第4話 燐介、トロイアを目指す?

「国王陛下は、スパルタの伝説的なスリーハンドレッドをご存じですか?」


 俺の問いかけに、ルートヴィヒは目を丸くした。


「スリーハンドレッド? 300ということか? 何が伝説なのだ?」


「紀元前の頃、ギリシャはペルシャ帝国の侵攻を受けておりました。スパルタ王レオニダスはペルシャから降伏するように言われましたが、彼は断固拒否し、100万と言われるペルシャ軍に300の兵で挑んだのです」


「何!? 300で100万の兵に!?」


 予想以上に大袈裟な反応をしている。


 どうやら、こいつは今で言うなら厨二病のようだ。こういう話を続けていればどんどん引き込める。


 よし、このまま古代ギリシャのロマンを話して、そこからオリンピックに持ち込もう。


「古代ギリシャには神話が多くあります! トロイア遺跡の話を知っていますか?」


「そのくらいは知っているぞ。木馬の中に兵を潜めさせ、それを戦利品として城内に運ばせたという話だろう」


「そうです。そのトロイアの遺跡は、トルコに眠っているのです!」


「何だと!?」


 ルートヴィヒもノリがいいなぁ。こういうノリのいい奴が他にもいたような。


 あぁ、そうだ。マルクスもこんな感じだ。ドイツ人ってこんな感じなのかな。


 ……いや、それはドイツに失礼過ぎるな。



 とりあえず、俺はルートヴィヒを乗せるべく、更に話を続ける。


「トロイアの発掘はこれから進むのですが、放置しておくと、邪な野心を抱く者が無茶苦茶にしてしまうかもしれない! それを救うのは陛下のみなのです!」


「一体どういうことなのだ?」


「ロマンを大切にせず、価値のあるものだけを発掘したい者達が荒っぽく遺跡を荒し、古代文化を傷つけてしまうのです!」


 トロイア遺跡を発掘したのは、有名なハインリヒ・シュリーマンだ。


 シュリーマンの発掘は夢をかなえた成功譚として語られる一方、雑過ぎる調査で現場を荒したりして色々問題を起こしたという話がある。


 どうせなら、より洗練された厨二病患者であるルートヴィヒに発掘させた方が良いに決まっている。


 狙い通り、ルートヴィヒは悩み始めた。


「……古代のものを傷つけるのはまずい! しかし、本当に、トルコに遺跡があるのか?」


「ありますとも! 誰も信じないから、そんなものは夢見物語だと捨てているのです」


「何ということだ! 古代のロマンが誰にも知られぬまま眠っている……、私の力でどうにか出来るのか!?」


「できますとも!」


 何だか、バカ殿を囃し立てる悪代官みたいな気分になってきた。


「よし! 来たばかりのおまえを信じる道理はないが、姉皇后の紹介状を信じよう。おまえに必要な資金を与えるうえ、トロイアの遺跡を発掘してこい!」



 あれ?


「えっ、俺がやるの?」


 ちょっと風向きが変わってきたぞ。


 あくまでそういう古代のロマンに金を使おうぜ、ついでにオリンピックにも話を向けようというつもりだったが、俺が遺跡を探して結果を求められる立場になってしまった。


「そうだ! 古代ギリシャのロマンを理解するのは私とリンスケ、おまえだけだが、私にはバイエルン王という重大な職責がある! であれば、おまえしかいないだろう!」


 あぁ、そういう理屈か。


 参ったな、発掘に協力することは構わないが、俺は考古学のことを知らないから、適当にやると俺も地質を傷つけたりするかもしれない。


 誰か、専門の人を連れてくるしかないな。


 一旦、イギリスに戻って探してくるか。それは面倒だな。バイエルンにいないかな?


「バイエルンには考古学専門の人はいないの?」


「いない! 私の好み以外のことに携わる者は全員クビにした! 考古学についてはこれから雇うこととしよう!」


 だめだ、こいつは……。



 いや、しかし、俺もこの時代の考古学者は知らないなぁ。というか、令和の時代の考古学者もほとんど知らないし。


 こういう分野は山口も知らないだろうから、日本に協力を求めるのも無理そうだからな。


 やっぱりイギリスに戻るしかないか。


 しかし、そうすると琴さんや佐那からは「あいつは行ったと思ったら戻ってきて、何をやっているんだ?」と思われるかもしれない。


 となると、例えばエリーザベトあたりにウィーンの考古学者を探してもらうか。


 ウィーンは学術の一大拠点だ。以前、色々歩き回ったからな。


 立派な学者がいるだろう。



 あ、いや、しかし大問題があった。


 エリーザベトはウィーンが大嫌いで、彼女が滞在している可能性はほぼ期待できない、ということだ。

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