第8話 燐介、アブデュルアジズの諮問を受ける
目的地に到達して、シュリーとハイデマンの指示の下、発掘が始まった。
俺は高みの見物予定だったが、当日の午後に「スルタンが会いたいと言っているので、イスタンブルまで来てほしい」と要請された。
スルタンのアブデュルアジズが?
以前、レスラーの話などはしたけど、それほど親しい間柄でもないし、何だろうか?
ひょっとしたら、息子でもないアブデュルハミトと俺が近いので気に入らない、と思っているかもしれない。そうだとすると、ちょっと困ったことになる。
まあ、とりあえず行ってみることにしよう。
さすがにトルコの地中海沿岸部には鉄道などはないので、行き来は船になる。
イスタンブルの宮殿に行き、宮殿に出向いた。
「お~、リンスケ! 元気にしておるか?」
巨体で背中をバンバンと叩くものだから結構痛い。
「……いえ、スルタンもご息災で何よりです」
痛みに咳込みそうになりながら答えて、椅子について向かい合う。こいつのそばにいると、その気もなく叩かれそうだから少し距離を置いて座りたい。
正面に座り、とりあえず安全な距離をとる。
「随分遠いところに座るのう? まあ、よい。アブデュルハミトは元気か?」
「えぇ、元気にしていますよ」
何らかの探りを入れてきているのかもしれないが、素直に答えることにした。
「そうか、そうか。実は少し聞きたいことがあるのだ」
「何でしょう?」
「朕は少し前にエジプトに出かけたのだが、カイロの街は凄いものだった」
「そうなんですね」
「エジプトは我がオスマンの配下でありながら、どうして我々より金を持っているのだ? 何故か分からないか?」
いやいや、ちょっと待ってくれよ。
そんなこと、外国人に聞くか?
あ、でも、外国人だから聞くのか。
オスマンのスルタンを怒らせることを言ったら、トルコ人だと即死刑だから、な。俺にしても、さすがに殺されることはないだろうが、あまり怒らせると国外追放くらいなら十分にありうる。
まだスルタンになっていないアブデュルハミトですらあんなに偉そうなのだから、もっと偉そうにしているアブデュルアジズに面と向かって文句など言えるはずがない。
本人も薄々それを理解しているから、俺に聞いているのだろう。
トルコよりエジプトが裕福な理由は、色々ありそうだ。
大きいのはやはり地政学的な部分だろう。まだスエズ運河はできていないが、地中海からインド洋に抜けるに際してエジプトを通るのが一番賢いわけだし、イギリスが多額の投資をしている。通過する人もモノも多いのだから、当然金も貯まる。
あと、トルコの金がどんどんなくなることも大きいだろう。
国内ではバルカン半島でもコーカサス近辺でも反乱が起きている。国外でもオーストリアやロシアとの間で関係が悪い。
エジプトももうしばらくするとスーダンあたりでマフディーの乱が起きるはずだが、今のところは大きな問題はない。
軍費にバンバン抜けていく分、トルコは貯蓄もままならないというわけだ。
もちろん、汚職その他の要素もあるのだろうけれど、ひとまず目につくのは(本人に言えるのは)このあたりになるのかねぇ。
「……では、どうしようもないということか?」
「お金という面では……」
西ヨーロッパにとって黒海は不要なわけで、通りたがるのはロシアくらいしかいないからな。
トルコは無視できない存在ではあるが、不可欠とは言いづらい。
まあ、そういう点ではドイツの3B政策と組んで、再起を狙うというのも魅力的だったのかもしれないし、その流れで第一次世界大戦ではドイツについたのかもしれないな。
アブデュルアジズは少し考えている。
「今回、リンスケの主導で遺跡を掘り起こすというが、昔の遺跡はもっとトルコにあるだろう?」
「まあ、それはもちろん沢山あると思いますが……」
有名なのはトロイアの遺跡だが、古代からトルコ近辺には多くの国があったし、遺跡の類も多いと思う。
「あと20くらい遺跡を見つけて、プロイセンやバイエルン、あるいはイギリスやフランスを連れてきても構わんぞ」
……あぁ、そういうことか。
遺跡発掘の賄賂に味を占めて、更に何か所か掘らせようという肚か。
そんな魅力を感じるということは、バイエルンは相当な額を払ったんだろうけれど、ここまで払いたくなるような遺跡はそうもないと思うが……
それこそエジプトの方が、ピラミッドとか目立つものが沢山あるからなぁ。
トルコももちろん、色々あるんだろうけれど、トルコを代表する「これだ!」って感じのものは少ない気がする。むしろ観光資源になっているのは、スルタンの宮殿とかそっちの方だし。
ただ、はっきり言うのも気が引ける。
「何か古い資料を探してみます……」
そう言って、誤魔化すことにしておいた。
俺のイスタンブル行きはほぼ無駄足だった。
ただ、その行き来の間に早くも発掘隊は成果を出したようだ。
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