第5話 燐介、ビスマルクの地雷を踏む
しばらく情報を集めると、実はプロイセンは結構西アジアで発掘作業をしているらしい。
ということは、ミュンヘンよりベルリンの方が頼りになりそうな考古学者はいるかもしれない。
「ベルリンに行くのなら、私がビスマルクへの紹介状を書いてやろう」
ルートヴィヒに伝えると、おもむろにそんなことを言いだした。
ビスマルクか……。
以前会った時は俺に対して挑発的な感じだったな。山口と論争したようで、一方的に俺達を警戒しているような印象だった。
俺の事をしっかり覚えているとも思わないが、実際に会えばその時のことを思い出すだろう。また変なことを言いだすかもしれない。
ルートヴィヒの紹介状では頼りにならないかもしれないなぁ。
少し考えたが、とりあえずダメ元でベルリンまで行くことにした。
さすがに誰もつれていかないというのは無理だ。
元々シュリーマンも名前からしてドイツの人間のはずだ。ベルリンでまともな奴を借りることができるなら、ドイツの手柄をドイツのものにできるわけで、歴史上狂いも少ない。
ひょっとしたら無名の学者になるかもしれないが、むしろそのくらいの奴の方がいいかもしれない。
正直、トルコに行けば何とかなる自信はある。
オスマンのスルタン・アブデュルアジズは全く知らない間柄でもないし、アブデュルハミトに借りを作ることになるがあいつ経由で頼むこともできる強みがある。
紹介状を携えてベルリンへとやってきた。
ベルリンは意気揚々とした雰囲気だ。戦勝気分というんだろうな。デンマークとやっていたシュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争は昨年10月に終わり、プロイセンの圧勝に終わった。
自国が勝利して気分が悪いことはない。
この調子でオーストリアも倒してしまおう、というようなノリの話もいくつか聞こえてくる。
この時期のプロイセンは連戦連勝という感じでドイツ成立まで突き進んでいく。
この後は次の年にオーストリアと戦争をして、5年後にはフランスとも戦争するはずだ。
となると、宰相ビスマルクも忙しそうだ。
会ってくれるかな?
そのあたりも含めてダメ元になりそうだ。
王宮も色々な人の出入りで忙しそうだ。
何というか、ちょっと現代風な感じもあるな。ミュンヘンが典型的だが、ロンドンも王宮クラスまで行くと「ハイソな人々が出入りするお高い空間」みたいな雰囲気がある。
ベルリンはそれと違い、「成功してやる」という多くの人が出入りする雰囲気に見える。
まあ、最終的に勝った歴史がある。それを踏まえた先入観で良く見えるだけかもしれないが。
これだけ忙しければ、ますますビスマルクと会うのは難しそうだ。とりあえず日数だけ聞いてみるか。三日以上かかるならパリにでも行こう。
そう思いながら、ルートヴィヒの紹介状を見せる。
当初胡散臭げな目をしていた係に「宰相に会うのにどのくらいかかる?」と聞いたら、とりあえず夕方まで待つように言われた。
今が11時、夕方の定義がどこからなのかは分からないが、17時くらいとすると6時間か。
しかも、それで会えるわけでもなく、「大体何日後ですね」と言われるだけかもしれない。
もっとも、多くの者がごったがえしているのだし、全員そのくらい待つものなのだろう。
仕方ない。本でも読みながら待つものとしよう。
短編小説を開いて、一つか二つ読み終えた頃に。
「ヘル・ミヤチはいますか?」
役人らしい人物が呼んでいる。
俺は通訳と顔を見合わせた。6時間と言っていたはずなのにまだ15分程度しか経っていない。
「俺だけど?」
「宰相がお会いになりますので、どうぞ」
何? めちゃくちゃ早くないか?
もしかして、ビスマルクは暇なのか?
そんなはずはないよな。
ルートヴィヒの紹介状とも思えないし、もしかして、俺はめちゃくちゃ目をつけられているのか?
「あの日本人、いつか泣かせてやる」くらいに妬まれているのだろうか。
早く終わるのは嬉しいが、少し不安になりながらも向かった。
宰相の執務室らしい立派な部屋に案内される。
立派とは言っても、ミュンヘンよりはしょぼいか。ただ、ルートヴィヒは採算というものを考えていなさそうだからな。
「……久しいな、ヘル・ミヤチ」
ビスマルクは会うなり鋭い眼光で睨みつけてくる。この人は常日頃からこんな感じなのか、あるいは俺と山口のことを警戒しているのか。
「いや、どうも……」
「ルートヴィヒ陛下からの手紙を読んだ。貴様、陛下まで篭絡しようというのか」
あ、ちなみにビスマルクは多少英語ができるけれど、今はドイツ語だ。通訳を通して話をしている。
というか、ルートヴィヒ絡み?
意外にも仲が良いの?
仲が良いというのとは違うな。何か……アレだ。
そう、アイドル推し!
男色とかではないのだが、おまえの方がルートヴィヒと仲が良いのかよ、みたいな妬み交じりの視線に見える。あいつは確かに背が高くてスラッとしていてカッコよいのは間違いないからな。
「いや、そうじゃなくて、オーストリア皇后にあいつの歪んだ性癖を直してほしいと頼まれて……」
「何、オーストリア?」
ビスマルクの視線が更に険しくなった。
あ、やべ……
プロイセンとオーストリアは来年戦争するんだ。
そのオーストリア皇后の頼みを受けて、バイエルン来ましたとなると「戦争絡みで来ましたー」と思われるのが普通だ。
もしかして、俺、結構な地雷を踏んでしまったんだろうか?
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