「全部ですか?」
佐那が目を丸くする。
「これだけ多く買ってしまうと、置き場もないですよ」
「大丈夫だよ。もっと広い部屋にすればいいだけだし」
「……」
「呉服については今度、京都のゑり善に行こう」
「……はあ」
買い物が終わった後はそのままフォートナムメイソンを歩く。
「紅茶も良いのが沢山あるし、伝統のスコッチエッグも食べよう」
「そうですね……」
驚きのあまり声も出ないようだ。
「気に入った食べ物や飲み物があるなら、棚ごと買っても構わないよ」
「どうやって持って帰るのですか?」
「それは百貨店の人に送ってもらうのさ。食事はどうしよう? ここで昼ごはんを食べてもいいし、ヒンドスタン・コーヒーハウスで珍しいインドの料理を食べるという手もあるぞ」
「はぁ……」
佐那は相変わらず気の抜けた返事だ。
あまりノリが良くないな。
やっぱりオペラとか観劇の方が良かったんだろうか?
「……どこか別に行きたいところがあるなら、そちらをセッティングしても構わないよ。金はあるんだから」
そこまで言ったところで、琴さんが「燐介」と声をかけてきた。
「……燐介、はっきり言っていいかい?」
「……何ですか?」
「今日の君は、随分と品がないね」
容赦ない言葉が飛んできた。思わずたじろいでしまう。
「ひ、品がない……?」
「そうだ。お金が沢山あるから、その金にモノを言わせて何とかしようという、大変に品のないやり方だ」
「そ、そんな……」
俺は佐那の方を見た。どう答えたら良いか迷っているようだ。
「君は今日、佐那と過ごしているのか。カタログと過ごしているのか、どっちなんだ?」
「うっ……」
言われてみると、確かにここはこう、という説明文ばかり見ていた。
佐那のやりたいことを聞いたわけでもない、押しつけがましいものだったのか……
そんなぁ……
「そんなつもりはなかったんだ……。ただ、今まで待たせたから……」
俺がガックリと肩を落としていると、琴さんも肩をすくめる。
「まあ、君なりに色々考えたことは分かるんだが、佐那が君を追ってきたのは、何も燐介が金持ちだからというわけではない。それは分かっているだろう?」
「はい……」
「私はここで失礼するよ。お邪魔虫になってはいけないからね」
琴さんはそう言うと、佐那にウィンクして、1人歩いて行った。
俺と佐那はその場に残される。
金にモノを言わせようとしていたように見えていたとは……
穴があるなら入りたい気分だ。
「……燐介、近くの公園にでも行きましょうか」
「はい……」
打ちのめされた俺には否も応もない。従うしかない。
フォートナムメイソンの近くには公園が多い。
もっとも近くにあるセント・ジェームズ・スクエア・ガーデンを歩く。
しばらく歩いたところで佐那が振り返った。
「燐介」
「はい」
「お前様は12年前、千葉道場で12年待ってくれと言いました。今、お前様の言葉を聞けると思って良いのでしょうか?」
「12年……」
あれ、もう12年経ったっけ……
そうだ、1854年だったから、この年を1年目として数えれば、もう12年目になるのか。
「琴さんはああ言っていましたし、正直、私も燐介の考えに理解しかねる部分もありました」
うぉぉ、佐那もやっぱり「イタいヤツだ」と思っていたわけか……
おのれエドワードめ、いや、最終的に選んだのは俺だから、俺の責任か……
「ただ、今までずっと私の後ろをついていた燐介が、今日は前に出て私を引っ張ろうとしていて、それが嬉しかったのも事実です」
「佐那……」
正面から佐那を見た。
すっと言葉が出る。
「俺はこんな奴だけど、もし良かったら、今後もずっとついてきてほしい」
佐那が足を止める。右目の下に指をあて、流れるものを拭いた。
「燐介、本当に私で良いのですね?」
「もちろん」
俺はそこで佐那を抱きしめる。
12年前は遥かにチビだったが、今は……背丈は正直そんな変わんないんだよなぁ。
それも含めて何か色々ダメだったけれど、まあ、これも俺らしいのかなぁ。
「明日、多くの人達に報告したい。琴さんはもちろん、エドワードや、女王陛下にも……」
「はい、お前様……。私も日本の父や兄に報告したいと思います」
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