第10話 燐介、ダイナマイトの特許を取る
ベルリンからストックホルムに行くとなると、まずはハンブルクに向かい、そこからリューベックに向かうことにする。
港自体はハンブルクの方が大きいのだが、ユトランド半島の西側にあるから船が遠回りすることになってしまうからな。リューベックから行く方がいいだろう。
ハンブルクもリューベックも古くはハンザ同盟のリーダーとして栄えていたところだ。
そうした伝統は今でも受け継がれているようで、両方の市とも、王国やら貴族の領土には該当せず自由都市としてドイツ連邦に参加している。
リューベックまで向かうつもりだったのだが、ハンブルクについてみると予想外の展開になっていた。
ノーベル兄弟の工場がここハンブルクに移転していたのだ。
街の中心地に「武器・爆薬ならノーベル工場へ」という広告板が出ていて、そこに住所まで書いてある。これに気が付かなければそのままストックホルムまで行ってしまうところだった。
しかし、何でストックホルムからハンブルクに移転してきたのか。
何か大事故でもやらかしてスウェーデンから追い出されたのだろうか、あるいは、逆にうまく行ったので自分だけでやろうと思い直したのだろうか。
後者だと、俺は邪魔者扱いされることになりそうだな。
気にはなるが、ひとまずそのまま訪ねることにした。
工場を訪ねて名前を出すと、「社長を呼んできます」とすぐに門番が奥に向かっていった。
程なく、アルフレッド・ノーベルが姿を現す。
……いや、正確にはノーベル兄弟の誰か、というのが正しいだろう。ノーベル兄弟は割合似ているし、そもそもアルフレッド・ノーベルの顔をしっかり覚えていないから、多分こいつだ、くらいでしか分からない。
「久しぶりです。ミスター・リンスケ」
おや、以前と比べて随分とへりくだっているような気がする。
「久しぶり。ハンブルクに移転しているなんて知らなかったからびっくりしたよ」
俺が答えると、ノーベルは「えっ?」と驚いた。
「ロンドンの特許事務所に伝えてあったはずですが?」
「うん? あ、あぁ……」
そうか、ロンドンには伝えていたのか。
ロンドンに戻ると同時にオーストリア皇后エリーザベトに会って、そのままなし崩し的にバイエルンまで行くことになったからな。
ノーベル兄弟は、俺と別れてから半年程度実験を繰り返して、比較的安定したダイナマイトを制作することに成功したらしい。そこでひとまずロンドンに特許を求めようとしたようだ。
「ただ、ロンドンでは『リンスケから話が来ることになっている』と言われましたので、ひとまず待つしかありませんでした」
「そうだったのか……」
あわよくば俺を出し抜こうとしていたのは事実だったようだ。
「何せいつ戻ってくるのか分かりませんでしたからねぇ」
「お、おぅ……」
確かに、ロンドンからアメリカに渡って、南米行ったりメキシコ行ったり、更にバイエルンからトルコに行っていたから、この点に関しては強く言えない。
「書類は揃えてあるので、共にロンドンに行きたいのですが?」
「OK、だったらすぐに行こう」
と安易に答えてしまったが、これでモタモタしていると遅れてしまうかもしれないなぁ。
まあ、ルートヴィヒは他に幾つも趣味があるのだし、適当に遊んで待っているだろう。
船の上でノーベルがおずおずと話をしてきた。
「ところで権利料ですが」
「権利料?」
「はい。特許の権利料ですが、こちら7で、リンスケが3ということで良いでしょうか?」
「うん? 俺はイギリスとアメリカに頼んだだけだから、そんなになくていいんじゃないか?」
単に頼んだだけで3割も貰うのは多すぎる気がする。
もちろん、口利きするだけでガッポリ持っていったなんていう話は21世紀の日本でもあったけど、口利き政治家になりたいわけでもないし。
「いや、そういうわけにもいかないでしょう」
「そうか? そっちがその配分で良いのなら、別に構わないけど」
船はロンドンに着き、すぐにダウニング街に行った。
俺が行くのはもっぱら外務大臣のジョン・ラッセルのところだが、ノーベルが向かうのは大法官のところだ。一緒に行って、「例の件で」と話をすると、大法官のウェストベリー男爵が、玉璽尚書のアーガイル公爵と内務大臣のジョージ・グレイ、建設庁長官のウィリアム・クーパーを呼んできた。
いずれも沢山書類を持ってきている。どうも「リンスケが来次第、手続する」というような形で話が通っていたようで、全て準備万端のようだ。
しかし、大臣が四人も出て来るというのは特許っていうのは結構大変なんだな。
「この後、女王陛下の署名も必要ですからな」
そうなのか。
俺は呑気に「ノーベルのダイナマイトは便利だから」と言っていたけど、処理は大変なんだな。
「まあ、女王陛下にも説明はしておりますので、すぐにいただけます」
「そうなんだ。随分と手際がいいんだな」
「実際のところ、中々性能が良いことは確かで、すぐにでも工事に使いたいところなので」
なるほどね。
ということで、大法務官のところと玉璽尚書のところを行き来しているうちにエドワードもやってきた。
「おぉ、例のやつ、やっているんだな」
どうやら話は聞いていたらしい。
4時間ほどかけて何回も各所を行き来して書類が完成した。
「では、これに女王陛下の署名をいただいてきます」
と、玉璽尚書が宮殿へと向かっていった。
そこにノーベルが契約書を出してきた。
例の3割のやつね。
何か騙し文句がないかだけチェックして、ないことを確認してサインをした。
エドワードがウィリアム・クーパーに尋ねる。
「これでリンスケのところに何ポンド行くんだっけ?」
「全件総額が幾らかは分かりませんが、スコットランド方面の工事においては10万ポンドの3割ですので、3万ポンドですな」
3万ポンド……?
幾らになるの?
※現在の日本円換算で約3億円とのこと
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